執着するのも貴方だから
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「私、我妻さんの事好きなんです。本気じゃないなら、下さい」

ああ、面倒臭い。

ゆるふわ系女子で、ナチュラルメイクバッチリ、おまけに人に対する気遣いとかその他もろもろ上手な女の子がいるとすれば、さぞおモテになるだろう。
目の前のその、ゆるふわ女子は私の後輩に当たるけれども、普段の仲はそんなに良くない。
立ち話程度はするけれど、基本仕事の事だけ。
だから、仕事上がりに呼び止められる理由なんて、今考えるとあるわけないって分かるのに。
馬鹿な私はのこのこそれに付いて行って、冒頭のこのセリフである。

彼女の目がとても真剣だったから、茶化すことも出来なくてため息を吐いた。

同じ会社の我妻とは同期だ。
何故彼女が私にその我妻が欲しいと乞うのか。
理由ははっきりしている、私が奴の彼女だからだ。
最初は社内で内緒にしていたけれど、自然と態度でバレたのか、今では社内で知らないものはいないくらいだ。

「何で本気じゃないって思うの?」
「そんなの、先輩の態度を見れば分かります」

ビックリするぐらい自信気に言うではないか。
私と我妻の何を知っているのか。
一瞬、頭に熱が昇ったけれど、本当に一瞬。
一瞬で氷点下まで下がってしまった。

本当に、面倒。

何でこんな女子特融の陰気な呼び出しまで受けて、別れろと言われなければならないのだろうか。
私が何か悪い事をしたのか…いや、我妻の彼女というだけで鬱陶しいんだろうけどさ。
我妻は発言はアレだけど、黙っていればそこそこイケメンだと思う。
地毛の金髪も目を引くし、何より女性に優しい。
女性に優しいといいつつ、私には同期や友達に近い扱いではあるけれど、所々片鱗は見え隠れしている。
だからこそ、他の子が奴に惚れるのも分かる。

「…面倒臭いんだよね」

ぽつりと零した言葉は彼女には聞こえなかったようだ。
良かった、この場にふさわしくない発言だと自覚くらいはあるから。

「要件はそれだけ?」
「ええ」
「じゃあ、私帰るから」

彼女は呆気に取られた顔をして私を呼び止めようとした。
が、それすら全て無視しして、背中を見せる私に何も言えなくなってしまったようだった。
帰り身支度を済ませ、会社を出る。
そこまで高くないヒールの音だけが聞こえる。
夜の街と言っても、繁華街ではないから、人通りも少ない。
一人の時間。

私はイライラしながら、スマホを取り出して電話を掛けた。

『もしもし』
「あ、善逸?」
『何? やっと仕事終わったの?』
「まあね」

かけた相手は我妻。
二人の時でしか善逸とは呼ばない。
電話口のゆるい声に思わず私まで口元が緩むけれど、本題を切り出した。

「お願いがあるんだけど」
『何?』
「別れて」

その単語を言った瞬間。
電話口の我妻が不機嫌になったことが分かった。
それでも私は怯むことはない。

『何で?』
「飽きた」

面倒なんだ、全部。
別れの理由を考えるのも、嫌いになってもらうように仕向けるのも。
ただ一つ理解しているのは、善逸は私なんかよりも、あのゆるふわ系女子の後輩との方がうまくいくって事。
私の出生は人様に褒められたものではない。
育ちも良くはない。
学生の時にそれに気付いて何とか普通の人に紛れて生きてきたけど、所詮偽り。
いつ化けの皮が剥がれるわからないし、それに今までモノに執着したことなんてなかった。
どうせ、全て取り上げられるのだから。

親や兄弟がどんな顔をしていたのかすら、もう覚えていない。
ただ、私は3兄妹の真ん中の長女だったということ。
そして、家族の中でのけ者だったということ。
私のモノは、兄か妹に全て取られ、抵抗すれば悲惨な目に合う。
だったら最初から欲しいものなんて作らなければいい。
だから、諦めも早い。

善逸も同じ。

あの後輩の子は、妹にそっくりだった。
親や兄に愛されていた妹に。

『…へぇ』
「だから、もう別れてほしい」

善逸のトーンが一際低くなった。
怒っている、と直感で分かったけれど、私はさっさと会話を終わりにして電話を切ってしまいたかった。

『…名前はそれでいいの?』
「いい。もういい」

それだけ言って、私は乱暴に電話を切った。
面倒だ。
色恋もするんじゃなかった。
ずっと一人で居れば、取られたときの悔しい思いなんてしないだろうし。

いつの間にか足は家の前にあった。
電話をしながら早歩きをしていたみたい。
さっさと家に入って身体を休めよう。
それから全てを忘れよう。
この、こみ上げてくる気持ちに蓋をして。

その日を最後に、善逸からの電話は途絶えた。
…私が連絡先をブロックしたからなんだけど。



◇◇◇


それからひと月が過ぎた。
私の日常は変わらない。
仕事も。プライベートは少し変わったかな。
週末に家にいる事が多くなった。
今までずっと善逸の家に行ってたから、当然と言えば当然なんだけども。

キーボードを叩きながら、チラリとオフィスの隅に目をやる。
金髪とゆるふわ系女子が仲良く隣に並んで立ち話をしているのを見て、ズキンと胸が痛んだ気がした。
気のせい。
自分から手放して傷つく訳ない。
それに善逸は私のモノじゃない。
私だけのモノなんて、存在しない。

