愛してるで締めくくる
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「あ、しのぶさんの鴉だ」

任務の事後報告のため、俺と炭治郎、伊之助はお館様のお屋敷にお邪魔していた。
到着して一晩経ったあと、しのぶさんの鴉が俺の元に文を届けてくれた。
しのぶさんから文が届くということは、蝶屋敷で何かあったということ。
蝶屋敷に残してきたあの子の顔がすぐに頭に思い浮かんだ。

『私も付いて行ったらダメです、よね…』

流石に鬼殺隊ではない彼女を、お館様の元に連れていくのは無理だと思っていた。
だから、寂しそうに視線を伏せる姿にズキンと胸が痛んだとしても、彼女も理解はしているようで任務の時のような主張はしなかった。
俺としても一緒に居たいのが本音だけれど、流石にね。
それもあって蝶屋敷に置いてきた、というのに。

彼女の身に何かあったのかと心中穏やかではない。
俺は早速文を読み進めていく。
隣で心配そうな顔をしている炭治郎と伊之助が俺を見ていた。
こいつらだって心配なはずだから。

「……はぁ?」

文に目を通して、俺は一言。
不快感が思わず顔に出てしまうくらい酷い内容だった。
炭治郎が俺に駆け寄り「何があった?」と顔をこわばらせる。
安心させてやりたいが俺は違う意味の心配事が増えて、心を更に乱された。

「…あー…蝶屋敷の皆は無事だよ、別に襲われたとかじゃないから」
「それならいいが。……何でそんなに怒っているんだ?」

一応事実を淡々と告げた。
だけど鼻の利く炭治郎には俺の気持ちが丸わかりだ。
炭治郎の言うとおり、俺は沸き立つ怒りにどうしていいかわからないくらい、自分を抑えるのに必死だ。
全身の血が沸騰しているような気がする。

「名前に何かあったのか!?」

こういう時に勘のいい伊之助が顔を覗き込む。
何かあっただと?
大ありだよ、くそが。

ぐしゃっと文を力の限り握り、俺は舌打ちを零した。

「……帰る」
「帰る? 蝶屋敷にか?」

ぼそりと呟いた声に炭治郎が反応する。
それにコクリと頷いて俺は自分の荷物をまとめ始めた。
お館様の事後報告は昨日済んでいる。
もう少しゆっくりしていくといい、と言われていたがそれどころではないくらい最悪の状況だ。
俺が慌てて帰り身支度をしている最中、炭治郎と伊之助が「どうしたんだ?」と焦った様子を見せた。

口に出すのも嫌だけど、説明しておかないと心配するだろう。
俺は苦々しい顔を作って口を開いた。


「名前ちゃんが、お見合いをするんだってさ」

「お見舞い?」


真っ先に反応したのは伊之助だ。
しかも意味が違うし。
それを炭治郎が正しく説明する。
やっと意味を理解した伊之助が、額に青筋を作って俺に詰め寄る。

「他の男と見合いってどういう事だよ!?」
「…それはこっちが聞きたいっつーの」

これでも怒りは抑えている方だ。
なぜなら俺と名前ちゃんは恋人同士。
彼女は別に家柄なんて関係ないし、見合いをさせられる意味も分からない。
こんなふざけた話があるか。

文には当然断る前提だと書かれていたが、それでも愛しい彼女が他の男と見合いをすると聞いて黙っていられる男はいないだろう。
伊之助を振り払い、俺は自分の荷物を肩にかける。
炭治郎に「後は任せた」と言い、俺は大急ぎで屋敷を飛び出した。


――――――――――――

道中、今までこんなに加速したことがないというくらい走った。
後ろからチュン太郎もついてくるけれど、俺に追い付いていない。
怒りのまま足を進めて、俺は脳裏で見たこともない男に罵倒し続けた。

