幸せの音
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初めてそのお姿を拝見した時に、私は心を奪われてしまった。
鬼に襲われていた私を助けてくれた、あの人。
目立つ色の羽織を纏った、あの長髪の男の人は華麗な刀裁きで鬼の頸を落としてしまった。
ひと時も忘れる事は出来なかった。

あの人と同じところへ行きたくて、追いかけて鬼殺隊に何とか入隊した。
自分でも凄い執念だと思う。

鬼殺隊に入ってすぐ、あの人が柱と呼ばれる凄い人だと知って、継子になるべく毎日家に押し掛けた。
あの人は私の事を覚えてはいなかったけれど、それでも私は良かった。
最初からあの人は「帰れ」と冷たい対応だったけれど、
毎日訪れるうち、少しずつ打ち解けていったのが自分でもよく分かった。

途中からは継子にはなれなくとも、ただあの人に会いたいがために通っていた。
次第に継子にしてくれ、と言わなくなった私にあの人は首を傾げていたけれど、あの人も完全に私を拒絶をしなかったので、これ幸いとずっと傍に居た。

あの人、冨岡さんの所へ通いだして半年。
任務の終わった後、私は休息をとるのではなく、真っ先に冨岡さんのお屋敷へ足を向けていた。
まだまだ任務には慣れない。
少しケガをしてしまったけれど、それでも死んではいないので問題ない。
それよりも一刻も早く冨岡さんに会いたかった。

柱はとても忙しい。
会いに行ってもいない事もある。
でも今日はいらっしゃったようだった。
私がいつものように勝手に玄関の戸を開け、

「冨岡さーん」

と阿呆の子のように大きな声で呼ぶと、中から無表情の冨岡さんがゆっくり歩いてくるのだ。
姿を見るだけでぱあっと胸が温かくなる。
冨岡さんは私を見て、面倒くさそうな顔をしていた顔を一瞬で変えた。

「何があった?」

いつもは私を一瞥して、勝手にしろとでも言いたげな目を向けるだけなのに。
その日は驚いた顔ですぐに玄関まで降りてきて、棒立ちしている私の腕を掴む。

「…あ、任務終わりです」

突然の事に私まで驚いてしまって、上手く説明はできなかったけれど、それで理解はしてくれたようだ。
冨岡さんの表情は一瞬で険しいものになり、私の破れた隊服をじっと見つめている。

「強い鬼だったのか」
「…いえ、血鬼術も使えないような弱い鬼でしたよ?」
「だったら、何故」

何故、ケガをしているのか。
そう言われて私は困ったように笑う。
冨岡さん、それはね。私が弱いからですよ。


「最終戦別で生き残ったのは、たまたまだったのです」


あの数日間、私は一匹も鬼の頸を落とせなかった。
逃げ回っていたつもりはない。
かといって積極的に戦闘をしていたわけでもない。
ただただ、遭遇しなかっただけ。

たまたま生き残っただけで鬼殺隊になれるなんて、あっていいのかはわからないけど。

私の表情を見て、冨岡さんは更に眉間に皺を寄せた。
何を考えているのか、当ててみましょうか。
こんな弱いくせに、何故鬼殺隊なんて入った、と。
そんなところだろう。

ただ貴方に会いたかっただけなんです。
私を助けてくれた、貴方に。

「…継子になりたいと言っていたな」
「あー」

やっとまともに口を開いた冨岡さんは少し考えるように呟いた。
私はそんな事もあったなと思いながらこくりと頷く。
じっと冨岡さんが私の目を見て、小さな声で呟いた。


「暫くの間だけだ。一人前になるまで、見てやる」
「本当で御座いますか!冨岡さん」


言われた言葉の意味を理解した瞬間、私は冨岡さんの手を握り、ブンブンと上下に振った。
ケガをしていた事を忘れていたので、普通に痛い。
痛みに顔を歪めた私を見て、冨岡さんは呆れたように息を吐いた。

「後を継いでもらうつもりはない。お前が任務で死ぬことがないように、見るだけだ」
「構いません!今言ったこと、忘れないでくださいね!」

私の願いはそうして叶った。
私が弱い事を不憫に思い、冨岡さんが稽古をつけてくれる毎日が始まったのだ。
最初は大変だった。
元々私も水の呼吸を使うけれど、弱すぎて私には技のほとんどを使いこなすことが出来ない。
冨岡さんは基礎的な所からじっくりと丁寧に教えてくれた。
前述したように柱は特別任務につくため、大変忙しい。
それなのにも関わらず隙をみては私に指導してくれた。

