お願い、暫くこのままでいさせて
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「名前ちゃ〜ん、遊びに来たよ〜」
「げ、天元様、不審者が、不審者が!」

天元様のお屋敷のお庭。
今日は天気がいいから、気持ちよくお庭の花たちに水をやっていた時の事。
軽い足音が聞こえるなぁなんて思っていたら、背後から不審者たんぽぽがニヤニヤと破顔した顔で近付いてきた。

不審者たんぽぽ、彼は我妻善逸という鬼殺隊隊士の一人だ。
私は天元様の継子として日々お世話をさせて頂いたり、鍛錬に勤しんでいるが
以前天元様が潜入した吉原にて、彼も一緒の任務についていたのだ。
それから何か接触する機会が増え(天元様が主に彼を弄って遊んでいる)、いつの間にかこうして天元様のお屋敷に顔を出すようになった。
この人も任務があるはずなのに、一週間の内にこう何度も訪ねてくる暇人さんなのだ。

「不審者って酷いなぁ…今日は街で素敵なお花が売ってたから、束にしてもらったんだよ」

そういって彼の背中からひょい、と出てきたのは色とりどりの異国の花。
小さな花束になっていて、見ているこちらが目を奪われるような可愛さだ。

天元様のところへ走って行こうとしていた足を止め、思わず花束を受け取ってしまう。
…かわいい。
こういうお花や可愛いものはとても好きだ。
私が好きなのを分かっていて、彼は良く土産を持ってくる。
まめだと思うと同時に、凄く嬉しいとも思う。

「気に入ってくれた?」
「うん、凄く素敵」
「よかったぁ」

我妻さんの顔を見たら心臓がドキンと跳ねた。
まるで太陽みたいに笑う人だ。
その顔をみているとこちらまでぽかぽか暖かくなるような、そんな人。


「おー、来たか」


ふと視界の隅に見えた大きな身体。
腕を組みながら歩いてくるその人は、宇髄天元様だった。

天元様を視界に捉えた我妻さんはさっきまでの笑顔はどこへやら、キッと目つきを吊り上げ、舌打ちを零した。
それを知りながら天元様はいじめっ子のように口角上げて笑いながら我妻さんに肘鉄を繰り出す。

「毎日毎日、ご苦労なこった」
「うるさいよ! あんたに会いに来てるわけじゃないからな!」

この二人の仲はどうしたらよくなるんだろうか。
基本的には我妻さんが天元様を嫌っているんだけれど。
そんなに嫌いなら天元様のお屋敷に顔を出さなければいいのにとも思う。

でもそれはそれで寂しい、かも。

「お、その花どうしたんだ」

私の手元の花束を見て天元様が首を傾げる。
私は天元様に見えるように花束を持ち上げ「我妻さんがくれました」と言うとまた意味深な目つきで我妻さんを見た。

「なんだよ」
「いやぁ、粋な事するねぇ」
「うるっせえ!」

やっぱり仲が悪い。
私は軽く息を吐いて、お花を水に活けるため小走りでお屋敷の中へ戻った。


◇◇◇


花瓶に飾ったお花を自分の部屋に置いて、にこりと微笑む。
やっぱり可愛い。
継子として生活をしていたら、中々こういう可愛いものは揃えられない。
どの角度から見ても可愛らしい花びらに目を奪われていると、廊下を歩く足音が聞こえた。

「名前ちゃん?」

足音は我妻さんだった。
てっきりあのまま帰ったと思ったのに。
屋敷の中まで入ってくるのは結構珍しいな、と思いながら扉を開ける私。

「どうしたの?」
「…いや、名前ちゃんに話したい事があって」
「何?」
「…え、ここで?」

話があるというから、聞いてあげようと思って尋ねると
我妻さんは少し不服そうだった。
仕方なく中へ誘導すると、我妻さんの表情がまたぱあっと明るくなった。
部屋に入りたかっただけなんじゃ…?

