好きだよ、今も、昔もね
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夏休みだから昼夜逆転の生活をしていたのが不味かったのか。
それとも夜中に小腹がすいてコンビニに行ったのがダメだったのか。
いくらなんでも女子高生が一人で外に出る時間ではなかったからかもしれない。

今、私は化け物に追いかけられながら、頭の隅で冷静にそんな事を考えていた。

本当にお腹がすいていたから、おやつでも買おうとコンビニに出ただけなのだ。
目的のグミを買ってホクホクした顔で、コンビニを出て。
それから数分歩いた所。
私の背後を大きな足音がついてきていることに気付いたのだ。
最初は気のせいかと思ってみたけれど、私の背後をぴったりくっつくように歩くそれは紛れもない、不審者。
そのまま家に帰るのはまずいと判断して、少し遠回りをした。
それから歩くスピードも加速し、必死に後ろの不審者を撒こうをした。

そうして歩いていくうち、段々の人気のない道に出てしまった。
元々夜中という事もあって、人通りは少なかった。
車も通れないような狭い路地に入り込んでしまい、その時初めて私は後悔した。

ちら、と振り返って後ろを見ると、若い男性がこちらをニヤリと笑ってみていた。
絶対に私を狙っている。
嫌な確信をして、私は更に加速した。
後ろの男はそれが楽しいようで「くふ、ふ」と気味悪い笑い声をあげてついてくる。
まずいまずいまずい。
もはや早歩きではなく、普通に走って逃げている。
手に持つビニール袋が邪魔でその辺にぽいっと投げた。
おやつより、命の危険だ。

はぁ、はぁ、と短い呼吸の中、もう一度振り返った。
こんなに走っているというのに、相手の男は涼しい顔でついてくる。
可笑しい。
いくら私がか弱い女子高生だからと言って、走ればスピードもある。
それについてくるという事は、そこそこ息を切らして走っていてもおかしくはないはず。
なのに後ろの男は息を切らすことなく。むしろずっと口角を上げて笑っていた。
何なの、こいつ。

全身に走る気味の悪さを感じながら、私は足を動かした。

その時、ちらりと男の目が私を射抜く。
それを見て、私は一瞬思わず足を止めそうになった。
何故なら、男は、男の目の色が普通の人と真逆だったからだ。

白目の部分が黒く、本来黒い部分が白い。
どう考えても変だ。

ゾワと鳥肌が立つと同時に、私は小さく悲鳴を上げていた。
か、カラコン?いや、そんなわけはない。
さっきまでこの人の瞳の色は普通だった。
それが一瞬のうちにカラコンを走りながら入れるなんて芸当、不可能だろう。
では、この男は何なのだろう。
外国人?
いや、いくら日本人じゃないからといって、白目が黒目なわけない。

私の異変に気付いたのか、男は目を細めて私を見た。
ぺろりと舌舐めずりする、それは人の舌よりも幾分も長く見えた。

人間じゃ、ない?

そんなことありえるのだろうか。
もう私はその時には普通にダッシュしていた。
小走りなんてものじゃない。
逃げないと、この男から。この化け物から。
酷い事をされる、なんてものじゃない。きっと殺される。

なんで私はサンダルなんて履いてきたのか。
走りずらいそれに視線を送りつつ、私は全速力で駆けた。

長い間、ずっと走っていた。
だけども路地を曲がった先、そこは行き止まりで。
そこにあった街灯も電気が切れているのかしらないが、チカチカと不穏に点滅している。
慌ててきた道を戻ろうと振り返ると、既に男が立っていた。

「はぁーっ、いい匂いだなぁ?」

初めて聞いた男の声は、本当に人間の声なのか疑い深いくらい気味の悪い声だった。
反射的に後ろ一歩ずつ後退する私。
それを一歩ずつ追い詰める男。
ああ、まずいまずい。

