無垢な誘惑者
偶には洋服が着たい、そう思う時がある。
この時代に来てから私の普段着はずっと変わらず、着物・袴。
一時は制服を着ていた時期があったけれど、あれが洋服と言われればなんか違う。
ひらひらのワンピースだったり、お洒落なパンツスタイルだったり。
私だって着てみたい洋服はあるのだ。
だけど、この時代の洋服は一部あるにはあるけれど、結構高額だったりするから、私にできるのは店先に並んだ洋服たちを穴が空くまで見つめることくらい。
善逸さんが「そんなに欲しいなら買ってあげようか」と言ってくれたことがあったけれど、善逸さんが命をかけて稼いだお金を私なんかが使っていい筈ないので、丁重にお断りした。
以前カナヲちゃんと服を交換したとき、隠の人たちの中に縫製の部隊がいると聞いた。
彼らが隊服をオーダーメイドで作ってくれているとの事だった。
買えないなら、せめて自分でワンピースを作りたい。
けれど私にはその技量がない(精々シュシュを作るので精一杯)。
だから、その人たちに教えを請おうと思って、こうして善逸さんにワガママを言ってその方を連れてきて貰ったのだ。
「初めまして、苗字名前と申します」
「これはこれはご丁寧にどうも、前田まさおと言います」
その人は腰が低く、大きな眼鏡をかけていた。
私が何かを喋る前に私の頭の先から足の先までじろりと見つめ、それからふむふむと頷く。
何故か寒気を感じたので、ドキドキしていると、私の斜め後ろに居たはずの善逸さんが横に置いていた日輪刀に手を掛け始めた。
「余計な事したら分かってるよね?」
「ぜ、善逸さん?」
善逸さんの鋭い視線が前田さんを貫き、前田さんはビクリと一瞬身体を揺らす。
それから気を取り直して、私に型紙を見せてくれたり、デザインの描いた紙を見せてくれた。
裁断方法や縫い目の始末など、詳細に教えていただいた。
気が付けば、あんなに高く昇っていた日は、カラスが鳴くような位置に下りていたけれど。
「今日はありがとうございました。頑張って一着作ってみようと思います」
「いえいえ、お役に立てたなら良かった。あ、それから…」
ぺこりと頭を下げて、前田さんにお礼を言ったそば。
前田さんは思い出したように、自分が持ってきた紙袋の中から一着の服を取り出した。
それは綺麗に折りたたまれているけれど、可愛らしいレトロな柄のワンピースだった。
それをぽんと私の手の上に置いてくれて、前田さんは微笑む。
「事前に聞いていたので、ある程度作ってみました。もし良かったら着てみてください。出来れば私の前で」
顔の半分は布で隠れて見えてないけれど、凄く楽しそうに笑っているのは良くわかる。
途端、善逸さんが私を隠すように前に出て「余計な事だよね、それ」と威嚇を飛ばす。
慌てて止めに入った時には既に前田さんは部屋の入口に立っており、
「では私はこれで、さよなら!」
と、ちゃんとお礼も出来ぬまま、蝶屋敷を飛び出して行ってしまった。
呆気に取られる私を、ため息を吐いた善逸さんが見つめる。
「だから、連れて来たくなかったんだよ」
忌々し気に私の手の上にあるワンピースを見つめ、唇を尖らせる善逸さん。
どうしたんだろう?よくわかんないから「今度善逸さんの服も作りますよ?」と言ってみたけど、
「そういう事じゃない」と更に機嫌を損ねてしまった。
「それ、着るの?」
「え? えぇ、折角なので着てみようかと。部屋の外で待っててもらっていいですか?」
「…まあ、いいけどね。嫌な予感しかしないよ」
はあああ、と相変わらず重いため息を携えて、善逸さんはトボトボと廊下へ出て行く。
そんな善逸さんとは裏腹に、私は一人大興奮していた。
初めての洋服!しかも手作り。
こんな贅沢していいのかと、ルンルンで自分の着物を脱いでいく。
姿見の横でワンピースを広げて、どうやって着るんだろうと首を傾げながら気付いた。
あれ?
その疑問が大きな形となったとき、それは私はワンピースに袖を通した後だった。
正確に言うと袖が無かったんだけどね。
夏物のワンピースらしく袖が無くて可愛らしい襟だけがあった。
問題は袖の部分だけが無いわけじゃなくて、肩から胸のサイドギリギリまで布が無かった事だ。
流石に正面は布があったけれど、横から見ると胸がポロン。
それに背中の布面積も少なくないかい?
え、何、これ。
腰のサイドにある大きなリボンも勿論可愛いし、膝くらいの長さのスカート部分も素敵だ。
だけど、これはダメだ。
これでは私が痴女になってしまう。
「……」
姿見の前で思わず固まっていると、異変に気付いた善逸さんが扉を叩いた。
「名前ちゃん?」
ビクリと身体が反応する。
こんな服を着ているところ、見られたくない!
