月島蛍とは

『名は体を表す』とはよく言ったもので。

【月】は昼夜の温度差が100℃以上違う…らしい。
昼は灼熱、夜は極寒。湿り気など無く常に乾燥、ドライ。

【島】は四方を海に囲まれた陸地のことで大陸より面積は小さく、閉鎖的になりがち。
それ故に緻密かつ正確、リアリスト(現実主義者)な国民が多い…らしい。

【蛍】は光るのが殆どオス。
求愛や威嚇、外からの刺激で光る。
因みにあの光は体内酵素が移動して起こる反応光で、発熱はなく『冷光』ともいう…らしい。


「…名字さん、『らしい』って言い過ぎ。それと要件ってまさかそれ?違うよね?」


いい加減、お昼食べる時間なくなるからさっさとして。



…本日も切れ味抜群の辛辣は通常運転。

しかし、私は知っている。

そんな辛辣で必要以上に自分にも他人にも興味も期待も持たないような素振りをしていた彼――月島 蛍。
そんな月島君が高校に入学してから…正確にはバレー部に入部して夏を過ぎたあたりから、その目がー徐々にではあったがー変わってきたことに…。


夏にあったらしい他校との合同合宿で何か得るものがあったのか、ハッキリとは分からないが少なくとも彼の人柄を知る私からしてみると、今の彼はまるで以前の彼とは別人だった。


その変化は決して劇的な変化が突然として訪れた訳ではなく、まるで月の満ち欠けのように緩やかに…しかし規則性を伴ったそれであったのかもしれない。
変わらずそこにあるのに、気付こうとしなければ気付けない。
そんな日々の積み重ねから見えてくる些細な変化。

規則性とは言ったが、必ずしも予定された変化ではなかったのだろう。良くも悪くも、彼自身が動いた結果が今の彼に繋がったと言って間違いない。しかしそれは周りの環境や人間による影響やサポートが大きかったとも言える。

彼はここーー烏野高校バレー部で、ほんに得難いものを得たのだ。



…ここまで彼について語っておいてなんだが、
決して私は烏野高校バレー部のマネージャーでも彼の恋人でもない。

ただのクラスメイト。

ついでに言うと彼に恋している訳でない。



ただ小中高と奇跡的にクラスが一緒だった。
そのことに気付いた時、何故か感動し、そんな奇跡のような縁を私と持った彼をいつの頃からか観察するようになったのだ。


…正直言って自分のことだが気持ちが悪い。
ストーカーか。


ある程度成長した折、当時のその単純な考えに呆れを通り越して可愛いとさえ思った。しかし、もしも自分自身が興味もない異性に観察され続けているとしたら…と、そこまで考えたところで崩れ落ちた。

ストーカーか。

ここまでに何度か『これは恋ではないか?』と考えたこともあった。けれど実際、月島君と面と向かって話しても別段緊張もしない、胸の高鳴りときめきなどの症状も無く、寧ろ10年近くクラスメイト枠の域を出ず…もしかしたらその枠ですら危ういかもしれない域である。

結論、何故か続く腐れ縁的クラスメイトが気になるので目で追っているだけ。

…間違っても気になるの原因の追及を面倒臭くなって放棄した訳ではない。
一時保留にしただけである。

けれど幾ら彼に対して恋心や疚しいことが無いにせよ、理由もなくジロジロと観察されるのは嫌だろう。私の観察スキルが高いのか、友達からも特別月島君に対しての話題はクラスメイト止まりで私の視線に関しては何もない。

視線の先、彼自身にも不思議なことに今まで一度も目が合ったことが無い。
人の気配に敏感そうな彼がそれに気付いていて言及してこないと言うのもあり得ない気もするが…。



『…で?名字さんは何でか僕の名前の漢字の解説と、最近僕が変わったなぁって感想と、自分が僕に対してストーカー染みた視線を長年送ったきたことの謝罪をわ・ざ・わ・ざ僕の貴重な昼休みを削ってまで申告しに来てくれた訳だ?』


ニッコリ。
その普段見ることのない月島君の満面の笑みに、ダラダラと漫画のように全身から冷や汗が噴き出す。ここは屋上、見回すも運悪く本日は味方になりそうな人影はゼロ。万事休す。口から魂が抜け出る思いだ。某ボクシング漫画の主人公の如く白く燃え尽きていると、目の前からため息が一つ零される。身長的に自分より大分上にある彼の顔を恐る恐る伺えば、何やら天を仰ぐかのように上を向いていたため位置的にその表情が見えない。先程のため息からするに、明らかに怒りを通りこして呆れられたのかもしれない。


