初恋が実らないとは、限らないじゃないですか
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初めて恋をしました。
生まれて16年。
家族以外の男性にここまで意識する事も初めての経験で、戸惑いの毎日です。
今日も私はあの方をこっそり視界の隅に映して、胸の奥で一人喜んでおります。

家族を鬼に殺されて、私の世界は灰色に染まってしまいました。
しのぶ様のお屋敷に拾われ、お屋敷の女の子たちに良くしてもらい、私の世界は少しだけ色づきました。
それでもやはり毎夜に思うのは殺された家族のこと。
いつまでもくよくよしてはいけないと、鬼に家族を殺されたのは私だけではないと、自分を奮い立たせておりました。

それでも、どうしてもその日は気分が落ち着かなくて。
お屋敷のお仕事を粗方終えて、縁側で一人ほっと息を吐いたときに、自然と涙が零れてしまったのです。
身体を動かしているうちは、何も考えずに仕事に集中出来たのですが、どうしてもこうして一息吐く時には、悲しい感情で胸がいっぱいになります。
他の人に見られない内に、泣き止もうと必死に目を擦りますが、なかなか涙は止まってくれません。
そんな時でした、あの人が現れたのは。

「そんなに擦ると、目が腫れるぞ」

当たり前ですが、私一人だと思っていたので涙が出たのです。
突然聞こえた男の人の声に私はビクリと反応し、慌てて声の方へ視線を向けました。
縁側を歩いていたあの方、冨岡様が私を見つめながら近付いてくるのです。
冨岡様はしのぶ様と同じ、柱の一人です。
勿論、気軽に私なんかがお話しして良い人ではありません。
泣いている所を人に見られて、私の涙はピタリと止まってしまいました。
ですが、同時に恥ずかしい気持ちも芽生えこのまま冨岡様から逃げ出したいと思いました。

「何かあったのか?」

私の腰掛ける横まで来ると、冨岡様はなんとその場に腰を下ろしてしまったのです。
そして、私の方をちらりと見てぶっきらぼうにそう呟きました。
実は私、家族以外の男性と喋るのも久しぶりで、驚きすぎてなかなか言葉が出て来ません。
折角話しかけてくださっているのだから、と大慌てで脳内を稼働させなんとか絞りだした言葉。

「…な、何でも御座いません」

私には会話の能力が皆無のようです。
これだけさめざめと泣いていたのに、何でもない事はないでしょう、と。
思わず自分でツッコミしてしまうくらい、酷い返答で御座いました。
それなのに、冨岡さんはこくりと頷いて「そうか」と一言。

そうか、ってどういうことでしょうか。

私も会話が下手くそだと思っていますが、冨岡さんも中々だと思ってしまいました。
ですが冨岡様はそこからぽつりぽつりと無関係な会話を続けて下さり、私の気を紛らわせて下さいました。

「あの花の名前は何だ」
「今日は天気がいいな」
「明日から任務だ」

等、話される度、私も頷いたりして相槌を打ちました。
たまに会話をしてみたり。
先程までの悲しい気持ちはどこかへ飛んで行ってしまいました。

私の目から涙が完全になくなると、冨岡様はじーっと私の顔を覗き込み、満足したように「帰る」と立ち上がりました。
大慌てでお礼を言いましたが、いまいち聞いているのか聞いていないのか分からない表情を見せ、何も言わずにその場を立ち去って行かれました。

どきん。

その背中を見た時、心臓が高鳴る感覚を覚え、心が温かくなるようでした。
暫くたってそれが恋だと気付いた私ですが、勿論この想いは伝えるわけには行きません。
これからも何度も影からこっそり眺めて、一人満足しておりました。


◇◇◇


冨岡様は任務後によく蝶屋敷へ来られておりました。
任務でケガをされたのかと思いましたが、その様子はなくて、しのぶ様に御用事があるようでした。
しのぶ様のお部屋にお茶を持って入ると、しのぶ様に対して眉間に皺を寄せて口をへの字にする冨岡様の姿がありました。
お二人の間にお茶をそっと置くと、何か言いたげな冨岡様の視線を感じ思わず固まってしまいました。
しのぶ様はにっこり微笑んで

「冨岡さん、手順と言うものがありますでしょう? ちゃんと想いを伝えて下さいね」

と呟かれました。
しのぶ様の言葉が胸に突き刺さりました。

冨岡様は、ケガをした訳でもしのぶ様にお仕事のお話をしに来たのでもなかったのです。
ただ逢瀬のために蝶屋敷へ出向いたのです。
それもしのぶ様に愛の告白をするため。

私の短期間の恋は儚くも散ってしまいました。
勿論実る筈ないとわかってはおりましたが、こうも頭が真っ白になるとは思ってもみませんでした。
そこからどうやって部屋を出てたのか、もう覚えてはいませんでした。
いつの間にかお庭に出ていて、それからぼーっとお花を見ておりました。

