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真一郎と男主のキス現場を目撃して劣情を抱いてしまうイヌピー編。
自分が思っていたよりも大作になってしまった。くっつくまでのあれそれ。
いつものように真一郎のバイク屋に寄ったら店は閉まってて、でも修理用のガレージが開いているのを見てそっちに足を向けるイヌピー。チラリと覗いたら男主が地べたで棚にもたれかからせながら寝ていて、その様に微笑みつつ、起こそうかと迷っていたら真一郎がやってくる。
「おーいなまえ、こんなとこで寝てると風邪ひくぞ」
真一郎はイヌピーに気づいていない。男主に声をかけるその声色は優しい。今まで聞いたことのないような穏やかな声に、イヌピーの胸の奥が何故かざわつく。
真一郎は居眠りする男主の目の前でしゃがんで、その頬に手を這わせる。そして、顔が重なった。
瞬間、どくりと大きな音を立て、心臓が止まりそうになる。
キスしている。あの二人が、なぜ?
激しく動揺するが視線は逸らせない。男主の瞼が震え、真っ黒な瞳が真一郎を見つめる。
「……真一郎」
「なに?」
「タバコ臭い」
「さっき吸った」
とか言いながら真一郎の首に腕を回す男主がエロすぎて勃ったし男主見て勃ったこと自体が衝撃すぎて家に逃げ帰って寝込むイヌピー。でも懲りずに次の日も男主と真一郎に会いに行く。
「お、青宗また来たのか。あそうだ、ドーナツ買ってきたんだけど食う?」
「……はい」
今日も男主の笑顔は眩しい。昨日来たことは気づかれてなかった、良かったとイヌピーはちょっと安堵。いつものなまえさんだ…となるも、真一郎とキスしていた時の男主の表情を思い出してしまい、そのあまりのギャップが逆効果に。でまた帰って男主で抜く→自己嫌悪→抜くの繰り返し。
認めたくない。でも、胸の奥が苦しい。
「………なまえ、さん」
足は自然とあの場所へと向かってしまう。真一郎の店のガレージを覗けば、また男主が眠りこけている。あたりを見回す。真一郎はいない。
オレも、真一郎クンみたいに。
そう考えて、気付いたら居眠りしてる男主にキスしてしまう。ちょん、触れたのか触れなかったのか、分からないくらいのキス。柔らかく、温かい唇。瞬間頭にぶわりと血が上り、身体中が熱くなる。
やってしまった。
逃げるようにその場を走り去って、でまた自己嫌悪。でもまた抜く。
2回目もあわやしてしまいそうになったが、今度は寸前のところで男主が目を覚まして「アレ?」となる。
「………青宗?」
「ッ、ごめん、なさい」
「え、お前なんかやらかしたの?」
イヌピー、至近距離で目が合って思わず逃げ、ようとするところを男主に腕を掴まれる。
めちゃくちゃ顔赤くして泣きそうなイヌピーに俺がやらかしたのかと思った男主、逆に「ごめん……」と謝る。それを聞いて色々情緒ぐちゃぐちゃになったイヌピー、そのまましばらく来なくなる。だって憧れの人の恋人に、大切な人に、手を出してしまった。最低で最悪だ。自分がイヤでイヤで仕方なくて、しばらく喧嘩に明け暮れる。
ちなみにその頃、男主は男主で「あいつ来なくなったなあ……」とちょっと気にかけてはいる。
「なまえさん、」
「あ、青宗! お前しばらく見ないと思ってたら何してたんだよ! 寂しかったぞ〜、真一郎も心配してたし」
が、ある日道端でばったり会ってしまう。バイクを引いて歩いてたので、「どうせならメンテしてやろうか?」と言う男主の好意に甘えてバイク屋に。真一郎もイヌピーを歓迎してくれたし、久しぶりの男主はやっぱり素敵で、笑顔が眩しい。
やっぱり好きなんだ、この人のことが。
認めざるを得ない。この人を見る度に胸が苦しくなる。
男主を好きだと自覚はしたが、喧嘩で色々発散してメンタルを持ち直したイヌピーは、この想いは密かにしまっておこうと決意する。そしてまた真一郎の元を訪れるように。しばらくはそれでまた平穏な日々だったのだが…。
○
イヌピーが少年院に送致され、その間に東京卍會によって九代目黒龍は壊滅状態に、そして起こった佐野真一郎が亡くなる事件。男主が真一郎のバイク屋を再開させたと知って、不安を抱きながらもイヌピーは男主の元へ。
「お前……、青宗!」
久しぶりだなと男主は喜んでくれたけれど、どこかその表情には影が覗く。そんな男主を放っておけず、どうにか元気になってほしくてイヌピーは再び男主の元に通うように。
「青宗、今日も来てくれたのか」
そうして訪れる毎に男主は笑う。けれどそれは、以前より元気がない、少し弱々しい笑顔。
