そうやって期待させて、酷いひと
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「俺と付き合って下さい!」

道のど真ん中。
私は今、知らない青年に手を握られ、大声で求婚されている。
彼の表情はどこか赤らんでいて、それでいて瞳は真剣そのもの。
対して私の表情はというと、面倒臭い事になったと口元を引き攣りつつ、この場に善逸さんがいなくて良かった、と心の底から安堵していた。


あの後「無理です、間に合ってます、すみません、ごめんなさい、他を当たって下さい」と思いつく限りの拒否の言葉を吐いて、私はなんとか蝶屋敷へ戻る事が出来た。
それでも暫くずーっと私の後をつけてきていて、たまたま道であった任務帰りの伊之助さんに会わなければ、もっと大変な事になっていた事だろう。
そもそも街へ買い物に出かけた先、急に腕を引かれ、振り返った先の出来事なのだ。
勿論相手の青年は知らない顔だし、彼もまた私を知っていた風ではなかった。

「一目惚れなんだ!」

と、鬼気迫る表情をしていた所をみると、そうなのだろう。
いや、迷惑。
普通に迷惑。
一人で出かけたから良かったものの、隣に善逸さんがいれば、きっと青年は半殺しにされていた筈だ。
私には善逸さんという相手がいるのだから、拒否するしかないのだが、それでもしつこく縋りついてきた所は、
何となくだけれど昔の善逸さんに似ているような気がしなくもない。

まあ、私は求婚なんてされたことないんですけど!

昔の一場面を思い出して思わず苛立ってしまう。
今はそんな事が無いとはいえ、あの時は既に善逸さんが好きだった私からすれば、面白い場面ではない。
嫌な事、思い出しちゃった。

私がぷりぷり怒りながら野菜を切り刻む姿を、善逸さんは怪訝そうな顔で覗きに来ていたけれど、私の音を聞いて即座に引き返した。
自分に都合が悪いとすぐこれだ。
余計に苛立って、私はその日、あまり善逸さんと話す事はなかった。


◇◇◇


それが数日前の話。
善逸さんと任務帰りに藤の花の家に寄るため、チュン太郎ちゃんの案内でお家に向かっていた。
なんとなく善逸さんにはこの前の事が言えなくて、私は黙ったままだ。
伊之助さんが善逸さんに何か言っていたみたいだけど、善逸さんもまた私に直接聞いたりしない。

「あ、ここだ」

一つのお家の前に到着した。
門扉には藤の花の家紋があしらわれており、どこからどう見てもここが藤の花のお家だという事が分かる。
善逸さんは私と手を繋いだまま、中へ入って行った。
最近、人前でもずっと手を繋ぐようになった善逸さん。
ちょっとしたことが私を喜ばせている事に気付いていないのだろうか。
…まあ、気付いているか、流石に。
この人は私の事、良く知っているから。

ふふ、と善逸さんの後ろで笑みを浮かべていたその時。


「運命だ!!」


どこかで聞いたような声が前方から聞こえた。
大きな声で発せられたそれに、私は善逸さんの身体の後ろからひょっこり顔を出す。
玄関で待っていた青年、それは先日街で求婚してきたその青年だったのだ。

「うわ」

思わず声が漏れてしまった。
だけどもそれに気付くことなく、青年は私を見て嬉々とした顔をしている。
思いっきり善逸さんをスルーして、玄関へ降り立った青年は善逸さんと繋がれていない方の手をすっと握り、

「鬼狩り様だったのですか! また会えましたね!」

と、嬉しそうに微笑んだ。

青年は藤の花のお家の人だったらしい。
私は握られた手にどうしていいのかわからず、気色悪い顔をしていたと思う。
だけどもそれも一瞬だった。
すぐに善逸さんが私と青年の間に入り、何も言わずに青年を睨みつけた。

「……あ、申し訳御座いません! お部屋に案内致しますね」

なのに彼はケロっとした顔で、私達を奥へと案内し始める。
善逸さんの殺気が伝わらなかったのだろうか。
前を歩く青年は何度か後ろを振り返り、私を見て微笑む。
それを見て、善逸さんがぎゅうっと強く手を握った。

これは、嫌な予感がしなくもない。


「お連れ様はこちらでお休みください、お嬢様はこちらに」
「いや、同じ部屋でいい」


いつの間にかお嬢様などと言われてしまう始末。
しかもそれとなく善逸さんと部屋を分けられようとして、流石に善逸さんが口を開いた。
私にはわかる、善逸さんが物凄く怒っていることが。