藤の家の人間だと書かれていた。
前に俺と名前ちゃんが泊まった家の男だと。
そこで名前ちゃんを見初めたらしい。

ふざけるな、と。

確かにそんな不届き者が居たのは確かだ。
泊まっている最中に名前ちゃんに対して“そういう”音をさせていた男がいた。
だから、分かりやすくべったり名前ちゃんの隣に俺が居たというのに。
どんな神経をしているか分かったものじゃない。

「…チッ」

さっきから舌打ちばかりしている。
眉間にも鋭く皺が入っている事だろう。
これほどまでに不快にさせておいて、無事で済ませる筈がない。

俺はそのまま一度も休憩をすることなく、蝶屋敷へと走った。




「…あら、早かったですね」

無言で蝶屋敷の玄関を開けると、そこには少し余所行きの恰好をした、しのぶさんがいた。
いつものように微笑んでいるようにみえるが、音で分かる。
相当迷惑そうで尚かつ怒っている。
しのぶさんの横には見慣れない初老の男性が立っていた。
俺の顔を見てビクリと身体を震わせた。

「……そりゃあ、あんな連絡があれば死ぬほど早く帰ってきますよ」
「ふふ、そうでしょうね。善逸くん、どうしますか?」

口元に手を当て、にこにこと笑っている。
その目がすうっと開かれ俺を鋭く見据えた。

どうしますか、と尋ねられてもやる事は一つだ。
隣の初老の男性はキョロキョロと俺としのぶさんを交互に見て「こ、胡蝶様!?」と慌てている。
俺は履物を乱暴に脱ぎ散らかし、そのままズンと中へ入る。
俺が何も言う前にしのぶさんは「一番奥の客間ですよ」と教えてくれた。

コクリと頷いて俺は自分の荷物を玄関の脇に置かせてもらい、そのままズンズンと歩を進める。
廊下が慌ただしく軋むがそれどころではない。
イライラが頂点に達していた。

目的の部屋の前に来たとき、中で話し声が聞こえた。
さっさと怒鳴り込んでやろうとしたけれど、様子がおかしい。
俺は耳をそばだて暫く中の様子を探る事にした。

「貴方の相手は鬼殺隊です。僕たちの先祖は鬼狩り様に助けて貰いましたが、死と隣り合わせの筈。貴方の恋人も若くして亡くなるかもしれません」

若い男の声だ。
こいつが名前ちゃんに見合いを申し込んだ相手だろう。
話しているないようから察するに、やっぱり俺の存在をよぉく知っているようだ。
恋人が鬼殺隊だから、そんな男はやめて自分にしろ、という事か。
くそが。

襖に手をかけて、中に入ろうとした時。

名前ちゃんの冷たい声が俺の耳に届いた。


「は?」


ピタ、と俺は動作を止めた。
怒っている、すごく。
名前ちゃんがめちゃくちゃ怒っている。
どんな顔をしているのか分からないけれど、バックンバックン心臓が狂暴に蠢いている。
思わず俺まで冷静になるくらいに。

「その話、よくも私の前で零してくれましたね」

相変わらずの冷たい声を零す名前ちゃん。
相手の男がたじろぐ。

それと対比するように俺の胸は暖かいもので満たされいくのが分かった。
俺のために、名前ちゃんが怒っている。
それが嬉しくてもっと話を聞いておきたい気さえする。


「善逸さんが死ぬ時は私が死ぬ時です。先行きもクソも、死んでもずっと一緒です」


微妙に言葉遣いが悪いけれど、はっきりと透き通った声で言い放つ。
先程までのイライラがすうっと消えていくような、そんな感覚が俺の胸に広がった。
襖に掛けようとしていた手を、ぎゅっと握る。

お帰り下さい、と促された男は、流石に諦めたのか席を立つ音が聞こえる。
あ、出てくる。
俺はそっと襖から少し離れたところで男が出てくるのを待った。

すーっと音を立てて男は出てきた。
その顔は苦悶が見られた。
恋する女の子にあれだけはっきり拒否されたら、誰だってそんな顔になるだろう。
俺だって、昔はそうだった。
今はそんな事したくないけどね。

