灰かぶり姫とチャラ王子

母が死んでから、父は笑顔を見せなくなった。
娘としては大変心苦しく思っていたけれど、どうすればいいのかわからなかった。

侍女たちに任せるべき仕事も私は進んで自分で行う。
母がそうだったから。だけど、それを見ても父は悲しそうに笑うだけだった。
これは困ったなと思っていた矢先、ほぼ接待で参加した夜会で知り合った女性と意気投合。
彼女も以前、不慮の事故で夫を亡くしていたとか。
次第に父の表情に明るさが戻ってきた。
そして、とうとう。

「名前、この人と結婚しようと思うんだ」

そう言って照れ笑いをしながら、私に新しい母を紹介してくれた。
こちらは大歓迎だし、むしろもう父の笑顔は見れないのかと思っていたくらいだ。
父の幸せは私の幸せでもある。
結婚に私は手を上げて賛成した。

新しい母には、連れ子がいた。
私よりも一つ下の女の子。妹になる。
彼女はとても可愛らしい巻き髪で、桃色のドレスが似合いそうな女の子だった。
始めて顔を合わせた時に、その可愛らしい口から

「うっわ、お姉さん。吃驚するくらいダサいドレスなんですけどぉ」

と、開口一番信じられないくらい毒を吐く子だった。
だけどそれは別に悪口ではなくて、事実を述べているだけ。
実際私のよく着るドレスは何年も前の型落ちどころではないドレスばかり。
新調するのも面倒だし、自分で家事をするため、綺麗なドレスを汚してしまうのも気がひける。
それにここ近年は父の元気が無いのを気にして、自分の服装にまで気が回らなかった、が正しい。

一緒に暮らし始めた妹は、甲斐甲斐しくも自分の着なくなったドレスを姉である私にブツブツ文句を言いながら押し付けてきた。

「新しいの買うんでぇ、こっちは全部あげます〜」

まるで古くなったいらないドレスを渡すように言うが、譲ってもらったドレスはきっと最近購入したものだろう。
わざわざクソダサ姉を気遣ってくれる優しい妹が出来、私は本当に父の結婚に感謝した。

そんなある日、この国の王子が舞踏会を開くという手紙がうちに届いた。
王子の結婚相手を見つけるための夜会である。
そして年頃の娘がいる家庭に片っ端から招待をかけているとか。
初めて聞いた時は、とんでもない女好きの王子なんだなと幻滅した。

勿論、呼ばれたからには行かなければならないが、全然行く気が起きない。
せっせと妹はどのドレスを着て、どの髪型にしようか迷っている風だったが、
私が行かない、と言うとそれはもう折角の可愛らしい顔が酷く歪み「だから、その年で良い人も出来ないんですよぉ?」と私の繊細な心臓にブスリと鋭い一撃をお見舞いする。

「…それは関係ないでしょ。とにかく、私は今から風邪をひいて寝込むから」
「そんな宣言されて訳が分からないんですけどぉ。行かないんですかぁ?」
「うん、どうせ玉の輿を狙ったお嬢さんたちがうようよいるんだし」
「それは言えてますねぇ。私もそうですし」

では、お留守番しててくださいませ〜と私に手を振り、妹は王子の舞踏会へ出かけて行った。
舞踏会に行かないなどとのたまう私を見る父と母の視線に耐え兼ね、屋敷の掃除を行う事にした。
妹から貰った最新のドレスだと気が引けるので、前まで着ていたみすぼらしい格好で十分だ。

廊下を黙々と箒でホコリをはいていると、目の前に急に光が集まり、やがてそれらは人の形のなり、青年男性へと変化した。

「…えっ、何で掃除してるの?」

目の前の不審者は私を見て目を見開いて驚いた。
いや、私の方がビックリだけども。
貴方、だれ?

「俺は魔法使い。可哀想な女の子を舞踏会に連れて行ってあげようとやってきたんだけど…」

自分を魔法使いと名乗る茶髪の青年。
完全にヤヴァイ奴だけど、登場の仕方を考えると普通の人間とは思えない。
彼はどこからか木の棒を取り出して、自分の頭をコツコツと叩き始めた。

「何、イジメ?」
「いえ、別に。気分転換」
「家庭環境に不満は?」
「全くないよ」

ケロッとした顔で言うと、茶髪の魔法使いは苦笑いを零した。
不満があった方が良かったのか、失礼な人だな。

「とりあえずここから出てって。不審者の茶髪くん」
「不審者じゃないってば。証拠を見せてあげるよ」

さっさとお帰り願おうとすると、茶髪くんは持っていた木の棒を空中でくるくる回し、そして私に向かって何かを唱え始める。
なんだなんだ、と思ってたら自分の体に違和感を覚えた。

