微糖恋愛
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人のお世話をする事は、私の天職だと思っている。
孤児だった私が鬼殺隊の看護師として、しのぶ様に貰ってもらえてたことでを使い果たしたのかと思うくらい。
だからといってそれからの生活が憂鬱だとかそう言う事はない。
むしろこんなに毎日幸せでいいのかと疑いたくなるような日常ばかりだ。
蝶屋敷の女の子はみんな優しくて、可愛くて。
私のお姉さんや妹みたい。

そんな素敵な家族の輪に、最近新しい顔ぶれが入ってきた。

男の子三人組だ。
彼らは鬼殺隊の階級で言えば、まだ下の方だけれど、強い鬼と何度も戦ってきたと聞く。
そんな彼らはいつもケガをすると蝶屋敷へ運び込まれ、回復すると三人で鍛錬に勤しむ。
一番喧しいのは猪の被り物を被った男の子。
それを窘めてくれるのが耳飾りをつけ、額に痣のある男の子。
そして女の子のお尻を追っかけているのが、金髪の男の子である。

特にこの金髪の男の子、我妻善逸くんは暇さえあれば私の所へやってきて、一緒にお茶をしたり、お花を見たり。
そして最後には耳飾りの男の子、竈門炭治郎くんに連れていかれるのが、最近見慣れた光景となっていた。
最初は苦手だった善逸くんも次第に慣れてきて、長時間はダメだけど一緒におやつを食べるくらい仲良くなった。

彼は私より2歳年下の男の子。
日が経つにつれ、彼の身体の大きさも以前より一回り大きくなったような気がする。
それはしのぶ様やアオイちゃんの鍛錬のお陰だろうと思う。
偶に任務に出ては、酷いケガをして帰ってくることもある。

私よりも年下の男の子なのに、私よりも強い男の子。
どうか彼らが無事でこれからも過ごせますようにと、青い空に何度願ったことだろう。
神様は約束を守ってくれることは少ないんだけれど。

この前のそれは本当にひどかった。
三人とも身体のあちこちに穴が空いていて、生きているのが不思議なくらい重症だった。
それでも一番最初に目覚めたのは善逸くんだった。
まだ炭治郎くんも伊之助くんも目は覚めていなかったけれど、峠は越えた。
それが分かった途端、私は全身の力が抜けて、寝ている善逸くんの布団で涙を拭うという情けない姿をさらしてしまう事に。
さっきまで普段と変わらない顔で黙々と看病をしていた筈なのに、突然の私の豹変で目が覚めたばかりの善逸くんも、その場にいたアオイちゃんも大層驚いていた。

生きていてくれてよかった。

気付かない内に私の中で、彼ら三人はとても大切な存在となっていたのだ。

それから三人が無事に回復して、またいつもの日常が戻ってきた。
相変わらず善逸くんは私の暇を見つけては、いつの間に仕入れたのかお菓子を持って私の前に現れる。
私もそんな善逸くんを追い返すこともしないで、一緒の時を過ごすようになった。
胸に沸いた感情と共に。


最近、よく寒気がすると思ってはいた。
寒気がすると言っても、それ以上に気になる症状もなかったから、気のせいだろうと呑気に過ごしていたのが間違いだったんだろうけれど。
ある朝、いつものように布団から起き上がろうとしたら、身体が動かなかったのだ。
それでも無理矢理手を付いて、起きた途端、頭がくらっと揺れ、それからまた布団へ逆戻り。
違和感を感じて額に手を伸ばした。
熱がある気がする。
自分の掌も熱くなっているから、正確には分からない。
ただよく考えると喉も痛いし、寒気が前日よりも酷くなっている。
これはいよいよ風邪をひいたみたい。

「アオイちゃん。アオイ、ちゃん」

何とか身体を起こし、部屋の外へ出た。
こんな状態で働く事は不可能だ。
だからアオイちゃんに言って、今日は休ませてもらおうとしたのだ。

「名前さん?」

廊下の壁にもたれつつ、歩いていた私を見つけたのは炭治郎くんだった。
きっと朝早くから鍛錬に勤しんでいたのだろう。
首に手ぬぐいを掛け、顔の汗を拭っていた所、大慌てでこちらに走り寄ってくれた。

「大丈夫ですか? 顔色も悪いですよ」
「うん、ちょっと風邪ひいたみたい。今日は休ませてもらおうかなって」
「だったら俺がアオイさんの所へ行ってきますから、名前さんは部屋でゆっくり休んでて下さい。あとで何か食べ物を持っていきます」
「…ありがとう」

優しく私の肩を支えてくれ、そのまま部屋の扉まで送ってくれた。
思った以上に酷い有様に私は有難く部屋でゆっくりさせてもらうことにした。
看護師のくせに風邪をひくなんて、自己管理がなってないって思われてるだろうか。

のろのろと自分の布団へまたもぐりこみ、ブルリと身体が震える。
布団が冷たくなっていて、寒い。
いつもなら、真っ先に善逸くんが訪ねてきそうだけれど、今日は残念な事に彼は単独任務の真っ最中。
自分が弱っている時に脳裏に浮かぶ金髪の少年に、苦笑いを零しながら私は意識を手放した。