「…ねえ」

すっと沸いた俺が声を掛けると、男はもの凄く驚いた顔をして、俺を見た。
構うことなく俺は男の腕を掴んで、ギリギリと握っていく。

「誰が若くして亡くなるって?」

男の顔がどんどん青ざめていく。
むしろ白くなっている。

じろりと男の目を睨みつけると「ひぃ」と小さく声を漏らした。
その姿を見て俺は満足気に微笑む。
頬んだ俺を見て安心したのか、男の顔が穏やかになった。

まあ、タダでは済まさないんだけどね。



―――――――――――――

ゴミクズの排除が完了し、俺はそのまま客間の前に居た。
はぁ、と息を吐いてそれから覚悟を決めて襖を開けた。

中に居た名前ちゃんを見て、一瞬俺は目を見開いたけど、そのまま向いに座りじっと見つめる。
名前ちゃんは俺を見て心の底から驚いているようだった。
あの男と入れ替わるように入ってきたしね。

「あ、我妻善逸と申します。お、おおお名前、は?」

こういう場に立ったことがないから、思わず緊張して声が裏返った。
名前ちゃんはポカンと口を半開きにして俺を見ていたけど、理解したようにニコリと微笑んだ。

「苗字名前と申します」

俺に付き合ってくれるようだ。
まるで茶番。
そんな事は分かっている。
だけど他の男のためにそんなに着飾ったのかと思うと腹立たしくておかしくなりそうなんだ。
俺の為に、俺だけのもの。

「そ、その振袖、とてもお似合いです、よ?」
「…本当ですか。想い人に見せたかったんです」
「名前さんの、想い人って」

欲しかった言葉を言われて思わず俺の頬に熱が籠る。
答えなんて分かり切っている、むしろそれ以外に考えられない。
それでも彼女の口から言って欲しい。


「不思議な事に我妻さんと同じ名前なんですよ、彼」
「ぼ、僕の想い人も名前さんと、同じ名前だ…です」


二人見つめ合い、穏やかに笑う。
さっきまで殺伐とした空気だったというのに。
俺は嬉しさついでに口を開いた。

「死んでも一緒にいる、って」

先程聞こえてきた言葉が嬉しくない筈ない。
名前ちゃんがこくりと頷いた。

「相手には嫌がられるかもしれませんけど、ね」
「相手も喜んでいると思いますよ」
「そうでしょうか?だったら、普段言葉にしてくれてもいいと思うんですけどね?」
「それは、なんとも…」

グサリと軽く俺の胸に棘が刺さる。
こっちだって色々考えてはいるんだよ?
今日も可愛いなとか、好きだなぁとかさ。
特に今日なんて素敵だ。初めて見る振袖に心奪われた。

こんな晴れ着を着ているというのに、俺の羽織から作った髪飾りをちゃっかり付けている姿なんて、ね。

「でも、私は大好きなんです」

ふふ、と照れ臭そうに笑う名前ちゃん。
俺が思わず言葉を失うくらい、綺麗な笑みだった。
言われた意味を理解すると、まるで茹蛸のように俺は自身が赤くなっている事に気付いた。

……反則過ぎるでしょ。

ずっと彼女に好きだと言われ続けるだけじゃ、俺だって耐えられないよ。


「……俺は、愛してるけどね」


恥ずかしいから、何度も言わないけどさ。
ぼそりと呟いた声が名前ちゃんの耳に届いたようで、今度は名前ちゃんがリンゴのように赤く顔を染めた。


愛してるで締めくくる


折角可愛い恰好をしているんだからさ、俺のためと笑ってよ。






あとがき
ゆうきさま、リクエストありがとうございました!
「深呼吸して君に好きって伝えよう」の善逸視点という事でしたが、如何だったでしょうか。
この話、個人的にもすごく好きでしたので、善逸視点を書きたかった作品でした。
内容が過ぎたので書けませんでしたが、こうして善逸視点でリクエストを頂いて歓喜です(笑)
最後ちょいと付け足しました(*‘ω‘ *)
どうか楽しんで頂けますと幸いです^^

この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