意味もなく、二人で笑い合う
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「…どうかしたんですか、皆さん」

善逸さん、炭治郎さん、伊之助さん。
三人は各々の顔を見て深いため息を吐いた。
その顔は皆、悲壮感に満ちていた。

今日は三人での任務だった。
道中はわちゃわちゃと皆で楽しく過ごしたけれど、現場に到着すると想像以上に手強い鬼だと三人が眉間に皺を寄せた。
私はいつものように付いていこうとしたけれど、三人に反対され(伊之助さんにまで!)、現場近くで待機する事に。
プンプン怒りながら、チュン太郎ちゃんと待っていた。
数刻現れた三人は酷く疲れた顔をしていたけれど、見た目からはケガなんてなくて。
本当に手強い鬼だったのかと疑いたくなるような状態だった。
戻ってきたら嫌味の一つでも言おうと思っていたのに!

だけど三人とも顔色が元に戻らないから、冒頭のように声を掛けた。
三人の様子があまりに変だから、思わず首を傾げる私。
善逸さんに駆け寄って「本当はどこかケガでもしているんですか?」と頬に手を添えた。

すると、善逸さんは少し頬を赤らめて顔を背けた。

「いきなり触んじゃねぇ!」
「…へ?」

善逸さんから発せられた言葉に目が点になる。
ポカンとしている間に今度は炭治郎さんが何故か私と善逸さんの間に割って入る。

「名前ちゃんにそれ以上近付くな、伊之助!」
「…た、炭治郎さん?」
「俺が近付いたんじゃねーよ、名前が寄ってきたんだろうが!」

頭が大混乱である。
何故か言葉遣いが悪い善逸さんと、今までちゃん付けで呼んだことのない炭治郎さん。
二人の様子に私は戸惑うばかり。
ハッとなって棒立ちしている伊之助さんの方を見ると、困った顔で立っていた。

え、伊之助さんが困っている?
どれもこれもどうなっているの?

三人の顔を交互に見つめていたら、目の前の炭治郎さんがくるりと振り返った。

「名前ちゃん、驚かないでほしいんだけどさ…俺たち鬼の血鬼術にかかったんだ」

見た目は完全に炭治郎さんなのに、何故だか雰囲気は善逸さんの思い起こさせる。
炭治郎さんは自分の頬を指でかきながら「入れ替わったみたい」と非常に暗い声で呟いた。

「入れ、替わった…?」

驚きながら脳裏に浮かんだのは、先日善逸さんと私の中身が入れ替わったあの時の事。
あんぐりと口が開いて、三人の顔を見ると皆難しい顔で頷いていた。

は?
中身が三人ともシャッフル?

なんて面倒な事をしてくれたんだと、既に滅せられた鬼を恨みつつ、私は事情を聞いたのだった。

―――――――――――――

善逸さんに見えるけれど、中身は伊之助さん。
炭治郎さんに見えるけれど、中身は善逸さん。
伊之助さんに見えるけれど、中身は炭治郎さん。

蝶屋敷へ戻る中、そう説明されて私の頭の中はくちゃくちゃだった。
よくよく見れば確かに雰囲気で分かるけれど、どうしても視覚からの情報が大きい事がよくわかる。
反射的にいつものように善逸さんの横に並んで手を繋ごうとして、炭治郎さんに吠えられる。
普段穏やかな炭治郎さんの顔があり得ないくらい歪んで、まるで野生動物のように善逸さんに威嚇している様は、三人を知る人から見れば混乱する事だろう。

「なぁんで伊之助と手を繋ごうとするかなぁ?」
「……す、すみません」

ぐるんと私を見て額に青筋を作る炭治郎さん。
これは慣れるまでに時間がかかりそうだ。
謝罪する私の後ろから、優しい声が掛けられる。

「善逸、仕方ないだろう。名前だって混乱するに決まっている」

伊之助さんだけど、炭治郎さんに優しくそう言われて私は安堵した。
っていうか、伊之助さんの口からこんな穏やか極まりないセリフが飛び出してくるなんて、
違和感を通り越して恐怖だ。

