獣人属の耳、俗っぽく言うならケモ耳は非常に魅力的である。
僅かな空気の動きや音を捉えようとぴるぴる動いたり、感情に合わせてピンと立ったりへたったりする彼らの耳は可愛らしくて、気づいたらじっと見つめてしまう。身近な存在で言うと、例えばジャックや、レオナ先輩の耳や尻尾だとか。もちろん不躾に見つめるのは良くないことだと承知しているし、他に理由もあってなるべく我慢している、のだが。やっぱり普段の欲求を我慢している分、その反動というのはどうしてもあるもので。俺の場合、それが一人の先輩に集中しているのだ。

「……」

耳の先に触れ、柔らかい毛並みを指の腹で優しく撫でる。キャラメル色の猫っ毛にそっと指を差し込み、付け根を撫でるとぴくりと震え、ぺたりと大きな耳が伏せられた。そのまますりすりと撫でながらその感触を堪能する。どれくらいそうしていただろうか、ああかわいいなあ、なんてにやにや頬を緩ませていれば、突然ぱっと体を離され、獣の耳が俺の手から離れていった。

「うー……っちょっと!これ以上は追加料金取るッスよお!」

目元を淡く染め、これ以上触らせまいと自分の大きな耳を手で隠したのはサバナクロー寮の実質ナンバー2、ラギー・ブッチ先輩である。
そう、ラギー先輩こそ、獣人の証であるケモ耳と尻尾を触らせてくれる、たった一人の大切な先輩だ。なのにまたやりすぎてしまった。

「すみません、ラギー先輩の耳触るの気持ち良くて……」
「見りゃ分かるっつの、オレの耳触ってる間どんだけだらしない顔してると思ってるんスか」
「顔の力が全部抜けてだるだるになった感じですかね」
「真面目に答えなくていいッスよ…」

正直な感想なのだが、俺の返答に先輩はげんなりとしながら息を吐く。それにしても久しぶりのもふもふタイムはあまりにも束の間すぎた。前回からだいぶ時間が空いているので尚更そう感じる。ううん名残惜しい、先ほどまで味わっていたふわふわの感触を忘れまいと指をわきわきさせていたら、それを見た先輩にめちゃくちゃ眉を寄せられてキモって蔑まれた。ひどい。

「ほんと、あんたも飽きないッスよねえ…何が面白いんスか、オレらの耳なんて触って」
「だってかわいいんですよ、見てても触ってても癒されるし…」

そう、そうなのだ、かわいいのだ。頭の上でぴくぴく動く動物の耳が。それにラギー先輩は口を尖らせて、オレは愛玩動物じゃねーんだけど、と漏らす。

「そんなこと思ってませんよ、ラギー先輩だからです」
「ハイハイ、見えすいた嘘はいいッスよ。どーせ他の奴らにも同じこと言ってるんでしょ?」
「嘘じゃないし言ってないですってば!」

否定するものの拗ねモードに突入してしまったらしい、ついに先輩はつんと俺から顔を背けてしまった。ううん、どうしたものか。大体いつものことなのだが。
俺だって見境なしに他の獣人属の耳や尻尾を凝視していたわけじゃない。唯一の獣人属の友人であるジャックは会う機会も多い分その頻度は高いだろうけれど、耳や尻尾を触ったことがあるのはラギー先輩だけだ。
というかそもそもの話、こうも意識的に我慢している理由は「他の奴の耳ばっか見んな」とラギー先輩に怒られたからなのだ。それはちょっとした一言で、ポツリと呟いた程度だったけれど。でも、普段デレをあんまり見せてくれないラギー先輩が、ヤキモチを焼いてくれたのである。そんな可愛らしいことを好きなひとに言われたら、聞かないなんてことはできない。それに先輩も自分でそう言った手前、俺が先輩の耳をじっと見つめるのを咎めないでくれているし、交換条件付きだがこうして耳も触らせてくれる。何よりもラギー先輩が、獣人属にとってデリケートな部分である耳や尻尾を長時間触ることを許してくれていることも嬉しい。

