それぞれの思惑、すこしの邪念
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私はまだ夢の中にいるのかもしれません。
義勇さんに見初められ、蝶屋敷から義勇さんのお屋敷へ働く場所を変えました。
しのぶ様は「口に出すまで永遠、用もないのにウチに来られて大変迷惑でした」と額に青筋を作って義勇さんに詰め寄っておられましたが、私の方を見てにっこり微笑んでくださいました。
別れ際には肩を優しく叩いて

「どうか、お幸せに」

と、送り出してくれたのです。
思わず涙ぐんでしまって、義勇さんが戸惑ってしまうくらいでした。

義勇さんと恋人同士になって3か月。
「冨岡様」とお呼びしていたのを「義勇さん」と呼ぶようになって2か月。
緊張せずにお話できるようになって1か月。

義勇さんのお屋敷で過ごさせて頂いて、義勇さんのお仕事を横から眺めることが出来て。
幸せの毎日を送っている私ですが、一つ大きな悩みが御座います。
それは、私達に触れあいが無いという事です。

先程述べましたように私が義勇さんと恋人同士になったのはもう三か月も前の事。
これだけ近くにいるというのに、義勇さんは私に指一本触れてはくれません。
告白された時に、手を優しく握ってくださって、なおかつ抱き締めて頂きましたが、それ以降音沙汰は皆無で御座います。
最初のうちは私も緊張していて、義勇さんに近付くなんて恐れ多い事、出来る筈もなかったのですが、
流石に三か月も経つといい加減慣れてきます。
勿論会話はあります。
毎日穏やかにお話している時間が至福です。
でも、手を繋ぐことさえ、ありません。

私に触れてほしいのですが、はしたない娘だと思われないかとここ数日悶々と過ごしてきました。
ですが、同じ屋根の下に過ごしているのにも関わらず、音沙汰ないというのは恋人として如何なものかと思い直し、恐れ多くも私は決心したのです。


◇◇◇


「義勇さん、お茶にしませんか?」
「ああ、丁度頼もうと思っていた所だ」

義勇さんのお部屋に顔を出すと、机の上で筆を走らせる義勇さんと目が合いました。
柱の方は皆、大変お忙しいようです。
しのぶ様も長期で屋敷を留守にされたり、帰ってきたと思ったら部屋にこもりきりで報告書を作成したりと様々なお仕事でお忙しくされておられました。
勿論義勇さんも例外ではありません。
私が寝入ったあと、任務に出ていて私が起きてから帰宅することもしばしば。
それから寝ずに昼間を過ごされていることもあるので、体調が心配になります。

私はお盆の上にあるお茶を義勇さんの前にことんと置きます。
義勇さんが隣に座布団を置いて、ぽんぽんと軽く叩きます。
そこに座れと言われているみたいです。
私は素直に腰を下ろしました。

ちゃっかり自分用のお茶まで用意していたので、お茶の時間を義勇さんと過ごす気満々で御座いました。

「目の下に隈が出来ておられますよ。お仕事でしょうか、眠れていますか?」
「問題ない。……それにこれは、仕事とは無関係だ」
「そう、ですか」

うっすら義勇さんの目元に見えた隈。
夜更かしをする仕事だとは充分認識しておりますが、やはり義勇さんの体調が気になります。
私の何とも言えない表情を見て察したのか、義勇さんが口元を緩めます。

「心配するな。大した事ではない」
「そうだと良いのですが」
「ああ」

せめて夜寝る前にでも暖かくなるような飲み物を用意しようと思いました。
少量持ってきた茶菓子を義勇さんの前に広げ、私は決心して口を開きます。

「義勇さん」
「なんだ」
「あの、ワガママを言ってもよろしいでしょうか」
「ワガママ?」

キョトンとした顔で私を見つめる義勇さん。
私の心臓は少しだけ鼓動を早めます。
こくりと頷き「おめめを瞑って頂きたいのです」と申し上げると、素直に瞼を閉じる義勇さん。
思いのほか素直だったので、かわいらしさを感じくすりと笑ってしまいました。