着ていたみすぼらしい服が、見たことも無いくらい綺麗なドレスへと変化した。
靴もキラキラと綺麗なガラスの靴になっている。
そして適当に結んだ髪もいつの間にか素敵なアップにセットされている。

「な、なにこれ!?」
「俺は魔法使いだから。それで舞踏会に行っておいで」
「…え?行かないよ?」
「なんで?」

折角綺麗なドレスを用意してくれたけれど、正直ありがた迷惑だ。
舞踏会には行くつもりなかったので、全てお返ししたいくらいだ。
そんな不満そうな私を見て、茶髪くんはため息を吐いた。

「…それは困る。連れていかないと、あとで喚かれる事になるんだよ」
「誰に?」
「それは言えないけども」
「はぁ…」

何故かは分からないけど、私は舞踏会に行かなければならないようだ。
私がため息を吐いている間に、木の棒を振り回して窓の外にこれまた素敵な馬車と馬を用意する茶髪くん。
とんでもなく便利な魔法だ。

茶髪くんに無理やり背中を押され、私は馬車に詰め込まれた。
行かない、と言ってるのに。
まあ、いいか。
なんか綺麗にしてもらったから、ちょっとだけ顔を出すものいいかも。

「あ、忘れてた。12時を過ぎると魔法はとけちゃうから、それまでに戻ってきてね」

私を見送りつつ、魔法の安全事項の説明をしてくれる茶髪くん。
大丈夫、そんな遅くまで絶対にいないから。

「まあ、戻れる保証はないけどね」
「なんか言った?」
「いや、楽しんできて〜」
「うん?」

王子には微塵も興味はないけれど、久しぶりの夜会なので精々美味しいものを食べようと心に決めた。


ーーーーーーーーーー

会場に到着すると、とんでもない人混みだった。
可愛らしく着飾ったお嬢さんたちが、会場の前の方に向かって視線を飛ばしている。
私はそれを横切り、置いてあった豪華なご馳走に目を走らせた。
めっちゃ美味しそう。
どれから食べようかと迷いつつも、私は満足いくまで食を楽しんだ。


「食べ過ぎた…」

満足いくまでたらふく食べたら、ドレスで立つのがしんどくなってしまった。
誰もいないバルコニーに置いてあったベンチに腰を下ろし、ぽんぽんとお腹を撫でる。

「さて、帰るか」

腹も膨れたし。
なんだか落ち着いてきたし。
その場から立ち上がって大きく伸びをした。
私の用は済んだ、こんな所からさっさと家へ戻ろう。

そう思っていたら、後ろで人の気配がした。
吃驚して気配の方に目をやると、知らない金髪の人がそこに居た。

「何してるの?」

歳は同じくらいに見える男の人。
人懐っこ顔をしているけれど、ド派手な金髪をしていて、何となく私は陽キャだと警戒する。

「そろそろ家に帰ろうと思って」

誰だか知らないけれど、多分もう二度と会わない人だし。
少し馴れ馴れしいかと思ったけど、特段取り繕う事無く口を開いた。
すると、金髪の人はちょっとビックリしたような顔を見せたけど、すぐに笑って「もう帰るの?俺とちょっと喋らない?」と呟く。
あ、この人チャラい。

若干引きつつも、少しの間ならと了承し、またベンチに座り直す私。
その横を隙間なく詰めてくる金髪の人。

「舞踏会なのに踊らないの?」
「うん。ご飯食べに来ただけだから」
「ご、ご飯…?」

口元を引き攣らせる金髪の人。
何かご不満でもあるようだ。

「王子の所には行かないのかよ」
「だから、ご飯食べに来ただけだからさ」
「マジか…」

何故だか、金髪の人は片手で頭を抱え始めた。
何かを文句でもあるのだろうか。
思わずムッとすると、それに気づいた金髪の人がくすりと笑う。

「折角可愛い格好してるのに?」
「あー…可愛くしてもらったけどね、王子には興味ないし」
「ふうん」

金髪の人は私から顔を逸らして、唇を尖らせる。
やっぱり何かをご不満でもあるようだ。
一言言ってやろうかと思って口を開きかけた。
だけど、私より先に金髪の人が言い放つ。