「……本当、ラギー先輩だけですよ。好きな人の一部分だからかわいいって思うし、癒されるし、たくさん触っちゃうんです」
「………ふうん」

ぴくり、先輩の大きな耳が反応する。声色は素っ気ないけれど、この感じは本当に機嫌を損ねているわけではないだろう。ならもう一押しいけるだろうか。さっきの言葉は心からの本音だが、そんなことを言っても俺も年頃の男子である。欲望に忠実なので、正直言って触り足りない。

「あの…すみません、追加料金払うので、もうちょっとだけ触らせてくれますか?」

俺からそっぽを向かせていたラギー先輩だったが、俺のお願いに耳をぴく、ぴくと動かした。これは迷っている証拠だ。そんなラギー先輩を俺は固唾を飲んで見守って、そうして数秒後。

「……もー、しょーがないッスねえ……」
「やった!」

伺うような態度でお願いをしたおかげで(下からものを頼むと先輩はちょっとだけなびいてくれる)、先輩は渋々といった感じで頷いてくれた。全く、どんだけ耳フェチなんスか、と呆れ気味に言うラギー先輩だが、そんなこと言いつつもどんなに撫でてもなんだかんだでごろごろ喉を鳴らされるので、触られるのが嬉しいことを俺は知っている。

「ほら、じゃあ前払いッスよ」
「分かりました」
「え、ちょっと、んむっ」

身を乗り出した先輩ににっこり笑って、小さく薄い唇に口付ける。唇を合わせた瞬間、ぶる、と先輩の体が震えた。その反応にきゅんとしつつ、上唇を食んだり、角度を変えながらキスを繰り返す。

「ぁ、っん、なまえく、っんぅ、ん」

体を固くさせ、俺の腕に縋る手に力が入る。唇を離す合間に漏れる声が上擦って、先輩からくぅ、と鼻からかわいい声が抜けた。その声にぞわりと背中に甘い痺れが走って、もっと先輩を味わいたくなったけれど我慢だ。これは先輩へのお代なのだから。名残惜しさを隠しつつ、ちゅ、と最後に触れるだけのキスを落として、そっと唇を離した。

「ぁ、」
「…これでいいですか?あとどれくらい…」

触らせてくれますか?と続きの言葉は口に出る前に消える。

「……っっ!」

ラギー先輩は顔を真っ赤にして、その細い体をぷるぷると震わせている。
その姿を見た瞬間察した。
これはもしかして、別の方か?!もしかしなくても別の方だよな?!

「え、あッすみません、もしかしなくてもマドルの方ですよね!そっちですよね!?分かりました今度ランチ奢ります!それともパシリとかの方がいいですか?あとはドーナツとか、」

あとはなんだ?!思いつかない!あわあわと腕を忙しなく動かしてしまう。何しろ前回「お代はちゅーでいいッスよ」と言われたのですっかりそのつもりだったのだが、普段耳を触る時の交換条件はドーナツ奢ったりとかだ。お代はキスで、なんて10回に1回あるかないかの頻度なのに。うわあ、完全にやらかした。

「先輩ほんとすみません、急にこんなこと」

してしまって、言いかけたけれど、それは喉元まで出かかって溶けていった。ラギー先輩が大きな瞳を潤ませて俺をきっと睨んだからだ。

「ッあーもういいッスよ、オレの負け!好きなだけ触れば!?」
「え、っラギー先輩?えぁ、っわ、」

先輩が勢いよく啖呵を切ったと思ったら、強い力で肩を押され。何をされたのか理解する間も無く、気が付けば押し倒されて馬乗りされていた。

「……あの、ラギー先輩、」
「うるさい」

謝罪の言葉を口にしようとすれば遮られる。今度こそ本当に機嫌を損ねてしまったかと思ったけれど、それは違った。影が差して、視界いっぱいに広がるラギー先輩はひどいしかめ面で、でもその顔は真っ赤で、ぐるる、と鳴らされる唸り声は、まるで照れ隠しのようで。

「……なまえくんがオレの耳を好きなだけ触る代わりに、オレも好きなだけあんたに触るから。……これでおあいこッスよ」

ヤケになった先輩が顔を赤くしたままそんなことを言うので、あまりにかわいくてにやにやしてしまったら、問答無用で叩かれた。いたい。