「どうした」
「いえ、可愛らしいと思いまして」
「男に可愛らしいとは、あまり嬉しくはないな」
「申し訳御座いません。…普段はとても恰好が宜しいので、ふと思っただけですよ」
「……」

そう言うと義勇さんは目を閉じたまま、口をもごもごと動かしていた。
頬はうっすら赤く色づいており、少々照れている事が分かる。
私は瞼を閉じられている間に、そっとその場を立ち上がります。
義勇さんの向いに腰掛けていたのを、とことこ歩いてそっと義勇さんの真横へ腰を下ろしました。
膝の上にある義勇さんの拳にそっと触れると、義勇さんがビクリと反応し瞼を開けてしまわれたのです。

「名前…?」
「あ、もう目を開けられてしまったのですか?」
「悪い」
「いえ、いいんです」

目を瞑って頂けたほうが都合は良かったのですが。
何故なら、私が義勇さんの目を見ると恥ずかしくて固まってしまうからです。
瞼を閉じられている間だけならば、近付いたり、お手に触れても恥ずかしくないような、そんな気がしたのですが。

「どちらにしろ恥を感じますね」

頬にこもった熱を認知し、私は俯いてしまいました。
男性にこんなに近寄るなんて。
それも私から。
普段の私なら絶対にしない事で御座います。

義勇さんの手はとても硬くて、大きくて。
普段刀を握っている剣士様のお手で御座いました。

「…手を、」
「何だ」
「手を、握って欲しかったのです」

改めて口に出すと、やはり恥ずかしいようです。
目どころか顔まで見れなくなってしまい、私は自分の膝を凝視します。

義勇さんは呆れてしまったでしょうか。
こんなしょうもない願い事を言うなんて、面倒な女だと思われてしまったかもしれません。
何も言わない義勇さんにドキドキしながら、私は手を引っ込めようとしました。
が、その手は再び義勇さんの手によって握られ、それから腕を引かれてしまいました。
身体がゆっくりと傾き、それを優しく抱いてくださったのは、勿論義勇さんです。

「あ、あの」

びっくりして顔を上げると、そこには何かを我慢するように唇を噛む義勇さんの姿がありました。
思わず見とれてしまう容姿に、私は目を見開いて固まります。


「そんな可愛い事を言うのは、この口か」


義勇さんが私の顎に手をかけ、くいっと上を向かせます。
そして、ちゅ、と何か柔らかいものが触れる音が部屋に響いたのです。
私は突然の事にただただ固まるばかり。
目を閉じる事も忘れ、目の前にある義勇さんの顔に失神しそうでした。

きっと数秒だったのでしょう。
でも私にとっては何時間もそうだったような気がいたします。
ゆっくり義勇さんの顔が離れていき、そして


「…名前のお陰で寝不足が解消されそうだ」


と意地悪く笑ったのでした。

ズキュン、となにかに心臓が撃ち抜かれたようでした。
5秒後、私の身体はいつの間にか畳の上にありました。
身体の上にいる義勇さんは、羽織を乱暴に脱ぎ捨てます。

「もう我慢はしない。いいか?」

と耳元で優しく囁きます。
良くわかりませんが、こくこくとハトのように頷くと義勇さんはにこりと笑って、また口づけを落としたのです。





それぞれの思惑、すこしの邪念




つまるところ、お互い考えていることは同じだったというわけで御座います。
…ただ義勇さんの方は若干、邪だったようですが。








あとがき
美兎さま、リクエストありがとうございました!
昨日の続きという事で、イチャイチャしたいカップルのお話を書かせて頂きました。
結局私にはEROしかないんですね…(ニチャァ)
裏設定はボッチもヒロインちゃんに触れたくて触れたくて、夜も悶々して寝不足だったというオチです。
ボッチ視点書きたかったですね〜!
こんなものでよろしければお納めくださいませ!!

この度は誠にありがとうございました!


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色いろ