こういう時、傍に居てくれたら嬉しいな。


◇◇◇


ポカポカする。
身体が芯まで温まるようだ。
誰かが湯たんぽでも用意してくれたのだろうか。
それにしては身動きが取れないけれど。

違和感を感じて瞼をゆっくりと開ける。

するとまず目に入ったのは金色の前髪。
そして、男の子なのに長いまつ毛。
自分の顔の前には何故か善逸くんの顔があったのだ。

「…え?」

漏らした声で気付いたみたいだ。
善逸くんの閉じられていた瞼がパチっと開き、私を捉える。

「おはよう、名前ちゃん」

善逸くんは私の事を名前ちゃん、と呼ぶ。
彼よりも二歳も上だというのに、いくら言っても直してくれなかった。
…いや、そんな事はどうでもいい。
単独任務に出かけた善逸くんが、何故私の布団の中にいるのだろうか。
それも私の身体を抱き締めた状態で。

「何で善逸くんがいるの?」
「走って帰って来たんだよ、名前ちゃんが風邪ひいたって聞いて」
「……ん?」

たかだか風邪をひいたくらい。
それだけの為に彼は任務をさっさと終わらせて、帰ってきたというのだろうか。
色々思うところはあるけれど、それよりも現状に私は驚きを隠せない。

「どうして、私の布団にいるの?」
「名前ちゃんが寒そうだったから、あっためて上げようと思って」
「…うん、わかった」

いや全然わからないけれども。
何も身体がつらいときに無理して考える必要はないだろう。
さっさと考えることを放棄して、わたしはくるりと反対側へ身体を向けた。
胸の音はドキドキと喧しかった。
きっとこれは風邪のせいだ。

「何でそっち向くの?」

背中から不思議そうに尋ねる声。
しゅるりと伸びた善逸くんの手が私を抱き寄せる。

「な、なにするの?」
「だって名前ちゃんが布団から出そうだったからさ。風邪引いてるんだから、布団から出たらダメだよ」
「…じゃあ、善逸くんが出ればいいじゃない」
「それはダメ」

またくるりと善逸くんが私の身体を回転させ、自分の胸に収めた。
すっぽり収まってしまった私を見て、満足そうに微笑む善逸くん。
私は熱の所為なのか、それとも善逸くんが近くにいるからか、よくわからないくらい体温が上昇していた。

「…恋人でもないのに、女の子の布団の中に入っちゃダメよ」

自分の口から出た言葉は自分の胸にそのまま突き刺さった。
そう、私達は恋人ではない。
好きとも言ってないし、言われてもない。
だから、一つの布団の中にいる事がおかしい。
その事実を思うだけで胸が苦しくなる。

私が善逸くんから目を逸らしたことに気付いたのか、善逸くんの手が私の顔に添えられる。


「じゃあ、恋人になろう、名前ちゃん」

「えっ?」


それならいいんでしょ?とニコニコ微笑んで、また私を抱き締める善逸くん。
言われた言葉の意味が分からなくて、私は慌てて善逸くんから離れようと胸板に手をついた。
だけど、全然びくともしない。
こんな鍛えた身体を前にして、私は無力だ。

「ふざけないで…お願い」

一瞬ドキっとした。
けれど、それは本心ではないと思う。
何のつもりか分からないけど、突然そんな事を言われて「はいそうですね」とはいかない。
……本音はすぐにでも頷いてしまいたいくらい。

「ふざけると思う?」
「だって、善逸くんはいつも女の子の後ろを追いかけてるじゃない」
「んー…気付いてる? 俺、ここ最近はずっと名前ちゃんの傍に居たんだけど」
「…で、でも、私なんか」

善逸くんはすっと人差し指を私の唇に当て目を細める。


「恋人になりたくて機会を探ってたのは確かだけど、決して相手が誰でもいいとか、そんな事はないから」


穏やかで、優しい。
そんな声で言われて私の胸はドクンと大きく脈を打った。
そうだ、善逸くんは冗談でもそんな事を言う人じゃない。
任務だって、みんなを守るためにボロボロになるときだってある。
そんな優しい人だから、私は好きになったんだ。

「ほんと?」
「ほんと」
「風邪、うつっちゃうよ?」
「うつったら、今度は名前ちゃんがあたためてね」

いたずらっ子のように笑う善逸くんが私の頭を撫でる。
豆が出来て固くなった掌で撫でられると、本当に気持ちがいい。
自然と瞼が下がってきたのを善逸くんが感じ取る。

「無理しちゃだめだよ、寝ていいから」
「…うん」

さっき起きたばかりなのに。
まだ眠たいなんて、やっぱり今日は体調がすこぶる悪いようだ。
善逸くんの言う通り、お言葉に甘えてもうひと眠りさせてもらおう。
でも、その前に。

「私、善逸くんが好きだよ」

完全に瞼を閉じる前に。
それだけ伝えると、一瞬ポカンとした善逸くんが、ふ、と笑った。


「知ってたよ、俺の恋人さん」


ぎゅっと優しく抱き締められ、安心感の中私は夢の中へ。
どうかこれが夢ではないと祈りながら。


微糖恋愛


全ては風邪が治るまでのお楽しみ。







あとがき
柚月さま、リクエストありがとうございました!
看護師とカップルになるというお話でしたけれど、如何だったでしょうか。
病人に対して何てことをしているんだ善逸くん!
けしからん、誠にけしからんですな!
という事で、書きながらどんどん調子に乗って行ってしまいました。
こんな善逸にドン引きながらもどうかお納めくださいませませ〜。

この度はありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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