慌てて脱ごうとした時にはもう遅かった。
「ちょっと、返事くらい…」
ガラ、と乱暴に善逸さんは扉を開けて入ってきた。
善逸さんの目が大きく見開かれ、扉を開けた状態で固まる。
私も見られると思ってなかったので、次第に顔に熱が籠り始める。
「ぜ、善逸さん…」
名前を呼んでも善逸さんは固まったままだった。
◇◇◇
名前ちゃんから服を作りたいと言われたのは数日前。
服なんていくらでも買ってあげると言ったけれど、あんまり嬉しそうじゃなかったから、どうするのかと思ったら隠の縫製部隊を呼んでほしいと言われた。
確かに隊服を作ってる実績はあるから、習いたいのはよくわかる。
ただ一つ問題があるとすれば、その縫製部隊の筆頭である男が面倒な奴ということだ。
女性陣の隊服はそいつが作っているらしい、それは見事な隊服であることは男の俺から見ればよくわかる(特に甘露寺さんの服)
だから、そんな奴を名前ちゃんに近づけさせるのは気が進まなかった。
名前ちゃんには物凄く粘られ乞われ、そして最終的に「善逸さんとおそろいの洋服が着てみたいんです」の一言で俺は陥落した。
勿論その場には俺も立ち会う事が条件で、そいつを呼んだ。
そいつは見るからにヤバイ奴だった。
目線も、音も。
ずーっと。名前ちゃんを視界に入れたときからずーっとあの男、興奮していた。
名前ちゃんには分からないように接してはいたけれど、俺には丸わかり。
だから牽制した。
それからは大人しくなったので、大丈夫だろうと思っていたら、最後の最後でやらかしやがった。
名前ちゃんに作ってきた洋服を贈るのはいい。
問題は「私の目の前で着替えろ」というふざけたセリフだ。
怒りが収まらないまま、奴と名前ちゃんの間に入り睨みつけると、奴は危険を察知してさっさと屋敷を飛び出した。
危険物を排除出来たことでやっと俺は安堵した。
が、まだ問題は残っていた。
嬉しそうにしている名前ちゃんの手にある服。
洋服は俺にはよくわからないから、それがいいのか悪いのか判断できない。
ただ喜んでいる名前ちゃんの手から取り上げるのは忍びないので、ぐっと堪えて廊下に出た。
暫く待っていると、明らかに中の名前ちゃんの音が動揺し始めた。
ノックもしてみたけれど、更に動揺するばかりで訳が分からない。
とうとう扉を開けて中の様子を伺った。
そしたら。
今まで見た事ないような服(とても破廉恥)を着た、名前ちゃんがいた。
その顔は俺が入ってきたことを知って段々とリンゴのように赤く染まり、口は「あ、あ…」と上手く言葉に出来ていない。
やっと口にした俺の名前で、俺は完全に理性がぶっ飛んだ。
ぶっ飛んだ、とは言え、身体はカチコチのまま。
ただ血流はいい。……一か所に集まるくらいには。
「あ、あの、違うんですこれはそういう服みたいで、決して私がこんな趣味があるわけではなくてえーっと」
早口で何を言ってるのかわからないけれど、必死に弁明する姿はとても良かった。
うん、イイ。
やっと身体が動くことができた。
ズンズンと名前ちゃんの目の前まで歩いていき、それから上から見下ろす。
名前ちゃんの不安そうに揺れる瞳と目があう。
あー…だめだ、これ。
露出した肩にそっと手を置いて、服の隙間から手を入れた。
ビクリと名前ちゃんが反応しブンブンと首を横に振る。
何をしようとしているのか分かっているみたいだ。
「…奴のお陰だと思ったら本当に不本意なんだけどね」
「え?」
「こんな服で外うろつかれる事を考えたら、仕方ないか」
「何を?」
全く俺と会話がかみ合っていない。
勿論、それでいい。
理解する隙なんて与えない。
「本当に名前は、学習しないよね」
そう言って彼女の唇を乱暴に奪い、逃げられないように後頭部を押さえた。
無垢な誘惑者。
前回も今回も。
狼さんも大変なんだよ?
あとがき
香澄さま、リクエストありがとうございました!
ゲス眼鏡の服という事で書かせて頂きましたが、如何だったでしょうか。
以前別の方のリクで頂きました「ミニスカートは好きですよ、脚が見えますし」の続きっぽくなっております。
危うくEROに入るところでした。あっぶねぇ。
蜜璃ちゃんの服を着せようかと思いましたが、あれはボインだから映えるんですよね。
ヒロインちゃんは残念ですがボインでもぺちゃでもない普通体形ですので、精々DTを殺す服程度にしておきました(笑)
こんなもので良ければお納めくださいませ!
この度は誠にありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま
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色いろ