バイクのメンテナンスをする男主を見守りながら雑談を交わしていく。通うごとに、日が経つごとに男主の笑顔にも段々と明るさが戻ってくる。それを嬉しいと思うと同時にイヌピーの罪悪感が増していく。真一郎の大切な人であった男主に邪な思いを抱いている自分が、こうして男主の元へ訪れることを真一郎クンが知ったら、どう思うだろうか。
「オレもう、……来るのやめます」
「え、…なんで?」
いつものように男主の元を訪れて、帰り際に男主に告げる。男主はといえば、いきなりのことに意味が分からず眉を寄せる。俯くイヌピー、やがて言葉を絞り出すように小さな声で呟く。
「真一郎クンに、申し訳なくて」
「あいつに? なんでお前がそう思うの?」
今度こそ意味が分からない。なんでここに来ることが真一郎に申し訳ないことになるのかと、怪訝な顔の男主。言っていいのか、いやしかしと悩むイヌピー。迷った挙句、結局言う。
「だって、なまえさんと真一郎クンは、付き合っていたんでしょう」。
「……は? 俺と真一郎が?」
「…………え?」
が、男主の反応はイヌピーが想像していたものとは正反対のものだった。とぼけた表情の男主に、今度はイヌピーがどういうことだと困惑する。
「俺と真一郎、付き合ってなかったよ?」
「………は?」
付き合っていなかった? そんなわけがない、だって、
「だって、その、キス、」
「…………はは、見てたのか」
イヌピーの言葉を聞いて、男主は乾いた声で笑う。それから少し間を置いて、静かにゆっくりと話し出す。真一郎との関係のこと。自分は真一郎のことを、どう思っていたのか。
「真一郎のことは好きだったけど、なんつーか、そういう、性的な好きとは違ったというか。なんて説明したらいいのか分かんねえな。でもまあ、お前が想像するような関係じゃないぞ」
「……でも、あれは…」
「そういう関係ではなかった」と、否定する男主に言い淀むイヌピー。でもあれは、そういう関係ではなかったと否定するには、あまりにも。
「…まあ、キスしてるとこ見られてんなら信じられないか……」
納得していないイヌピーの表情に、男主はどう説明したもんかなあ、と声を唸らせる。
「説得力ないかもだけど、俺と真一郎は恋人とか、そういう関係じゃなかった。強いて言うなら、親友以上、恋人未満って感じだな」
「………親友以上に、大切な人だったって、ことですか」
「うん、まあそんな感じ。ほら、お前にもいるだろ? ココくん、だっけ?」
それと同じだよ、と男主は笑う。けれどイヌピーは、真一郎と男主の絆に自分とココのそれとは違うものを感じていた。言葉にできないけれど、もっと別の何か。悶々とするイヌピーに男主はふと真剣な表情になって、一言。
「で、俺と真一郎の関係と、お前が来るのをやめる理由に、何か関係あんの?」
「………」
言えない。自分の口からじゃ、とてもこんなことは。
かあ、と顔を赤くさせて黙ってしまうイヌピーに男主は笑う。
「ウソウソ、冗談だよ。流石に察するわ」
からからと笑う男主にイヌピーは何も返せない。察されてしまったということは、自分の気持ちがバレてしまったということだろうか。どくどくと心臓を鳴らすイヌピーに、男主は目を細めて「青宗、」と名前を呼ぶ。
「…これは、俺のわがままだけど。お前が良かったら、これからも来てくれると嬉しい」
いつもの明るい笑顔とはまた違う微笑みを向ける男主。柔らかい、でもどこか儚さを感じる微笑みでそう言われてしまっては、イヌピーは頷くしかなかった。惚れた弱みである。
きっとあの人は自分の気持ちに気付いている。その上で「また来て欲しい」と言うなんて。
淡い期待と後ろめたい気持ちを綯交ぜにしたまま、イヌピーは通い慣れた道をバイクで走っていく。
「なまえさん…、」
なんて無防備な、と思った。あの時と同じ。工具箱を開けっぱなし、あたりに工具やパーツを散らばらせたまま、金属棚に背を凭れかかせて眠っている。
ゆっくりと近付いて、男主の前にしゃがみ込む。閉じられたまつ毛でできた影、薄桃色の薄い唇。すべてがきれいだった。
心臓の音が全身に伝導して、どくんどくんと体が脈打っている。
そっと、唇に自分のそれを触れさせる。一秒にも満たない感触でも、心臓が止まりそうだった。
一瞬のキスに男主の瞼が震え、やがて黒い瞳が自分を捉える。
拒絶も、否定もされなかった。長いまつ毛に象られた真っ黒な瞳が、ただ真っ直ぐに見つめている。
「なまえさん」
「……何?」
「…期待していいんですか」
「……いいよ」
イヌピーの首に腕を回して、男主は微笑む。瞬間脳内にあの時の光景が思い出されて、それを掻き消すように男主に口付けた。
なまえの心の中に真一郎がいるのを知っていても、好きでいるのをやめられないイヌピー
真一郎への気持ちを消化できないまま、それでもイヌピーを受け入れたいなまえ