「こんな時間に出歩いちゃぁ、鬼さんに食べられてしまうぜ?」

じゅるりと舌をちらちら動かす男。
背中に嫌な汗が伝う。
頭の中に響く警鐘は命の危機を知らせている。
だけれど、ここから逃げる事なんて不可能だ。

ドン、と私の背中が壁についてしまった。
もう終わりだ、逃げられない。

血の気を失った顔で、男を必死に睨みつける。
私、死んじゃう。

男の顔が一層歪んだ。
まるで大好物が目の前に置かれた子供のように無邪気で、そして残酷な。


「安心しな、たっぷり可愛がってやるよ」


私はそのセリフでぎゅっと目を閉じた。
死ぬ、私は今日、この場で死ぬ。
この後にくる想像できない痛みに耐えれるかはわからないけれど、瞼を開けておくことは出来なかった。

「アハハハっ、ハハッ」

男の笑い声が近付いてくる。
ああ、くるっ。


自分の握りこぶしに力を入れて、じっと耐えた。


が、いつまで待っても痛みはやってこない。
不思議に思って、ぱちりとそっと目を開けると、私の目の前には化け物の男ではなくて、良く知る制服の後ろ姿があった。


「雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃」


制服を着た、男の子。
彼は腰に現代ではまず見る事がない日本刀を刺して、鍔に手を掛けていた。
そして、バチバチとまるで稲妻が走るようなそんな光景が目の前に広がった途端、
男の子は一瞬で姿を消した。

「ガハッ、は、」

男の子は、いつの間にか私の遥か前に居た。
そして先程まで私を追っていた化け物の背後に、刀を鞘に戻してゆっくり振り返る。
化け物は何が起こったか分からないというような顔で、首元に手を掛けた。
その手が首に触れる前に、男の頭は地面へ落下した。

「ヒィイイッ」

く、首が、首がっ!!
ころころと地面を転がる化け物の頭。
私は思わずその場に尻もちついて、背中の壁に張り付いた。

恐ろしい事に男の頭はまるで砂のようにさらさらと崩れていく。
目の前の光景に私は口をパクパクとさせ、言葉を失う他無かった。

暫くすると、頭だけでなく男の体まできれいさっぱり消え去ってしまった。
その場に残された洋服のみが、そこに化け物がいたという証明だった。


「…大丈夫?」


ふと、頭上から聞こえた声にハッとする。
化け物の首を落とした、男の子。
彼が、どこか不機嫌そうな顔で覗き込んでいた。


「あ、我妻くん?」


夜中であろうと彼が誰なのか分かってしまった。
それはクラスメイトの我妻善逸くんだった。
彼は目立つ金髪の髪をしていて、クラスでも目立つ存在だ。
そんな彼が、今、ここにいて、刀を振っていた。
信じられない光景を目にして、私はポカンと我妻くんを見た。



◇◇◇


「あの夜はとっても格好良かったのに」


ふと、数か月前の事を思い出して、私はため息を吐いた。
私が襲われた夜。
あの日から、私は我妻くんの取り巻く環境について知る事となった。
この世界には人間に紛れて鬼が存在するらしい。
鬼は日の光で消えてしまうため、日中は活動できない。
おまけに人間が主食らしく、夜中に起こる犯罪の多くは鬼の仕業なんだとか。
我妻くんはそんな鬼を退治することが出来る人、らしい。

同じクラスだけれど、今までまともに話したことが無かった私達だったが、
あの夜を境によく話すようになった。
というか、私がまた襲われないようにと気を使って、我妻くんが傍にいてくれるのだけれど。

休み時間、窓の外を見ると中学生の女の子の後を必死に追いかける我妻くんを見ながら、私は二度目のため息を吐く。
その姿は情けないとしか言いようのない呆れた光景だ。

「大体、女の子なら誰でもいいのかって話なのよ」

唇を尖らせ頬に手をついて、何故かムカつく金髪に目を向ける。
あの夜、初めて見た我妻くんはそれはそれは格好良かった。
昼間のそれとは大違いだけれど。

「はあ、ムカつく」

何故かわからないけど、無性に腹が立つ。

『守るよ、俺が』

あれから外に出るのが怖いと泣いた私に、優しく声を掛けた我妻くん。
思わず見とれてしまうくらい、格好良かった。

「守ってくれるなら、ずっと隣にいてくれてもいいじゃんね」

他の子を追いかけないでさ。
絶対、聞こえないけれど愚痴を零したくもなる。
特にあの女の子、可愛らしく長い髪を靡かせているあの子。
サイドの桃色のリボンが特徴の彼女がお気に入りらしく、視界に入るたびにああやって追いかけている。
それを目にするたび、私は胸に走る痛みに気付かないフリをした。