…これで私は既に怪しかったクラスメイト枠からも外れ、際てはランク外要注意危険人物へと見事ジョブチェンジを果たしたのか…もはや救い様がない。ストーカーは塵になるしかないのか。


今までの所業と先程の言動を含め一人、ネガティブ思考の螺旋から抜け出せない私に止めを差したのは先程まで天を仰いでいた月島君だった。


『また余計な事グルグル考えてるでしょ』

『うっ』

『そもそも、その考えてることは名字さんが1人で解決する問題じゃないんじゃない?』

『…と、言いますと?』

『だってよく整理して考えてみなよ。君が悩んでる自分の行動・言動の全部に″僕″が起因…というか原因なんでしょ?…で、名字さんはそんな″僕″に嫌われる、または嫌悪的感情を持たれるのが嫌…ってところ?』

『ふぁ…ハイ、多分?』

『ふぁって…、人が折角要点まとめて話してるのに間抜けな声出さないでよね』

『は、ハイ!』


本人でも理解不明だったものを短時間で要点まとめて正確に分析とか…カウンセラーか。

そんなことが頭を過った瞬間、両頬を抓まれる感触と僅かな痛みが頬に走った。


『いっ?!ふぁいでふ…』

『また百面相して、変なこと考えてる』


″というか僕、前から名字さんが僕のこと見てたの知ってたんだけど。″


『ふぁ?』

『…うっわー名字さん。今、凄くアホっぽい顔してるよ』

『ひや?!ふぇ?ふぃっふぇふぁおっ?!(いや?!え?知ってたの?!)』

『まぁ、アレだけの視線受けてれば誰だって気付くと思うけど?』

『ふぁって、ひひぇんがあふふぁおとふぁいおひ…(だって、視線が合ったことないのに…)』

『ああ、あれは態と視線を合わさなかっただけ。合わそうと思えば多分半分以上は合ったんじゃない?』



″まぁ、悔しいから合わせる気は全くなかったけどね。″



サラリと。
何の気も無しに落とされたその言葉に、まるで毒を飲んだ人魚のように声を失った。


人の両方をもにもにと伸ばしながら言ってのけた彼の表情は、此方を見ている筈なのにその眼を覆うレンズが反射してよく見えない。


落とされた拒絶とも取れる言葉の毒に心臓がじくじくと痛んで、頬の痛さと相俟って目尻に涙が滲み出した。みっともなくこの場で泣き出すことだけは避けたくて、目を瞑れば零れてしまうだろう雫を思い、苦しくも彼を見つめ続ける。

青空を背にした彼の色素の薄い髪にきらきらと陽の光が反射して綺麗だ。
バレーという屋内競技をしているせいだけではなく、生まれつきであろう男性にしてはきめ細かく白い肌は女の私が嫉妬してしまいそうな程。


――ああ、やっぱり駄目だ。
私は彼を観察することを自分で止めることができない。


声も出せず、結局そんなどうしようもない結論に達した私は潔く、もう輪郭さえ滲み切った視界に幕を下ろした。


瞼を閉じた瞬間、
遂に零れた涙を温かい何かが受け止める感触がした。


その感触にゆっくりと瞼を開けると、今まで接したことが無いような近さに人の顔があった。レンズ気にならない程近くに、綺麗な榛色が此方を覗き込んでいる。驚きに身が固まる体験を今…始めてしている。抓まれていた両頬はいつの間にか軽い力で包むように両手で支えられていた。ご丁寧に両方の目に滲んだ涙を吸ってくれたのか、視界に滲むものが無くなってから徐に顔を上げた月島君が一息して喋りだす。


『…また百面相。』


ホント、1人でごちゃごちゃ考えるの癖だよね名字さん。

どうせ僕が言った言葉の真意も分からずにそのままの意味で取ったんだろーけど。

…言ったでしょ″(視線を)合わそうと思えば半分以上合った″って…。

でも″悔しいから合わせる気はなかった″って…分からない?

……名字さんって国文弱かったっけ?

………ああもうだからっ!


僕もずっと君を見てたってこと。


(当人以外は気付いてる)
2017/3/6
2018/5/7改稿