「チッ、面倒くせぇ」

善逸さんに見える伊之助さんが舌打ちをして、私達の前を歩いていく。
その後ろを伊之助さんに見える炭治郎さんがついていく。
残されたのは炭治郎さんに見える、善逸さんと私。
当然のように善逸さん(仮)が私に向って右手を出してくる。
何だか炭治郎さんと手を繋ぐみたいで、ちょっと違和感を感じるけれども恐る恐る手を繋ぐ私。

「…俺が手を繋いでいるのに、名前ちゃんと炭治郎が手を繋いでるみたいだ」
「事実、炭治郎さんの身体ですからね。嫌なら手を離しますか?」
「いや」

ぎゅっと握った手を強める善逸さん(仮)。
思わずくすりと笑ってしまった。
見た目は炭治郎さんでも、善逸さんのまんまだ。
背中に禰豆子ちゃんの箱を背負い、市松模様の羽織の彼だけど、私には一瞬善逸さんに見えた。

こんな感じでたまに善逸さん(仮)と伊之助さん(仮)が喧嘩をして、それを炭治郎さん(仮)が治める。
なんやかんや騒がしいながらもなんとか蝶屋敷へと到着したのだった。

ついて早々、しのぶさんの所へ話をしに行く私達。
部屋にいたしのぶさんは、私達からの説明を聞くと、小さく息を吐いて「…またですか」と呟いた。
…この前もありましたものね、本当にすみません。

「前の時も言いましたが、日にち薬です。時間経過で元に戻ります」
「…です、よね」

知ってた。
だってこの前だって時間が経ったら戻ったんだもの。

「そんな状態じゃ、しばらく任務は難しいですね。三人とも少しの間休息ということで、ゆっくりしてみてはどうですか?」
「……」

三人が顔を見合わせる。
確かにこの状態では任務を遂行する事は不可能だろう。
お互いの呼吸使えるとは思えないし、元の呼吸も使えるとも思えない。
残念だけどもお互いの身体でしばらく過ごさなくてはならない。

「早く元に戻らないと、名前ちゃんとイチャつくことも出来ないよ…」
「……炭治郎さんの顔でそんな事言わないで下さい。炭治郎さんが汚れます」
「酷い」

暗く沈んだ顔で善逸さん(仮)が呟いた。
まだ慣れないけれど、もう少しの辛抱だろう。
この前だって数刻で元に戻ったし、と楽観していた私はその後後悔する事になる。

――――――――――――


あれから三日が過ぎた。
信じられないことにまだ彼らは元の身体に戻っていない。
最初は善逸さん(仮)も私と同様、前回のこともあるのですぐに戻るだろうと思っていた。
だけど、一晩過ぎたあたりで段々雲行きが怪しくなり、そして三日。

流石に少しは慣れたようで、禰豆子ちゃんも善逸さん(仮)ではなくて、伊之助さんに見える炭治郎さんと一緒に過ごしていた。
私はどうすることもできないので、とりあえず屋敷の家事を黙々とこなすだけ。

いつものようにお布団を干していた。
干しながら考えるのは、いつになったら彼らが元に戻れるのかという事。
まさかとは思うけど、このまま戻れないなんてこと、ないよね?

布団を持つ手が僅かに震える。
…それは嫌だなぁ。
当人たちはもっと嫌だと思うけど。

はあ、と息を吐いて縁側に置いてた布団を取ろうと振り返る。
すると、見慣れた金髪がバツが悪そうにそこに立っていた。

「あれ、ぜ…じゃない。伊之助さん、どうしました?」

どうしてもまだ善逸さん、と口にしてしまう。
伊之助さん(仮)がすたすたと私に近付いてくる。
何の用だろう?