冨岡様の事を考えると胸が苦しくなります。
先程のは完全に恋人同士の会話。
ついては愛を囁く場面だったのでしょう。
何故私は今まで気付かなかったのか、あまりに鈍感すぎて自己嫌悪に陥っています。
最近よく見かけると思ったのもすべて、しのぶ様にお会いするため。
お二人は両想いなのです。

ズキンズキンと胸が痛みます。
お似合いなお二人を応援したいのに、素直に感情が制御できません。
はあ、とため息を一つ零しました。

「泣いているのか?」

ふと背後から聞こえた声に私はビクンと身体が跳ねてしまいました。
今まさに私の脳を占領している冨岡様が私の後ろに立っておられました。
まるで初めてお会いした時のように、心配そうに顔を覗かせている姿。
この人は普段言葉が少ないですが、きっと凄く優しいのでしょう。
だから、こんな女中の私にも声を掛けて下さるんです。

「…失恋しまして」

数える程しかお話した事がないのに、私は何故そんな事を口走ったのでしょうか。
冨岡様の顔を見ると、酷く驚いた顔をされており、それから一瞬くちゃっと顔が歪みました。
本当に一瞬だったので、見間違いかもしれませんが。

「…好いた者がいたのか」
「ええ。私の片思いでしたが」

そう言って無理矢理にこりと笑うと、冨岡様はずんずんと近寄ってきて、水仕事で荒れた私の手を握ってくれました。
傷ついた心臓が苦しくなってしまいます。
慌てて離れようとしましたが、冨岡様は私の手を強く握ります。

「そんな男など、さっさと忘れろ」
「ですが、」
「名前を好きな奴は他にもいる」
「え、ええ…そうだと良いのですけど…あ、れ?」

ふと疑問に思いました。
私は冨岡様に名乗った覚えがあったか、と。
何故冨岡様は私の名を知っているのでしょうか。
勿論私の口から申し上げたことなどありません。
何故なら私達は、数える程度しか話したことがないのですから。

ぽかんと口を開けて冨岡様を見つめると、冨岡様はこくんと頷きそして。


「俺と一緒になる気はないか?」


と言って下さったのです。

意味が分かりません。
私の顎はガクーンと下がってしまい、とても間抜けな表情をしている事でしょう。
先程しのぶ様と逢瀬を楽しんでいた方が、なにを。
色々な事が頭を過り、言葉に出来ません。

「想い人をすぐに忘れるのは難しいかもしれんが、俺は名前を絶対幸せにするし、寂しい思いはさせない」
「え、えっと…」
「先程、胡蝶にも許しを貰った。本人から了承得ればいいと。だから、あとはお前の気持ちだけだ」
「え? それは、どういう?」

あまり言葉をしゃべらない冨岡様がまるでキツツキのような調子で、言葉をつついきます。
一つ一つの衝撃が強すぎて、脳が上手く処理をしてくれません。
私は夢を見ているのでしょうか。


そんな疑問は冨岡様の必死な表情によって打ち消されました。


「ずっと、好きだった。やっとこちらの準備が出来たのだ、俺の家に来てくれないか」


痛いくらいに握られている手と、冨岡様の顔を交互に見つめ、私は瞼をパチパチ。
冨岡様の言う事が本当だとしたら、私は冨岡様に好かれていたという事でしょうか。
それはつまり、私は。


「返事を、聞かせてくれ」


必死に懇願する冨岡様。
任務での冨岡様を見た事がありませんが、こんな取り乱されることは無いのではないでしょうか。
顔に見とれて返事をする事を忘れていた私はやっと、口を開きます。


「冨岡様、ずっとお慕いしておりました」


今度は冨岡様の顎がガクーンと下がる番でした。
顎が下がったまま、意識も飛んで行ってしまった冨岡様を待つ間、私はそっと冨岡様の胸に近付き、
それから逞しい身体にそっと手を添えて、顔を埋めました。

「嘘ではありませんよ。初めてお話したときから、ずっと」

小声でそう呟くと、ビクリと冨岡様の身体が跳ねました。
その様子に嬉しくなり、私は瞼を閉じたのでした。




初恋が実らないとは、限らないじゃないですか




どうやら冨岡様は、随分と前からしのぶ様に私と結婚させろと言い寄ってきてらしたそう。
気が早すぎるとは思わなかったのでしょうか?
……そんな貴方も素敵ですけれど。






あとがき
子桃さま、この度はリクエストありがとうございました!
やっぱり私、ボッチ好きです。
こちらのリクを書かせて頂きまして、確信しました。
しかもこれ、中編くらいで連載したいくらいです。。。
何だろう、最近ボッチ熱が凄い。
こんなもので良ければお納めくださいませー!

この度は誠にありがとうございました!


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色いろ