安心してあなたを好きでいられる
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梅雨も終わり、本格的な夏が始まろうとしている。
着物というのは現代の服装に比べると、どう頑張っても暑い。
今更帰る方法はないから、早いうちに冷感シャツ的なものが開発されればいいのに、と照り付ける太陽を睨みつけながら思っていた。
天気はいいから、お洗濯的にはいいんだけれども。
縁側に置いていた籠の中から、湿った洗濯物を取り出しお庭に出た。

「あつい…」

まるでゾンビのように今にも地を這いそうな声が聞こえた。
決して私ではない。
今日は身体を休める日ということで、善逸さんが隊服ではなくて着物を着て縁側に座っている。
確かに表情は死んでいるけれど。
そんなに暑いなら、こんな日の当たる所から移動すればいいのに。

「暑いといっても涼しくはなりませんよ。皆さんで川でも行って来たらどうですか?」
「野郎と川なんか行っても楽しくないでしょ…名前ちゃんも一緒に行こうよ」
「うーん、私も行きたいのはやまやまなんですが、最近どうも身体がダルくて…」

パンパン、と洗濯ものを広げる様子をじーっと善逸さんに見られると、少しだけ緊張する。
いつもは誰かに見られて作業する事なんてないし。

縁側で伸びる善逸さんを見ながら、投げやりに答える。
最近身体の調子がおかしいのは本当。
別に川に行きたくない訳ではない。
熱っぽいなぁと思うときもあれば、何もしたくないと思うときがある。
流石に夏風邪だったりしたら本当に申し訳がないので、自己管理はしっかりしないと。

善逸さんは片眉を上げ「ふうん?」と物珍し気に言う。
あんまり体調崩したことがないからね、私。
熱なんてそれこそ旦那様のお屋敷にいる時に一回、くらいだったかも。

「風邪?」
「だといいですけど。もしくは夏バテか…」
「……そう言えばさ、前回シたのって、いつだっけ?」
「は?」

洗濯物を干していた手を止めて、縁側を睨みつける。
突然何を言い始めるんだこの人。
私が鋭く睨んだことで、一瞬善逸さんが怯んだけれどめげずにもう一度同じ事を口にする善逸さん。

「前回」
「は?」
「は?じゃなくてね」

朝っぱらから何を言うんだろう。
色ボケるものいい加減にしてほしい。
私はかーっと顔が赤くなると同時につかつかと善逸さんに近付いて顔を寄せる。

「なんですって?」
「…はぁ、ぶっちゃけるけど、生理きてる?」
「……」

この人は。
善逸さんの前に仁王立ちして睨みつける。
それなのに善逸さんは平然と私の額に手を伸ばした。

「ちょっと熱い」
「さっきからなんですか?」
「……名前ちゃんの身体に変化がないのかなって思って」
「そりゃありますよ、夏バテだと思います、し…あれ?」

何を馬鹿な事を、と唇を尖らせたまま言おうとした。
途中で止まってしまったのは、そこで気付いたからだ。
最後に生理が来た月を。

あれ、そう言えば先月生理来てない。
その前は来ていた、気がする。
だから、ただ遅れているだけだと思う、でも背中にいつもとは違う汗が伝う。
あれ、あれ?

私の顔が凍り付いたことに気付いた善逸さんが、はあ、と息を吐く。

「名前ちゃんが生理の時って、実は俺も分かるんだよ。胸の音が変わるんだ。だからさ、最近きてなかったでしょ?」
「……ちょっと待ってくださいね、今聞き捨てならないことをサラッと申しませんでしたか?」

何だか頭痛までしてきたみたいだ。
片手で頭を押さえつつ、善逸さんを見る私。

「わかるんですか?」
「うん」

サーっと血の気が引いていく。
夏だと言うのに寒気まで感じるのは、あり得ない事を平然と言ってのける善逸さんがいるからだろう。
本人は何が悪いのか全く分かってない顔で、私の腕を引く。
腕を引かれたことで、私は善逸さんの身体に優しく抱き留められた。

一瞬ドキっとしたけれど、それどころではない。
思い出したようにキッと善逸さんを睨むと、善逸さんは相変わらず平然としていた。


「ねえ、もしかしてだけど、デキた?」


今日に限って、善逸さんの表情を読み解くのは難しい。
何て言ったらいいのか分からない顔をしている。
デキ、た…かもしれない、だって生理が来ていないんだから。
デキた、として。
そしたら、善逸さんは、どんな反応をしてくれるんだろう?