「…伊之助、さん?」

伊之助さん(仮)が唇を尖らせ、そして私の手首を乱暴に掴んだ。
どうしたというのだろう。様子がおかしい。
私は首を傾げたままもう一度「どうしたんですか?」と尋ねる。
けれども伊之助さん(仮)は何も言わない。


「名前」


善逸さんの声で名前を呼ばれた。
伊之助さんだと分かっているのにドキドキする。
伊之助さん(仮)は私の手を掴んだまま、私の方へ引き寄せる。
バランスを崩した私はそのまま伊之助さん(仮)の胸に飛び込む。

「わぁっ」

ばふん、と胸板に顔面を強打する私。
何てことをするのだと一言文句を言おうとした。
顔を上げた先には、何だか善逸さんみたいな顔をした伊之助さん(仮)がいて、言葉を失った。

頬に手を添えられ、伊之助さん(仮)の顔が段々近付いてくる。

ぱたぱたと干した布団が風で揺れる中、私の視界は伊之助さん(仮)で一杯だった。

キス、されそう。
いつものように瞼を閉じてそれを受け入れようとしてしまう自分に気付き、慌てて近付く顔面を押し返した。


「ダメ!!」
「いだぁっ」


ぐにゅんとあり得ない方向に伊之助さん(仮)の顔は曲がってしまったけれど、キスは回避できた。
二、三歩ほど後ろに下がって、ドキドキする心臓を着物の上から押さえる私。
顔まで熱が籠っている。

「な、なにするんですか!伊之助さん!」

ぜーはーぜーはーと唾を飛ばしながら声を荒げる。
善逸さんの身体で悪戯するとは何事だ!
プンプン頬を膨らませ、腰に手を当てて如何にも「怒ってますよ」アピールをしたら、首を元に戻した伊之助さん(仮)が急に笑い出した。

「ご、ごめ…くふっ…ぐふふっ…」
「…伊之助さん…?」

自分の口に手を当てて笑い転げる姿に驚く私。
涙目になるくらい存分に笑った伊之助さん(仮)は、私の方を向き直ってもう一度「ごめんね」と言った。


「もう戻ったよ」


ニカっとまるで太陽のような笑みを見せて、私の手を握る善逸さん。
紛れもなく、それは伊之助さんじゃなくて、善逸さんのそれだった。

「意地悪してごめんね」

全然悪いと思ってなさそうな顔で。
私の背中に手を回す善逸さん。
私は驚きつつ「善逸さんなんですか?」と言うと、すぐに「そうだよ」と返ってくる。
たったそれだけの事なのに、心臓が穏やかになったのが分かった。

「伊之助さんの振りをするなんて!」

善逸さんの背中に手を回して、適当に背中のお肉を掴んでやった。
いてぇ、と軽く声を上げた善逸さんを見て、私は満足した。

「伊之助に口付けされると思った?」

耳元で囁く声。
先程の事が思い出されて頭に熱が昇る。
この人は本当に意地悪だ。

「…善逸さんの馬鹿」
「ふうん」

善逸さんの顔が私を見る。
悪戯っ子のような眼で私を見た後。
あっという間に私の唇を奪ってしまった金髪の人。

言いたいことは山ほどあったけれど、今は。
とりあえず戻った事を素直に喜んでおこう。


顔が離れた私たちは、お互いのおでこを引っ付けて、笑い合った。




やっぱり、その姿が一番ですよ。







あとがき
みりんさま、リクエスト有難うございました!
かまぼこで精神入れ替わりわちゃわちゃという事でしたが、如何だったでしょうか。
リクいただいた時点でこの話は妄想しまくりで。
この結末にするのを決めておりました。
普通にイチャイチャさせるつもり満々だったので、私は書いていてすごく楽しかったんです…。
伊之助の扱いが最近酷い気がしますが、こんなものでよければお納めくださいませ〜!

この度は誠に有難うございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