めきめきと、というわけではなかったけれど、教えてくれたことは着実に少しづつ自分のものになっていた。
ふと受けた任務の中でとうとうケガをすることなく、鬼を倒す事が出来たのだ。
その日は駆け足で屋敷へ戻り、ご飯を食べていた冨岡さんに抱き着いてしまうくらいに喜んだ。

「早く離れろ」

ベシ、と顔面を叩かれさっさと引きはがされてしまったけれど、冨岡さんも喜んでくれたのが分かった。
ああ、やっと、やっと私は一人前になれたのだと。
その時初めて自覚した。だけど、それはつまり私の期間限定の継子という立場がなくなる事を意味していた。

冨岡さんに恐る恐る尋ねてみると

「お前みたいな弱い小娘が、一人前など甚だしい」

と、酷い言われようだった。
つまりはまだ私は冨岡さんの継子でいられるようだ。
勿論、それを聞いてまた私は冨岡さんに抱き着いたのだった。


◇◇◇


無惨との最後の戦い。
あの時、私は末端の末端で、冨岡さんについていく事も出来ず、大方終わった後に冨岡さんの所へ駆けつける事しかできなかった。
そこで見た冨岡さんは、酷い重症のケガであったけれど、私を見て初めて、にこりと微笑んだ。
初めて見る冨岡さんの笑顔が、戦場だなんて。
私は冨岡さんが生きていてくれたことと、それでも酷いケガをしている事で喜んでいいのか悲しんでいいのか、よくわからない顔でただ冨岡さんの胸で泣きつくした。

「鬼殺隊は解散となった」

あれから数か月。
お館様の元に呼ばれた冨岡さんが帰ってきて、一言。
あの時のケガもすっかり良くなった、わけではないけれど、日常生活が送れるようにはなった。
冨岡さんは片腕で器用に前と変わらず生活をしている。
私は、じっと冨岡さんの話をちょこんと座って大人しく聞いていた。

「そう、ですよね」

悪い鬼は全部いなくなった。
ということは、鬼殺隊は必要ないということ。
やっと、この時が来たのだ。

「もう刀は持たなくていい」

そう言って、髪を切った冨岡さんが、私を見る。
冨岡さんは私に強くなる方法を教えてくれたけれど、それでもいつも「辞めるならいつでも言え」と言っていた。
私みたいな弱いやつが戦場に出る事を嫌っていたのだ。
ズキン、と胸が痛む。
足手まといでしかなかった。今までの恩を何一つ返せなかった。
ただ傍に居たいと思っていたけれど、その理由すらなくなってしまった。
なら、私は。


「冨岡さん、お話があります」


別れを、決意した。


普段へらっとしている私の珍しい真面目な態度に冨岡さんは驚いていた。
だけど何も言わずに黙って、私の向いに座り、私が喋りだすのを待ってくれていた。
ゆっくり、間違えないように私は口を開く。


「今まで、有難う御座いました」


そう言って、深々と頭を下げた。
頭を下げた時、涙があふれ出そうになったけれど、下を向いてバレないように隠した。
もう、私が冨岡さんの傍にいる理由はなくなった。
刀を持つことが、唯一傍にいれる方法だったのだ。
それを捨てろと言われたのなら、もう出て行くしかない。

「どういう意味だ」
「どうもこうも、そう言う意味です」

頭を下げたまま、私は呟く。
上から冨岡さんの不機嫌な声が落ちてきた。
だけど、私は怯むことなくもう一度同じ事を口にした。

「ここを、出ます」
「……何故」
「私は継子だったからです」

過去形だ。
もう継子を持つ必要がない。
私は必要ないのだ。

ズキズキと心臓が痛い。
自分でも分かっていた、役に立たなくてどうしようもない私。
そんな私が憧れではない感情を冨岡さんに抱いている事が、そもそもおかしいのだ。
だから。


「継子をやめればいい」
「…え、辞めますけど」


私の言葉をちゃんと聞いていたのだろうか。
継子をやめて出て行く、と言ったのに「継子をやめろ」とは?
冨岡さんて人の話を聞かない人なのかな?