「実は外国のお菓子が手に入ったんだけど、俺の部屋でもお茶でもどう?」
「えっ、お菓子…」

お菓子で釣られる私ではないのだが、外国のお菓子というのは少し興味がある。
だか、知らない男の人の部屋に行くというのは如何なものか。
私が様々な葛藤と戦っていると、金髪の人がぽつりと呟く。

「酒もある」
「よし、行こう!」
「はやっ」

お菓子では釣られなかった私が、酒の一言であっさりと承諾した。
お酒は好きだ。
好きだけれど飲みすぎると記憶を無くす。
その所為で家では飲酒するのを禁じられているのだ。
久しぶりにアルコールを摂取できるとあって、私は速攻で見知らぬ男の部屋へ足を踏み入れた。


ーーーーーーーーーー


「んで、酒は?」

金髪の人の部屋、といっても会場内にあるVIP専用のラウンジだった。
到着早々、お猪口を飲む仕草を見せて酒を要求する私。
レディからかけ離れているのは自覚済みだ。

「そこのベッドに座って待ってて」

そう言って、ワイングラスを用意する金髪の人。
私は何故ソファではなくベッドに案内されたのか疑問に思いつつ、ベッドに腰をかける。
やばい、ふわっふわだわ。
ちょっとだけ腰を上げて、深く座り直してみる。
ぼよん、とマットが跳ねた面白い。

ワイングラスに酒を入れた金髪の人が戻ってきた。
私の様子を見ると、ワイングラスをテーブルに置いて、私の前にやってくる。

「ねえ、覚えてない?」
「何を?」
「俺の事」
「全然」

私と目線を合わせるように跪く金髪の人。
全然記憶にないから、首を横に振るとはぁ、と盛大にため息を吐かれた。

「3年前の夜会で会ってるんだけど、さ」
「3年前…?」

そう言われて記憶を辿ってみる。
確かに3年前は夜会に顔を出していた時期があったな。
でもこんな人、見たことあったっけ?

「夜会で酒を浴びるように飲んでいたレディは、名前だけだよ」
「あれ、名前…」

この人に私、名前を言ったっけ?と、首を傾げる。
確かに夜会で酒を飲んで、あまりの醜態に酒厳禁になったんだけど…なんで知ってるの?

「本当に覚えてないの?」
「申し訳ない…」
「…まあ、いいや。俺とキスした事も覚えてないんでしょ、どうせ」
「は?」

言われた言葉が反芻するように頭に響く。
え?キス?
キスって、キス?

「俺とキスした癖に、さっさと帰るし。おまけに覚えてないし。どこの誰かか知らないから、探し出すのに苦労したんだけど」
「へ?どういうこと?」
「あのね、」

跪いていた身体が、ずいっと私に近づき私の肩を軽く押した。
そのままベッドに倒れ込んだ所を、金髪の人が上に乗ってくる。
え、えっ!?


「本当に覚えてないの?名前」


そう言って、私の唇を無理やり口付ける金髪の人。

突然の事に目の前が真っ白になる。
頭の中が走馬灯のように今までの記憶を遡っていく。
そして、思い出した。


「…あ、善逸」
「はいよく出来ました」


唇が離れ、善逸の顔がにやりと笑う。

善逸。
3年前に教えられた、この人の名前だ。
浴びるよう飲酒した私を介抱してくれて、何だか気分が上がってしまった私が抱きついたんだった。
そして…

「キス、した」
「ですよねー」

奪われるようなキスだったけれど。
すっごく恥ずかしくなって、逃げるように帰ったんだった。
だってこの人がこの国の王子だって気づいてしまったから。

「お姫様にに逃げられた王子は、悲しくて悲しくて、家臣の魔法使いを使って舞踏会に連れて来させました」
「は?」
「というわけで、魔法が解けようがどうしようが、今夜は帰しませんので」
「えっ?」

ぽかんと口を開けた私に、色気を含んだ笑みで応える善逸。
片手で首元を緩め、舌で唇を舐める仕草は狙ってやっているのかと思うくらい、刺激が強い。

試しにバタバタと足を動かそうとしたけれど、全然逃げ出せない。
視界の隅に映った時計は12時前を指している。



「俺のお姫様になって、名前」



そう言って、再び私の口を塞ぐ金髪王子。
ああ、もう逃げることは出来ない。
魔法はとけても、この腕は私を解いてくれないだろう。
3年間私を探していたという王子の執着を考えると、想像するのも容易い。



私が諦めたと同時に、私のガラスの靴がベッドの下に転がり落ちた。

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