喜んでくれる?
それとも。

「わ、わかりません」

ドキドキと胸が鳴る。
混乱からくるドキドキ。
慌てて善逸さんから離れて、善逸さんの隣に腰を下ろした。

子供ができるような行為は…している。
だから、出来てもおかしくはない。
この体調不良も、ただの夏バテではなくて、妊娠からくる不調だとしたら。

「名前ちゃん?」

善逸さんは不思議そうに顔を覗き込む。
私はその顔が見れなくて、フイと視線を逸らした。

「もし、デキてたら…どうしますか?」

酷い事を聞いている。
それは重々承知だ。

さっきまで聞こえてた蝉の声も、照り付ける太陽も。
何も感じない。
私と善逸さんだけ。


「…まずは名前から考えるよね。でもさ、生まれるまで性別が分からないから、どっちの名前も考えないとだし」

「え?」


顎に手を置いて、真剣な顔で何やら考え始める善逸さん。
え?え?え?
想像していた様子とあまりに違うから、私は混乱した。
一人ブツブツと「女の子なら、名前ちゃんに近い名前で、男なら俺の字を取って…」とか言う姿は誰が想像出来たというのだろう。
更に混乱する私。

「あ、あの、善逸さん?」
「何?」
「名前って?」
「子供の名前でしょ。親が子供に最初に贈る、贈り物なんだから真剣に考えないと」
「いや、あの」

何を馬鹿な事を言ってるんだ?と言わんばかりに私を見る善逸さん。
そんな話をしたかったわけではなかったんだけど、あれ?

混乱する私を置いて、更にブツブツと呟く善逸さん。
そんな姿を見ていたら、何だか悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてきた。
ふわっと胸のつっかえが取れたように感じて、自分の表情が緩んだのが分かる。
本当に、この人がいてくれて良かった。

「何?」

私が笑っている事が分かったのか、善逸さんが不審そうにこちらを見る。

「…いいえ。後でしのぶさんに診てもらいますね」

もしデキていても、きっとこの人となら私は充分幸せだ。



◇◇◇



「最近暑かったですからね、身体が疲れてしまったんでしょう」


忙しそうなしのぶさんに声を掛けるのは大変忍びなかったけれど、しのぶさんは快く了承してくれて。
私の症状にいくつか質問をし、私の様子を診てくれた。
その結果、本当に夏バテだった。

「そ、そうですか…」
「夏になると名前さんみたいに妊娠したと勘違いする方が増えるんですよ。症状が似ている部分もありますからね」
「…あらら」

妊娠はしていない。
そう言われて喜ぶかと思ったら、自分の中で落胆する声が聞こえた。
私自身も実は子供が出来ていたら、素直に喜んでいたのかもしれない。

思い悩んでいた先程とは打って変わって、私はすっきりした気持ちだった。

しのぶさんにお礼を言ってしのぶさんの部屋を出たら、廊下で壁を背中にして座り込んでいる金髪を見つけた。
出てきた私を見て、心配そうに瞳を揺らす。

「…残念ですけど、夏バテでした」

はは、と乾いた笑いを残して言うと、善逸さんが顔を俯かせる。
どんな顔をしているんだろう。
思わず好奇心が勝ってしまって。
無理矢理、顔を覗き込んだ。

「…まぁ、まだ二人でいたい、し?」

無理矢理そう言ってるけど、善逸さんの眉が下がっているのを、私は見てしまった。

ポカポカと胸に広がる暖かい気持ち。
嬉しくなって、私は善逸さんの腕に抱き着いた。

「本当は凄く残念でしょ?」
「そ、そんな事ないし」

すぐに善逸さんは腕を払って、私の数歩前を歩きだした。
素直じゃないなぁーなんて思いながらその後ろを付いて行く。
その時、善逸さんの袖から1枚の紙がぴらりと落ちた。

「あ、なんか落ちましたよ…?」

善逸さんが振り返る前に、落ちた紙を拾い上げる私。
そしてその紙に書かれた文字を見て、また私は笑った。

「ねえ、本当は楽しみだったんですよね?」
「ち、違うから! それ返してよ!」
「いやですー」

紙を見た事に気付いた善逸さんが、真っ赤な顔で私から紙を取り上げようとする。
でも私はそれを避けて、善逸さんから逃げるように走り出した。

気が早すぎるんですよね、あの人は。
紙に子供の名前を書き連ねるなんて。

そんな善逸さんだから、私は安心して好きでいられるんです。





あとがき
ハルさま、リクエストありがとうございました!
善逸さんヒロインちゃんが夏バテ生理不順、ということでしたが、いかがだったでしょうか。
混乱するほどではありませんが、シリアスチックにしてしまいました。
善逸パパが垣間見えて、私は喜んで書かせて頂きました^^
こんなものでよければお納めくださいませ!

ハルさま、この度は誠にありがとうございました!


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