「…可愛い子」

私なんかよりも、ずっと。
夜中にスエットなんかで出かけたりしなさそうな、そんな可憐な。
我妻くんはああいう子が好みなんだろうか。
あー…考えるだけでも腹が立つ。


禰豆子ちゃんみたいに可愛い子になれたらいいのに


あれ?
自分の頭の中でぽつりと零した言葉に、違和感を覚える。
禰豆子ちゃん?
誰、それ。
そんな名前知らない。
コンコンと自分の頭を軽く小突いてみるも、よくわからない。
何だったんだ、今の。

首を傾げて、もう一度私は我妻くんの方を見た。

走っている我妻くんの目線が私とぶつかり合う。
あ、目が合った。


『名前ちゃん、俺ね、ずっと言いたかった言葉があるんだ』


まるでノイズが走るように、脳裏をよぎった言葉。
その声は紛れもない我妻くんの声だったけれど、そんなセリフ、聞いたことがない。
のに何故か、頭の中で聞こえる。

え、え?
私、どうしたの?

自分の脳内に走る言葉に、私は混乱して慌てて我妻くんから目線を逸らした。

本当に、どうしちゃったんだろう。

自分が分からない。
そんな感覚に陥りながら、私は午後の授業を受けた。


◇◇◇


「名前ちゃーん、こっち向いてよぉー」
「…嫌」
「何で何で何で? 俺、なんかした?」

放課後。
我妻くんは私の席の横に腰を下ろし、ずーっとこうして鬱陶しく絡んでくる。
きっと一緒に帰ろうとしてくれているんだろうけど、何だか顔を合わせづらくて、私はそっぽを向いたまま。

「今日は一人で帰るから、先に帰って」
「嫌だよー 俺だって名前ちゃんと帰りたいもーん」
「…あの子と帰ればいいじゃん」
「あの子?」

聞こえないように小声で呟いたというのに、我妻くんの耳にはばっちり届いてしまったらしい。
休み時間に見たあの光景を思い出しながら、私は唇を尖らせた。

「いつも追いかけてるあの子。我妻くん、好きなんじゃないの?」
「あの子って、禰豆子ちゃん?」
「禰豆子、ちゃん…」

否定をされる事なく、呟かれた名前に私はドキリとした。
あれ、この名前。

ズキン、と胸に痛みが走る。

「俺、禰豆子ちゃんの事好きなの?」
「そうでしょ、どう見ても。何で疑問形なの」
「だって名前ちゃんが気になってるみたいだったから」
「そりゃ気になるよ。だって、我妻くんのこと、だ…し…」

口にした後にしまったと思った。
まるで誘導尋問でも受けたようだ。
慌てて口を塞いでも後の祭り。

隣の我妻くんを見ると、にやぁと笑ってこちらを見ていた。


「俺の好きな子は、別にいるよ」


ニヤニヤしていた顔が一瞬で変化する。
どこか悲し気に呟かれたそれが、私の心臓をさらに傷めつけた。

「……死んじゃったの?」

あまりに悲しそうに言うから、そんな事を口走っていた。
するとそれを否定しないで我妻くんは緩く笑った。

「俺が守るって言ったのにね。俺の前から居なくなっちゃったんだ」

我妻くんにとって酷い事を聞いている、と理解した時には遅かった。
こんなに想われている相手が我妻くんに居るという事、それからその人に私は勝てないという事。
それを認識した時、私はズキズキ痛みが走る胸をどうすることも出来なかった。

「…会いたい?」

自分でも馬鹿だと思う。
思わず口にした言葉。

我妻くんはこくりと頷いて「うん。それに次は絶対に俺が守るんだ」と呟いた。

「我妻く、」

我妻くんの泣きそうな顔が目に入った瞬間、私は我妻くんの頬に手を伸ばしていた。
指先に頬が触れた瞬間、走馬灯のように脳内に映像が流れ込んでくる。

『名前ちゃん、名前ちゃんっ、大丈夫だから、こんな傷すぐに治るからっ』

我妻くんの声が響く。
それは凄く切羽詰まっていて、必死に泣き叫ぶようなそれだった。
“私”は自分の行く末を理解して、私の身体を抱き締める、その人の手をそっと握る。