部屋に通すと、私の作業机の上に置かれた花瓶を見て我妻さんが固まった。

「さっき貰ったお花、早速活けたの。かわいいでしょ」

そう言って笑うと我妻さんは私を見て少しだけ頬を赤らめた。

「喜んでもらえたみたいで、よかった」
「うん、すっごく嬉しい。我妻さんって女の子が喜びそうな贈り物、よく知ってるよね」
「それは名前ちゃん相手だから、だよ」

照れたように私から視線を逸らしてぽつりと呟く我妻さん。
ちゃんと聞こえなかったので聞き返したけれど「なんでもない」と言われてしまった。

花瓶のお花を見ながら、我妻さんに座布団を渡した。
その向いに腰を下ろして、私は足を崩す。

「で、話ってなに?」
「えっと、ね」

本題に入ろう。
私に話ってなんだろう。じーっと我妻さんを見つめると、我妻さんはぐっと唇を噛みまた視線を逸らす。
モゴモゴと口を動かすけれど、一向に話す気配のない我妻さんに私は目を細めた。

「あ、もしかして可愛い女の子でも紹介しろって?」
「違うよ! 俺をなんだと思ってるの!?」
「女好き」
「嫁三人もいる奴の方がよっぽど女好きじゃないかな」

私の予想は外れたらしい。
我妻さんの言葉に確かに、と納得してしまった自分を胸の中で笑った。
確かに天元様は女好きだけどね。

「でも、天元様はお嫁さん全員を幸せにしてるよ」

それは本当。
誰一人不幸になんてさせない。
それが宇髄天元という男。

自分を幸せにしてくれる人と一緒になれる事はとても嬉しい事だと思う。
脳裏にお嫁さん三人の顔を思い浮かべながら、私は自然と微笑んでいた。

「私も、そんな人と結婚したいなぁ」

頭の中で考えていた事が漏れてしまった。
まさか口に出したつもりはなかったけれど、気が付いたときには我妻さんが何とも言えない顔でこちらを見ていた。

「あ、ごめん。ただの願望だから気にしないで」
「……名前ちゃんは、好きな奴、いるの?」
「わたし?」

こくりと我妻さんが頷く。
言われて少し考えた。
すぐに思い浮かんだのは目の前のたんぽぽのような人の顔。
……絶対言えない。

ボン、と音を立てるように顔面に熱が集まってくる。
私の反応を見て我妻さんは少し驚いた表情を見せた。

「だ、誰かいるの?」
「我妻さんには言えない」

だって、それは君だから。
とは、口が裂けても言えない。
自分の頬に手を置いて、早く顔の赤みが落ち着くのを待った。
だけど我妻さんは頬にある私の手を急に掴んで、その固い掌でぎゅっと握った。
突然の事に驚きを隠せない私。
握られた手と我妻さんの顔を交互に見て「なにしてるの?」と尋ねた。


「名前ちゃんを好きな気持ちは誰にも負けないから、だから、俺と付き合って、ほ、ほし、い…」


威勢よく発言したはいいが、途中から何を言っているのか理解したらしい。
しゅうん、とまるで袋が萎むように声に張りがなくなり、そして我妻さんの眉が下がってしまった。
私はというと言葉の意味を理解するまで時間が掛かってしまい、思わず口を半開きにして固まってしまった。


「好き?」
「は、はい」
「私を?」
「そうです…」


まるでリンゴのような顔色で、ぷすぷすと頭から湯気を放っている我妻さん。
金色の髪の隙間から見える耳まで真っ赤だ。

それでも私の手はさらに強く握られた。


私はバクバクと鼓動する心臓に戸惑いながら、小さく深呼吸をした。
そして、

我妻さんの柔らかそうな髪に手を伸ばし、そっと頭を撫でた。


「私も、我妻さんが好きだよ」


数秒後、我妻さんはガバっと顔を開けて、私の身体に抱き着いてきた。
私の首元に埋める頭がぐすんぐすんと泣いているのを感じて、優しくその背中に手を回した。



お願い、暫くこのままでいさせて


そっと聞こえた声に応えるようにこくりと頷いた。






「天元様ぁ、こっそり覗くのはどうかと思います」
「うるせぇ、バレたらどうするんだ。静かにしろ」
「善逸くんの耳ならきっと聞こえてるんじゃないかしら」
「でもあの様子だとそれどころじゃないね」


部屋の外の気配を感じるまで、暫く二人で抱き合っていた。








あとがき
星勇さま、二回目のリクエストありがとうございました!
キューピッド宇髄の手によって善逸とヒロインちゃんがくっつくお話でした。
あんまり宇髄氏を暴れさすことができなくて悔しいいいいい!!
背景設定は色々あるんですけれど、なんか収集つかなくなりそうなので、ここいらで止めておきます。
ちょっと善逸のよわっちぃ部分を出したかった、そんなお話です。
こんなものでよければお納めくださいませ〜!

この度はリクエストありがとうございました!



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