教師Tは副業も大忙しです嫌な予感がしていた。
それは時間が経過するとともにはっきり感じ取る事が出来た。
俺が険しい顔つきをしていた事を昼休みから気付いていた名前は、心配そうな顔で「義勇さん、どうしました?」と尋ねていたがなんと説明して良いか分からなかったので「何でもない」とぶっきらぼうに答えるしか無かった。
腑に落ちないようだったが、俺がそう言ったらきかないことを知っている名前はそれ以上尋ねて来なかった。
「あ、話は変わりますけど、最近行方不明事件が多発してますよね」
ふと思い出した!とばかりに名前が俺に話題を振ってくる。
俺は名前お手製のお弁当をつついていた箸を止め、黙って名前を見る。
俺からすれば話題は変わっていないのだが。
「不審者がいるなら、夜歩くのも怖いですね」
「夜歩かなければいいだろう。俺が家まで送る」
「……実はちょっと期待してました」
てへ、と可愛らしく舌をだした名前を思わず抱き締めてしまいそうだったが、僅かに残った理性が俺を制止する。
俺の恋人は可愛らしい。
勿論、俺以外に狙っていた奴もいただろう。
それをなんとか俺のものにしたのだ。
…人以外からも好かれるみたいだがな。
少し前から名前の家の付近で行方不明事件が起こっていた。
これはただの事件ではない。
人ならざる者が自分の欲求を満たすため、夜な夜な人間を襲っているに過ぎない。
行方不明と報道されてはいるが、十中八九全員死んでいる。
人ならざる者…それは鬼と呼ばれる、元は人間だった化け物。
昔ほど数は多くはないが、今もまだ人に紛れて生きている者がいる。
事件はそいつらの手によって引き起こされている。
「…そのまま、泊まっていきませんか?」
険しい表情をしていたであろう俺に、可愛らしく首を傾ける名前。
俺は一瞬ポカンとしてしまったが、すぐに正気を取り戻した。
ゴホンと一つ咳をして「そのつもりだ」と呟くと、名前は嬉しそうに何度も頷いたのだ。
折角名前が作ってくれた弁当だというのに、それからは味が分からなくなってしまった。
◇◇◇
「ごめんなさい、義勇さん。ちょっと遅くなりそうです」
「いい。ここで待っている」
本日の仕事を終え、更衣室で着替えた後いつものように保健室へ迎えに来ると、まだ白衣姿の名前がそこに居た。
焦ったように俺に謝罪する名前も可愛いなと頭の片隅に思いながら、俺は名前の真向かいにある空いているデスクに腰を掛ける。
安心したように一つ息を吐いた名前が座り直し、目の前のキーボードを叩き始めた。
真剣な表情でPC画面を見つめる姿も可愛かった。
茜色の空はあっという間に色を失い、そろそろ星空が顔を出す頃。
やっと名前の仕事がひと段落したらしく、これまで以上に大きな息を吐いて、小さく伸びをした。
仕事の終わった合図とばかりに俺も椅子から立ち上がる。
「遅くなってすみません。帰りましょうか」
「気にするな。明日は休みだからな」
「…そう、ですね」
何故か名前の表情が赤く染まってしまった。
何か気に障る事を言っただろうかと思考を巡らせたが、白衣を脱いだ名前に「じゃあ、月曜まで一緒です、か?」と言われてしまい、すぐに言葉の意味を理解した。
「……っ」
思わず手が伸びそうになったが、ぐっと堪える。
ここは学校だ。
時間的に生徒はいないが、決して許される行為ではない。
気持ちを落ち着かせるため何度か深呼吸をし、名前の細腕に手を伸ばした。
「いいのか?」
「…はい」
小さな手を握るとぎゅっと握り返してくる。
思わず笑みが漏れたが、すぐに真顔に戻した。
保健室を出て、二人で教員用の駐車場へと歩いていく。
外は月が顔を出していた。
想像以上に遅くなってしまった。
俺が傍に居るから問題はないだろうが、一応準備をしておくか。
先に助手席に名前を乗せ、俺はトランクへ。
中にあった竹刀袋を手に取り、それを後部座席に置いた。
「義勇さん、剣道もされるんですか?」
「あぁ、昔やっていた」
「へえ…凄い。一度拝見したいですね」
「そのうちな」
昔、といえども、それは百年以上前の事だとは口が裂けても言えない。
にこにこと楽しそうに微笑んでいる名前を横目に、俺は車を発進させた。
名前の家に近付くにつれ、胸騒ぎが強くなってくる。
せめて家まで送ってからと思ったが、嫌な予感は的中した。
