さっさと俺に告白しないのが悪い
bookmark


「ねぇねぇ、炭治郎!さっきの善逸見た?もう可愛すぎて見てられなかったー!!」

頬をほんのり赤くして、俺に潤んだ視線を向ける名前。
その様子を心の中で微笑ましく思う自分と、あの善逸が可愛いと言える名前の目が特殊すぎて若干引いている自分が居て、表情に出てしまったかもしれない。

「そ、そうか」

一応きちんと返事はしたが、口元が引き攣ってしまった。
だが目の前の名前はそんな事に気付くこともなく、ニコニコと先程の善逸の雄姿をぺらぺらと喋り倒す。
確かに匂いも甘いものになっているし、興奮しているようだった。
だがそんな名前に、善逸が気付かない筈がない。
善逸と伊之助が俺たちの少し前を歩いているとはいえ、きっと自分の耳に集中させ俺たちの会話を聞こうとしているであろう善逸を思いつつ、俺は苦笑いを零した。

「はぁー!なんで善逸ってあんなに可愛いんだろ、女の子よりも可愛い」
「それを言われると多分、善逸は喜ばないと思うぞ」
「炭治郎にだけしか言ってないじゃん!!」

そう言いつつ、可愛らしく腕を回している名前。
俺には腕を大きく回すほど、善逸が可愛いと思わないけれど、名前にとっては善逸は可愛いもの、らしい。
善逸、がんばれ。と心の中で応援し、俺はバレないようにはあ、と息を吐いた。

「鬼を倒す時なんか、本当にカッコ良い…もう、世の中の女の子が見たらみんな惚れるくらい」
「は、はは…」
「炭治郎もそう思わない?」
「さぁ?俺は男だから…」

名前は気付かない。
これだけの声でしゃべっていれば、先に歩く善逸の耳に筒抜けだという事を。
自ら公開告白をしているようなものなのだが、それを彼女に言うのはあまりに酷だ。
むしろ、ここまで思われているのだから、善逸からさっさと行動すべきだ。

鼻歌を歌いながら軽やかに歩く名前を横に、俺は前方の善逸へと視線を向ける。
善逸がちらりとこちらを振り返って意味深な視線を向ける。
あれは、恥ずかしさと嫉妬と甘い匂い。

善逸はともかく、名前は気付いていない。
自分の気持ちと善逸の気持ちが同じであることを。
早くそれに気付けばいいのに、と隣の可愛い同期に微笑んだ。



「カナヲ、ちょっとお茶しよ!」


蝶屋敷へ帰宅後すぐ。
一体どこにそんな元気があるのか分からないが、名前はカナヲの部屋に走って行ってしまった。
その背中に「元気だな」とぽつりと零すと、名前がひらひらと俺たちに手を振って、カナヲの部屋へ消えていく。
残された俺と善逸と伊之助は顔を見合わせ、そして。

「善逸…そろそろ態度に出したらどうだ?」

と、俺から口を開いた。
善逸は部屋の隅に日輪刀を置いて、羽織を脱ぎながら無言を貫く。
だけどその匂いと頬の色が善逸の感情を物語っていた。

俺も同じように隊服から鍛錬服に着替え、手ぬぐいで汗をぬぐう。
伊之助は意味を理解していないようで、首を左右に傾げていたが、縁側に舞う蝶を見つけて走って行ってしまった。
慌ただしく伊之助が出て行って、そしてやっと善逸が口を開く。

「……あれだけ好意を向けられるのは、初めてだから」

そう言う善逸の顔が少し複雑そうに歪んだ。
今まで自分から好きだと言った女子はことごとく騙されてきた、と呟く姿はいつもの善逸らしくはない。

「名前に限ってはそうじゃない事くらい、善逸だってわかっているんだろう?」

そう尋ねると肯定の代わりにじっと俺を見つめる善逸。
暫く考え込むように俯いた。

数分後、何を思ったか急に立ち上がり「素振りしてくる」と道場の方へと向かって行ってしまった。
後は善逸が覚悟を決めるだけだ、と立ち去る背中に思いを馳せた。


◇◇◇

暫く一人になりたくて道場へ行ったはいいが、全然集中なんて出来なかった。
随分と前から名前の気持ちには気づいてはいた。
あれだけ分かりやすく音をバックンバックン立てて、それから全身から俺の事を好きだって言っているような音。
分かってはいるんだ、こんな俺を好いてくれている事くらい。
今まで出会った女の子達と違う事くらい。

炭治郎と一緒に仲良くしゃべる姿が羨ましくて、それから少し腹が立って。
俺にはそんなに近寄ってこないくせに。
それなのに、俺の事を好きでいてくれて。
自分の気持ちくらい理解はしている。
素直になればいいのに、どうしても素直になれないのは今までの生い立ちの所為かもしれない。
結局の所、言い訳だけ一丁前なんだ、俺は。