言われた言葉で思わず拍子抜けしてしまった。
出てきそうだった涙も引っ込んで、そのまま顔を上げた。

そして、息を飲んだ。

冨岡さんの表情は今まで見た事ない、顔だった。


「辞めたら…そしたら俺の傍で、俺の世話をすればいい」
「…は?」

ほんのり赤い顔をして、言葉を考えて口にしている。
そんな冨岡さんは長い生活の間、見る事なんてなかった。

「何言ってるんですか冨岡さん。それなら女中でも雇えばいいじゃないですか」
「……女中はいらん」

言いたい事がさっぱりわからない。
いつも冨岡さんは言葉が少ないと思っていたけど、今日は特にだ。
私が変な顔をしているのに気付いた冨岡さんが、意を決したように口を開いた。


「嫁に、来い」

「は?」


いよいよ私は目を開けたまま夢でも見るようになったのかもしれない。
震える指先で自分の頬をつねってみる。
うん、痛い。

「何をしているんだ」
「夢かと思いまして」

私の不審な行動にまだ頬の赤い冨岡さんが問う。
誰だって夢だと思うだろう。あの、冨岡さんが何を言うんだと。

「……俺はこの通り、生活に不自由だから世話をする者がいる」
「どこが不自由ですか、今朝まで何の問題もなく生活していたではないですか」
「あと年齢的にもそろそろ結婚を考える年だ」
「それと私が何の関係が…」

自分の無くなった腕を見ろ、と言わんばかりのセリフ。
ゴホンと咳払いをして、若干恥ずかしそうに言葉を紡ぐ姿は、今までのクールな冨岡さんからは想像つかない。


「名前が嫌なら、無理強いはしない」


恥ずかしいのだろう。
それでも私の目から視線を逸らさずにそんなことを言われてしまったら。
私はどう答えればいいのだろうか。

ふう、とため息を吐いた。

「冨岡さん、いくら私が嫁の貰い手のいなさそうな芋女だからと不憫に思うのは分かりますけどね。嫁の貰い手なんて冨岡さんならいくらでも居ますよ。それこそ片腕だとしても、ね」
「芋?」
「それに、私は想われて嫁に行きたいんですよ。形だけの夫婦になんてなりたくないんです」

嘘だ。
本当には仮面夫婦になったとしても、冨岡さんの嫁で居られるなら喜んで嫁に行きたい。
なのに私の心奥底にある気持ちは、それを許してくれない。
好きになってもらえなくてもいいと、完全に想うことが出来ない。

更に痛みが走る心臓に、私は胸の前でぎゅうっと手を握った。


「誰が、想ってないなどと言った?」


冨岡さんから地を這うような低い声が放たれたと同時に、私は手首を掴まれた。
慌てて抵抗しようとしたけど、冨岡さんの力になんて叶う訳もなく。
すっぽりと私は冨岡さんの胸に収まっていた。

「…お前が馬鹿だという事を忘れていた」
「は、はあっ?」
「いいか、遠回しに言っても理解出来ないようだから、はっきり言う」

すう、っと息を吸って、そして私を抱き締める冨岡さん。



「お前が好きだ、名前。嫁にこい」



やっぱり、私は夢でも見ているんだろう。
こんな幸せな現実があっていいはずがない。
夢だと重々理解している、夢だとしても、それでも。

私は、自分の手でそっと冨岡さんの頬に触れた。
暖かい、頬っぺただった。


「…私、馬鹿で阿呆の子なのですが、それでもいいのですか?」
「そんなもの、今に始まったことではないし、十分知っている」
「後から、やっぱり返品するなんて出来ませんよ?」
「離すつもりもない」
「じゃ、じゃあ…」


冨岡さんの顔を見るのがそろそろ限界だった。
ただでさえ至近距離で見つめられていたのだ。
私は冨岡さんの胸に顔を埋めて、小さな小さな声で呟いた。

「嫁になります」

そう言うと、ふ、と笑う冨岡さんの声が聞こえた。

私の幸せはもう間近に迫っていた。






あとがき
ハルさま、リクエストありがとうございました!
義勇継子のお話でした〜ああばば。
これこれこれ!!!これ連載したかったああああ!!!
もっと書きたい話一杯ありますよよよy…
と、一人悶えておりました。
本当にありがとうございます(´;ω;`)
色々省略となっていまい、自分の中であまり消化できておりませんが、
こんなものでよければお納めくださいませ。

この度は誠にありがとうございました!

設定裏話
実は冨岡さんは最初からヒロインちゃんを覚えておりましたが、あえて知らないフリしています。
それからヒロインちゃんが死んでほしくないので、自分の元で守ろうとして継子にしました。
↑ここをもっと掘り下げたかったので、供養のため書き残しておきますぶぶぶぶ。


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