ミラーでちらりと確認すると、明らかに人の目で捉える事が出来ないようなモヤが、はっきりと俺の目に映ったからだ。
このまま家まで行けば、俺のいなくなった隙を突かれるか。
急遽予定変更し、近くのコンビニへ車を停める。
名前は不思議そうにしていたが「晩酌のつまみでも買ってきてくれ」と言うと、喜んで引き受けてくれた。
車から小走りで店内に入った名前を確認し、俺はそのまま後部座席に手を伸ばす。
そして、車から降りて、コンビニ横の路地へ足を踏み入れた。
俺の数メートル後ろを歩く足音が、人のそれではない事を気付かせてくれる。
路地を先に進んで、さらに人の目がない場所まで来ると、俺は足を止めた。
竹刀袋をその辺に投げ捨て、ゆっくりと振り返る。
そこにはやはり、人は居なかった。
「鬼狩りだと? まだ残っていたのかよぉ」
かろうじて人のような形をしているが、手が数本、足も数本。
頭が二つある化け物を人だと呼べない。
二つの頭は同じセリフを同時に吐き捨て、同じ顔をこちらに向けた。
「お前だけじゃねぇな。お前を殺ったら、さっさとこの街からおさらばするか」
「やれるものなら」
カチャリ、と俺の手元が鳴る。
竹刀袋から顔を出したのは、現代では見る事がない刀。
日輪刀、それは唯一この化け物、鬼を殺すことが出来る武器。
俺は刃を見せる事なく、ゆっくり刀を持ち替えた。
鬼は俺がいつまでも刀を抜かない事に余裕を見せ、笑っていた。
「腰抜けだったかァ。じゃあ、そのまま死ね」
鬼が口角を上げ気味の悪い笑みを見せる。
鬼の足が地面を蹴り上げ、一目散に俺に向かって来ようとしている。
俺は落ち着いた気持ちで、鬼を見つめる。
「水の呼吸 拾壱ノ型 凪」
◇◇◇
「あれ、義勇さんどこに行ってたんですか?」
「……野暮用だ」
コンビニに戻ってくると既に名前は車の横で立って待っていた。
腕にかかったビニール袋を見て、俺は思わずほくそ笑む。
「車で待っててくれ、すぐに戻る」
「何か買い忘れですか?」
後部座席の扉を開け刀を放り込むと、俺は名前に中に入るよう促した。
名前は屈託のない笑顔でこちらを見ている。
「ああ」
「だったら、私買ってきますよ。なんですか?」
「……いや、いい。女性は買いづらいだろう」
「え?」
パチパチと瞬きを数回繰り返す名前。
未だに良く分かっていない表情を見つつ、俺はふ、と笑う。
運転席に乗り込み、助手席に腰を下ろした名前の耳元に顔を近づけた。
「そろそろゴムが切れる」
「っ…!!」
まるで顔で湯を沸かしたように真っ赤になる名前。
そういう顔もまた良いと思うくらいには、俺は名前に惚れ込んでいる。
名残惜し気に名前から離れ、俺は運転席から出て行った。
「義勇さんのばーか」
ふと呟かれた声はしっかり俺の耳に届いており、今夜は彼女を寝かさないと決めた。
「そう言えば、最近物騒な事件、無くなりましたね」
ある日の昼休み。
またもや名前のお手製弁当を食べていたら、卵焼きを箸で挟んだ名前が呟く。
名前の言う事件、とは先日頻発していた行方不明事件の事だろう。
あれは二度と起こる事がない。
何故ならあの日、俺が根源の鬼を滅したからだ。
ただそんなことは口が裂けても言えないので、こくりと頷くくらいで留めておく。
「きっともう、大丈夫だろう」
「そうだといいですけれどねー」
「…なにか不安でもあるのか?」
「何か隣町で女子高生ばかり消える事件がちらほら出ているみたいですよ、まだ報道されていませんけど」
職員会議でちらっと出てました、と。
……次から次へと。
俺は心の中でため息を吐いて、今晩も寝るのが遅くなるなとふと思ったのだった。
あとがき
ほわほわさま、リクエストありがとうございました!
ボッチ、鬼殺隊になるの巻、いかがだったでしょうか(*‘ω‘ *)
今回は戦闘に重きを置かず、ひたすらヒロインちゃんに不純なボッチでお送りしました。
そしてこれを書いている間にボッチの番外を書いて無い事に気付きました((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
お、落ち着いたら書くもんねー…💦
こんなものでよければお納めくださいませ〜!
この度は誠にありがとうございました!
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色いろ