木吉はいつも後出しばかりだ。自分から何もしてこない。

『なまえがそうしたいなら、俺もそうしたい』

そればかりだ。
俺がそうしたいなら、って、お前自身はどうなんだよ、お前はどう思ってんの?

そんなことを、付き合い始めてしばらくしてから、心の隅で思うようになった。

『好きだ』そう言うと木吉も『俺も』って返してくれる。最初はそれがすごく嬉しくて、幸せだった。でも木吉の後出しを気にするようになってから、あいつが、『俺も"好き"』と言ってくれたことが一度もないということに、気付いてしまった。
告白したのは、俺からだった。木吉は一瞬ぽかんとした表情をして、それから頬を染めて、照れたように微笑って『俺も好き』と言った。その一回きりだ。木吉が"好き"と言ってくれたのは。
付き合うようになってから、恋人らしいことを求めるのは全て俺からだった。手を繋ぐことも、抱き合うことも、キスをすることも。今まで木吉からそういうことを求められたことは一度もなかった。




なあ木吉、

お前、本当に俺のこと好きなのか?



「(……なんて、言えるわけがない)」


はあ、と自然とため息が出る。


無意識にため息をついているらしい、「なまえ、あんた最近ため息ばっかよ」とリコにまで心配されてしまった。

最近木吉となにかを話す度にそのことばかりが頭をよぎってしまう。「本当は、木吉は俺のことが好きじゃないのかもしれない。」そんな思いが隅っこの方でうずくまっていたと思ったら、あっという間に心一面に広がってしまった。いっそのこと言ってしまえばいいなんて、何度も考えた。でも、言えるわけがないんだ。もし本当に木吉が俺のこと好きじゃなかったら−−−なんて、考えてしまうのだ。

気になるけれど、怖くて聞きたくない。この無限ループがどれくらい続いているのだろう。



「(木吉の"後出し"になんて、気づかなければ良かったなあ…)……はあ」


「なまえ、おーい、」


「…木吉」


俺の目の前には、手をひらひらとさせて笑う木吉の姿。いつもならその笑顔に癒されるところだが、今はそんな気持ちにもなれない。
どうやらかなり時間が経っていたらしい。教室には俺と木吉しかいなかった。

「あれ…、木吉、お前部活は」

「何言ってるんだなまえ、今日部活休みだぞ?」

「あ、……そっか、…そうだったな。ごめん、もしかして待たせたか」

「いや。
…なまえ、何かあったのか?」

最近いつもため息ばかりだぞ、と木吉が言う。

「………」

まさか、お前のことで悩んでたなんて、言えるわけもなく。

「……別に、」

なんでもない。


そう言いかけて、口を閉じた。


もうこの際、言ってしまおうか。

いいタイミングじゃないか。
もし木吉が俺のこと好きじゃなかったなら、ーーそれはそれでショックだが(一週間寝込む自信はある)、そういうことなのだから、しょうがない。それで終わりだ。元々悩むなんて柄じゃないのに、このままずっと悩み続けるなんて疲れるだけだ。
それに、


「(今まで俺に見せてくれた木吉の表情や言葉が嘘だったなんて、俺は信じたくない、)……」


「なまえ?」


「……なあ、木吉。」


「ん?」


さあ、言え、


「お前、本当に俺のことに好きなのか」


「え、」


言った。言ってしまった。

は、と短く息を吐く。心臓がうるさい。木吉の表情を見たくなくて、思わず俯いてしまった。

沈黙。沈黙。沈黙。
しばらくしてもなにも言い出さない木吉に、不安が募る。


本当に、俺のこと好きじゃなかったのか…?


思い切って俯かせていた顔を上げて、木吉の表情を、見た。


「……き、よし?」

「…ぁ、」


目が合った瞬間、逸らされる。その頬は、赤い。

「(え…、)」

状況が掴めず一瞬フリーズした。

…なんでこいつこんなに顔が赤いんだ。
好きじゃないのかと聞かれて顔を赤くするやつがどこにいるんだ。なんでだ。わけが分からない。


「あー…あの、さ、」

小さい声で、視線を合わせないまま木吉が頬を掻きながら俺の名前を呼んだ。その頬は赤いままである。

「…なんだよ。
別に、変に気遣わなくていいからさ。俺のこと好きじゃないなら好きじゃないって、」
「なまえ!」

俺の言葉を遮って、木吉が俺の名前を呼んで、それから違う、そうじゃないんだと必死に言うものだから、思わず目をぱちくりとさせてしまった。

木吉と目が合う。目線は泳ぎこそしたものの、今度は逸らされはしなかった。
ためらいがちに、木吉が口を開く。

「…俺、
どうしても言えなかったんだ」

「、………、は?」

「だ、だから、その、…」

これ以上言わせないでくれと言わんばかりの口調である。分かってくれよ、と言うようにますます赤い顔で俺を見るが、残念ながら俺のそういう能力は決して高くないので分からない。というか、木吉ってこんなにシャイな奴だったっけか?


「木吉」

ハッキリ言えと、催促するように名前を呼べば、木吉はう、と唸って、それから目を伏せて。


「…その、

……俺、…恥ずかしかったんだ」


"好き"って言うの。


「……。
…は、恥ずかしかった?」


目が点になった。

まさか、それが理由なのか?
俺に"好き"と言ってくれなかったのは。

それから木吉はぽつりぽつりと話し始める。
「なまえが告白してくれた時、俺、すごい嬉しかったんだ。その、俺も、同じ気持ちだったし。で、その時は、その、言えたんだが…それから言おうとすると、どうしても恥ずかしくなって、心臓がばくばくしてどうにかなりそうで、言えなかったんだ」

す、…"好き"って言葉が。
と、木吉が若干どもりながら言う。
どうやら手を繋ぐことも、抱き合うことも、キスをすることも、自分からするのがどうしても恥ずかしくて、したくてもできなかったらしい。されるのは平気らしいが。


要するに。
木吉は、ものすごく、恥ずかしがり屋だったということだ。


「もしなまえがそのことを気にして、不安にさせてしまったんだったら謝る。…ごめん、なまえ」

申し訳なさそうにそう言う木吉に、俺はというと。

「………はああああ……。」


脱力するしかなかった。



「…(俺、なんか……バカみてえ)」



全然悩む必要なんてなかった。木吉は俺のこと、ちゃんと好きでいてくれたのだ。ただ、"好き"が言えないくらい恥ずかしがり屋なだけで。


「(…なんだよ、すげえかわいいじゃん、それ、)

…木吉」


名前を呼んで、その体を抱きしめる。
木吉がでかいせいで他人から見れば俺が抱きついてるようにしか見えないだろうが。
びくり、と一瞬震えた木吉も、それからためらいがちに俺の背中に腕を回してくれた。
それが嬉しくて、それに久しぶりの木吉の匂いに、自然と顔が綻ぶ。


「…俺、ここ最近木吉が俺のこと好きじゃないんじゃないかって、ずっと不安だった」
「うん、」
「木吉が"好き"って言ってくれたの、告白した時だけだし」
「…うん、」
「恋人らしいことなんて全部俺からだし、木吉はいつも後出しばっかで、ずりいよ」
「うん、その…悪かった」
「木吉が"好き"って言ってくれたら、今までのこと許してやる」

顔を上げて、近い距離でにやりと笑えば、木吉は面白いくらいにまた顔を赤くした。



舌っ足らずの恋足らず