「しかし、」
「いいから。この部屋を借りるね」

有無を言わせない善逸さん。
さっさと青年を追い返し、ぴしゃりと部屋の襖を閉じてしまった。
一つの部屋の中、殺気を放つ善逸さんと二人きりにされ、私は背中に変な汗が流れる。


「……俺に何か言う事、ない?」


ピクピクと眉を痙攣させ、善逸さんが不敵な笑みを浮かべて私を見る。
あー…まずい。
これはしくった、と胸の中で呟きながら、どう説明したものかと悩む羽目になった。


◇◇◇


「伊之助が言ってたのって、アレのことね」

あの青年は既に善逸さんからすればアレ扱いになってしまった。
ちっ、と重い舌打ちをして忌々し気に襖を睨みつける善逸さん。
やっぱり伊之助さんが善逸さんに話はしていたようだ。
ただ私は自分の額に流れる気持ち悪い汗を拭う事しかできない。

「何で俺に相談の一つでもしてくれなかったのかなぁ?」

ぐいっと顔を近づけてきて、金色の瞳が私の目を射抜く。
やばい、凄く怒っている、凄く。
語彙力も欠落するくらい、善逸さんの怒りはすさまじい。
こんなことなら、あの日に話を通しておけばよかったかな。

「も、もう二度と会わないと思ってたので…」
「会ったね、二度目ね。どうすんの、アレの音、今にも踊りだしそうなくらい浮かれてるよ」
「……根気強くお断りするしか」
「そうだろうけどね」

そう言って、善逸さんはまた一つ舌打ちを零した。
次の瞬間に襖の向こうから青年の声が聞こえたからだ。

「お客様、夕餉の支度が出来ました」

こちらが返事をする前に、すーっと襖が開かれる。
そしてまたにこにこと笑みを浮かべた青年が私の方に視線を飛ばしてきた。
ははは、と乾いた笑みを貼り付けながら、善逸さんの後ろに隠れるように移動する私。

この人、苦手だ。
なんとなく、そう、なんとなく昔の善逸さんのテンションに似ているから。
断るにも根気がいるのは、そういうこと。

「お嬢様も、どうぞ」

善逸さんの前に夕餉を置いて、そして、その後ろで引き攣っている私の前にすとん、と腰を下ろした青年。
優しい笑みを見せながら、私に手を出してくる。
えーっと、いやぁ…。


「ちょっと」


青年の手はパチン、と弾かれた。
善逸さんが片膝を立てながら、青年の手を叩いたのだ。
青年は少し驚いた表情を見せたけれど、すぐに「お嬢様のものも用意しますね」とまたすぐに引っ込んだ。

善逸さんの向い、とは言えかなり距離を離された場所に私の夕餉が置かれた。
それを見て善逸さんがまた小さく舌打ちをした。

「ではごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

青年は最後に私に小さく手を振って、部屋から出て行った。
なんとまあ、打たれ強い人だろうか。
あれだけ善逸さんの気に気付くことなく、にこにこしていられるなんて。
いや、わざとか?


私は離れた場所に置かれた夕餉を持って、善逸さんの真横に腰を下ろした。
ピキピキと血管浮き出る顔をチラ見して、私はその腕に絡みついた。


「相談しなくて、ごめんなさい。善逸さんが嫌な気持ちになると思ったんです


まあ、嘘ではない。
どちらかと言えば善逸さんの青年に対する暴行を危惧していたのが大きいけれど。
それでも自分以外の人間に求婚される様は、見ていてつらいと思う。
私がそうだったように。

腕の力がすっと抜けて、善逸さんが唇をへの字にして私を見る。
怒っているけれど、さっきよりは落ち着いたみたいだ。
にこ、と笑って善逸さんの頬に触れると、すぐにその手は握られた。

何も言わないで、二人見つめあう。
そうして、ゆっくりと顔が近付いて、

その唇に触れようとした、瞬間。


「お嬢様、よろしいでしょうか!」


先程の青年の声がまた襖の向こうから聞こえた。
近付いていた顔がカチンコチンに固まり、すぐに後ずさりする。
また私たちの言葉を聞く前に青年が襖を開けた。

「お風呂のご説明をするのを忘れておりました、どうぞ」

「ここですればいいじゃん」

廊下の方に手を刺しながら私に来い、と言っている青年。
私たち以外にもお風呂を利用する人が居れば、説明を受ける必要があるだろうけれど。
善逸さんがドスの聞いた声を漏らす。
だけど、青年は聞かなかった振りをして「どうぞ」とまた私を促す。
あー面倒な人。