そんな事を思っていたら、道場の入り口の前で固まる一つの影を見つけた。
影、名前は俺の方をみてカチコチに固まり口をパクパクさせている。

「あ、名前」

名前を呼ぶと、一瞬で顔が赤くなる名前。
その姿が面白いと思うと同時に音が動揺していて焦っているんだと感じる。

「ぜ、善逸が道場にいるなんて珍しい、ね?」

それをなるべく表に出さないように名前が尋ねてくる。
まあ、普段の俺は進んで鍛錬なんてやる質ではないけれど、一体誰のお陰でこんなところに居ると思っているんだ。
目の前の名前を思わずジトっとした目で見つめていると、名前は不思議そうに首を傾げる。

そしたら、名前は俺から少し離れた場所にすたすたと歩いていく。
気を使って俺の邪魔にならないように離れているんだろうけれど、俺としては面白くない。
だから「こっちに来たら?」と言って、無理矢理俺の前へ呼び寄せる。
仕方ないとばかりに名前は俺の目の前に腰を下ろした。

気にせず素振りの続きをしようとしたけれど、名前の音と視線が気になってやっぱり集中できない。
ちらりと目を向けると、ちょっと潤んだ目が俺を見つめていた。
……見過ぎだってば。

「どうしたの?」
「えっ!?な、何が!?」
「こっち見てるから」
「み、み、見てないよ?」

あえて尋ねてみたら案の定、面白いくらい取り乱す名前。
顔色なんてさっきから高揚しまくり。
それすら可愛いと思う俺は名前に負けじと名前の事を想っているようだ。
流石に恥ずかしくなったのか、名前は顔を隠すように背けてしまった。
当たり前だけど、顔を背けられていい気はしないだろう。
俺は一息ついて、その場に木刀を置いた。
それから、名前が座っている場所の隣に俺も腰を下ろしたのだ。

「え、ぜ、善逸?」
「何?」
「鍛錬は?」
「まぁ、もういいかなって」

正直全然集中出来ないのに鍛錬をやる意味がない。
炭治郎に言われた言葉が頭を駆け巡っていく。
今が、その時なのか。
俺は名前にバレないよう、唾を飲んだ。


「名前、俺に言いたい事ない?」


勇気を出して、名前に聞いた。
遠回しな言い方になってしまうのは、まだ俺も振り切れてないからだ。
名前はキョトンとした顔で俺を見る。

「どういう意味?」
「無いならいいんだけど。俺は名前に言いたい事あるんだよね」
「え、え…?」

未だに良く分からない、と言った顔をしているのも可愛いけれどさ。
そろそろ俺の話をちゃんと聞いて欲しい。
俺の気持ち。
真面目な顔で名前を見ると、名前が緊張しているのが分かった。

「俺さ、ずっと名前が俺の事見ていたの、知ってるよ」
「ひ、え…」

名前の顔色がサーっと血の気を失っていく。
当たり前だろう。
俺だって秘密にしていた自分の気持ちが想い人にバレていたら、同じ反応をする。
だけど、それは別に悪い事じゃないんだ、名前。
俺としては、だけど。

「あ、別に嫌ってるわけじゃなくて」
「へ…」
「これからはこそこそ見るんじゃなくて、堂々と見て欲しいっていうか…」

自分で言ってても意味が分からないと思う。
炭治郎と仲良く会話をする光景が目に浮かぶ。
その事を思うと心臓がきゅうってなるんだ、俺。

「炭治郎とかとあんまり話してほしくない、し」
「それって?」

ドキドキしている。
俺も、名前も。
少し期待した視線が俺を捉えた。
きちんと伝える、覚悟を決めろ俺。



「だから、好きなんだよ!!名前のこと!」



羞恥が勝ってしまって、馬鹿みたいに声を上げた。
目の前の名前は一瞬、ぽかんとして。
それから今までで見たどの表情よりも綺麗に笑った。

「…っ…」

思わず視線を逸らしたくなるくらい、刺激が強かった。
自然と後ろに仰け反ってしまった俺を、すぐに名前が抱き着いてくる。
結局二人でそのまま道場の冷たい床に転がり込んだ。

「私もだぁい好き」

突然抱き着かれて驚いたけれど、観念するように俺は名前の腰に手を回す。
それから、子供のような笑顔を見せる名前の唇に噛みついた。



彼女が叫びだすまであと数秒。
…さっさと俺に告白しない名前が悪い。








あとがき
綾さま、リクエストありがとうございました!
2万打リクの続きを書かせて頂きました〜。
中々激しい感じのヒロインちゃんだったので、久々にテンションあがりました(笑)
が、以前の文章から加筆したくてしたくて仕方ないですね…。
(前回の倍の文章かしら…?)
こんなものでよければお納めくださいませー!

この度はありがとうございました!


prev|next


色いろ