色んな事を考えていたらあっという間に定時だった。
いつもこんな風に時間が早ければいいのに。
たまには寄り道して帰ろうかと思った、だけど定時直前に舞い込んできた仕事の納期が明日の朝までだと知らされ、寄り道どころか帰宅する事が出来なくなった。
必死で資料とPC画面を睨みながら、なんとか全てを終わらせた時。
時計は21時半を指していた。
基本、うちの会社はホワイトだ。定時上がりもしくは定時+1時間の残業程度で済む。
今日の残業的に言えば、うちの会社にしては珍しく遅くなった。
勿論、オフィスの中に人はいなくて、よく見ると私の周りだけの蛍光灯が付いていた。
つまり、皆帰った。

ぐぅっと大きく伸びをして、天井を仰いだ。

「あー…疲れた」

誰も居ないから、独り言も大きくなる。
帰る前にコーヒーくらい飲んで帰ろうと、重い腰を上げた。
その直前、後ろから伸びてきた手がコトン、とデスクにカフェオレの缶を置く。


「お疲れ」


慌てて振り返ったら、そこにはいない筈の人物が唇を尖らせて立っていた。
さらりと揺れる金髪、ジャケットはその辺のデスクに放置されていた。

「……我妻」

吃驚して言葉にするのに時間が掛かった。
てっきり私だけだと思ったのに、いつの間に後ろにいたんだろう。
確かに結構集中していたから気付かなかった。

「何、もう名前ですら呼んでくれないわけ?」
「当たり前」

我妻の金色の目がすうっと細められた。
ああもう、面倒。
頼むから、早く帰してほしい。

本当にあれから一回も喋ってなかったんだ。
元々我妻と業務が被る事はなかったから、仕事の事も話さないし。
折角頂いたコーヒーには悪いけど、振り切って帰ろう。

「どこ行くの?」
「帰るの」
「俺も帰る」
「…じゃあ、残る」
「あからさま」

くっ、と口元に手を当てて我妻が笑った。
何で笑われなきゃいけないのか分からない。
このまま帰っても、きっとこいつは私についてくるんだろう。
はあ、と盛大に溜息を吐いて私は元座っていた席に、また腰を下ろした。

「あの子と仲いいんだ?」

別に聞くつもりはなかった。
だけど二人の間に何も会話がないのもあれだし。
だからぽつりと零した。

「…だね。告白もされたし」
「おめでとう」

答えなんて聞かなくても分かる。
だからお祝いの言葉を送った。
すると我妻の眉間に皺が寄った。

「分かってたんだろ?」

ドスの聞いた低い声。
あ、また怒ってる。
私は何も言えなくて、黙っていた。
我妻だけ見つめて。

「そのつもりで別れを切り出したことくらい、分かってんだよ。言っとくけど、こっちは了承した覚えないからな」
「は?」

別れを了承した覚えはない?
まあ、返事を聞く前に電話を切ったのは確かだ。
でもあれから連絡もしていなかったわけだから、自然消滅にでもすればいい。

そう思って口にしようとしたら、我妻がすっと立ち上がり、片手を私のデスクに手を付いてもう片方を顎に掛けた。

「お前の考えてる事くらいお見通しだよ。俺と釣り合わないと思ってんだろ」
「……」

我妻の言葉が胸に突き刺さる。
…うるさい。

「何があったか知らない。でもそれは名前の部屋に物が少ない事と関係してるだろ」
「うるさい」

ズバズバと言い当ててくる我妻が腹立たしい。
ああ、もう。


「俺を見て」


見てられなくて、逸らした視線をグイっと無理矢理戻され。
必死そうな瞳が私を捉えた。

「俺の事、何とも思わない?」
「…思わない」
「嘘つけ、こんだけ欲しそうな顔してるくせに」

自分の気持ちがあっという間に言い当てられて、私は混乱した。
ずっとずっとずっと、誰にも見つからないように秘めていた思い。
それをあっさり見破られた。
目を見開いて驚く私に、我妻は続ける。

「俺も、名前が欲しいんだよ。もっと俺を欲しがってよ」

そう言って、私の唇に一つ口づけを落とす我妻。

唇が触れた瞬間。
今まで抑えていたものが溢れだすような感覚になる。
そして、震える手で、我妻の胸のシャツを握った。


「…やっと俺のものになったのに、突然別れるなんて許さないから」


離れた唇から紡がれた言葉が胸を締め付ける。
私は自分の視界がゆらりと歪むのを感じた。
頬に伝わる生暖かいそれに気付いた。


「私さ、ずっと善逸が欲しかった」


やっと絞り出した本音。
それを口にしたとき、もう気持ちに蓋はできない。

善逸はクスっとわらってそれから、私を優しく抱き締めた。


「俺の全部、名前のものだよ」


ああ、そうだ。
これが欲しかった。
私だけの貴方。

善逸の背中に手を回して私も強く抱き締め返した。


執着するのも貴方だけ。


他は何もいらない。







あとがき
相田さま、リクエストありがとうございました!
付き合っていた2人が別れてその後寄りを戻す話という事でしたが、如何だったでしょうか。
ちょい暗め…ラブラブはしておりませんが、色々背景を考えるのが楽しすぎました。
頭の中では善逸視点やら後日談なんかもあるのですが、ボリュームが過ぎたので泣く泣くカットです…。
何かの機会でまた書きたいですね(´;ω;`)

こんなもので良ければお納めくださいませ!
この度は誠にありがとうございました!


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