「ちょっと行ってきます、すぐに戻りますので」
「名前ちゃん、」
「何かあったら、善逸さんにはわかるでしょう?」

そう言ってにこりと微笑むと、流石に善逸さんも口を閉じて険しい顔でこくりと頷いた。
さっと立ち上がり、青年の後ろに付いて行く。
襖を占めて、数歩歩いた時、青年はぽつりと口を開いた。

「素敵なお兄様ですね」
「おに、え?」

青年は善逸さんの事を兄だと思っているようだ。
いや、ありえないでしょ。
どれだけポジティブなの。
もしかして、他人から見ると私と善逸さんって兄妹に見えるのかしら。

うーん、と真剣に悩み始めた時。
前を歩く青年の足が止まった。
そこはお風呂場ではなく、廊下の突き当り。
何故こんなところに、と思っていたら青年がくるりと身体を翻す。

「こうして会えたのも運命です、どうか俺と結婚を前提に付き合って下さい」

ずいずい、とパーソナルスペースを呆気なく崩壊させて、青年は近寄ってきた。
慌てて後ろに下がるも、青年がばっちり私の手を掴むのでそれも叶わない。

真剣な表情の青年に、私はため息を吐いて重い口を開く。


「…以前もお断りしたはずですが」

「でもまた貴女に会えた。これは運命です」


運命、と青年ははっきりと口にする。
それは違う。
これは運命なんかじゃない。

私は、そんな運命を信じる事はない。


「私は、お慕いする人がいます。運命はその人と共にあります」


目線を逸らさず、自分の気持ちを吐露する。
運命、だというのであれば。
私はこの時代にあの人に会うためにやってきた。
それ以外、私は運命を信じない。

私の言葉を聞いて、ショックを受けたような顔をした青年。
どうやら本当に善逸さんと私を兄妹だと勘違いしていたらしい。
都合の良い人だなぁと思った。
昔の善逸さんに似ていると思ったけれど、彼とは全く違う。
誰彼構わず求婚するような人だったけれど、彼は相手の事を尊重していた。
拒否されればそれ以上に付きまとうことは無かったし、相手の事をよく見ている。


「だから、お付き合いする事はできません」


ぴしゃりと言い切る言葉を聞いて、ぐ、っと奥歯を噛んだ青年。
ぐいっと腕を力強く引かれ、私の体勢はスローモーションのようにゆっくり崩れていく。
青年の胸に飛び込む、そう思ったとき。


「おい」


私の身体はお腹に回された手によって、バランスを取り戻した。
私の顔の横にさらりと揺れる金色の髪が見える。

ほうらね、この人は相手の事をよく見ているんです。
見ている、というか、聞いているが正しいか。

突然現れた王子様に私は胸が締め付けられた。


「俺の婚約者に何か用?」


善逸さんの胸の中、耳元で聞こえた言葉に思わず顔を上げた。
え、今、なんて…?

「こ、婚約者? 貴女と、この人が…?」

青年は先程の真剣な表情から顔色を失っていた。
ぎゅうと見せつけるように私を後ろから抱き締める善逸さん。
目線は青年を睨んでいた。

「も、申し訳御座いません、でした…」

なんとかそれだけ口にして、青年はトボトボと廊下を引き返していく。
青年の姿が見えなくなった時、善逸さんが盛大に息を吐いた。

「はぁあああ…ほんと焦るわぁ」
「…ごめんなさい」
「だめ、許さない」

善逸さんは私を抱き締めたまま、唇を尖らせる。
そうして耳元でそっと囁いた。



「婚約者サマ? 俺と閨をご一緒しませんか」



私が答える前に善逸さんは私の唇を奪った。





そうやって期待させて、酷いひと




婚約者なんて。
嘘にしたら許さないんだから。






あとがき
てんさま、二回目のリクエストありがとうございました!
善逸っぽい人に求婚されるというお話でしたが、いかがだったでしょうか。
善逸っぽいひと?これで正解ですか?難しい(´;ω;`)
真剣に書きすぎて長くなってしまいましたね。
ごめんなさい(´;ω;`)ブワッ
こんなものでよければお納めくださいませ!

この度はリクエストありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