『善逸、もういいの』

自分の腹部から止めどなくあふれ出る真っ赤な血。
それが彼の着物を汚している事に罪悪感を覚えたけれど、もう残された時間は少ない。
きっと彼にもそれがよく分かったのだろう。
今にも泣き出しそうな顔で、ぐっと唇を噛み、私の身体を強く抱き締めた。

『名前ちゃん、俺ね、ずっと言いたかった言葉があるんだ』
『……私も、あるの。でもね、その先は聞きたくないな。もう死にに行く人に冥途の土産なんていらないよ』
『名前ちゃ、名前っ』
『次会う時に、教えて、ね』

そう言って、私は最後に彼の頬を撫でた。
自分の手に力が無くなると同時に、自分の意識も暗い闇の底へと消え、私は死んだ。


そう、死んだのだ、私は。
あの時代で、善逸を庇って。



「名前ちゃん?」



我妻くんの頬に手を添えたまま、固まってしまった私を見て、不思議そうに首を傾げる我妻くん。
いや、我妻くんじゃない。


「……善逸」


初めて、下の名前で呼んだというのに、酷く懐かしい気がする。
それもそうか。
もう百年近くも前の事だ。

私が名を呼ぶと、善逸が息を飲んだのが分かった。
目を見開き、そして私の手首を強く掴む。

「名前?」
「なあに」
「本当に、名前?」
「善逸の目にはこの美少女が見えないわけ?」

あまりにしつこく善逸が尋ねるものだから、軽口を叩いてしまった。
すると、善逸はそのまま腕を引いて私を抱き締める。
私が座っていた椅子がガタンと音を立てて倒れた。

「ごめん、俺、俺が」

私を抱き締めながら僅かに震える善逸。
それに気付いて私は善逸の背中にそっと手を回す。

「私がそうしたかったから、もういいの。善逸は昔も今も、私を守ってくれていたでしょう?」

トントン、と幼子を相手にするように優しく背中を叩くと善逸が安心するのが分かった。
私よりも遥かに大きい身体をしているのに、可愛い男だ。

「思い出すのが遅くなってごめんね。それにしても、もうちょっとヒント的な感じで教えてくれてもよかったんじゃない?」
「…今の名前と前の名前を重ねるつもりは無かったんだ」

全てを思い出したから良かったものの。
そう言うと、善逸は耳元で苦しそうに囁いた。


「だけど、無理だった」


ぎゅうっと更に力を込めて抱き締められる。

「名前の視線の先には俺が居てほしいし、ずっと傍に居たいんだ」
「ふうん。それにしては随分長い間素っ気なくしてたんじゃないの」
「最初は、名前を束縛するつもりなかったからで…」
「へえ、善逸って束縛するタイプ?」

わざと茶化して言うと、善逸がムっとしたのが分かった。
ごめんね、でもちょっとくらい意地悪したかったの。
私だけが取り残されていたみたいで。


「善逸、私に言いたい事があるんじゃないの?」


ふふ、と笑って言うと善逸も一緒に笑った。
ゆっくり身体が離れて、善逸の金色の瞳が私を捉えた。



「名前、好きだよ、今も、昔もね」


その言葉を、私はどれだけ待ち望んでいたのだろうか。
言い終わると同時に私は善逸の胸にダイブした。


「私もよ、善逸」


長い時を超えて、やっと伝えることが出来た。
ああ、愛しい貴方。






あとがき
ちさねこさま、リクエストありがとうございました!
ごっつ長くなってしまいました…(ノ∀`)アチャー
途中書いてて「あ、これ連載の書きだしだなぁ」と思いつつも、とりあえず走ってしまいました。
(そのせいで長いです、すみません)
現代版鬼殺隊、これいいですよねぇ。
はぁ美味しいネタで御座いました。
こんなものでよければお納めくださいませ(/・ω・)/

この度は誠にありがとうございました!


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色いろ