でもまだ、君の事 直視できない
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「おい冨岡ァ、なんだそのシワシワの羽織は」
「……」

久方振りに顔を合わせた元同僚は、俺の姿を見て呆れた声を漏らした。
自分でもよく理解はしている。
あの戦いから早2ヶ月が経とうとしていた。
心の整理もつき始め、犠牲になった同士の墓参りに行けるくらいにはなった。
だが、問題は普段の生活だ。

そういう事に無頓着そうな不死川に指摘されるほど、俺の羽織は確かに綺麗なものでは無い。
片腕で洗濯をしようものなら、どうしても不慣れが生じてその結果こんな有様だ。

「元水柱ともあろう方が情けねぇな。腕の欠損くらいなんて事ねぇだろ?」

ケラケラと笑いながら湧いたのは宇髄だ。
まだお前は良いだろう、家に帰れば世話をしてくれる者がいるのだから。
俺は小さくため息をついた。

「…そのうち慣れる」
「慣れるまで何ヶ月かかんだよ、もう2ヶ月経ってんじゃねーか」
「……」

おかしい。
今日は3人で墓参りに来たはずなのに、何で俺の家事能力についてここまで問われなきゃならない?
宇髄は笑い、不死川は呆れて俺を見る。
その様子に俺は何も言えなくなってしまった、

「なぁ、冨岡。人には向き不向きがあるんだぜ。女中でも雇うか?」
「…ツテがない」
「情けねぇ。常日頃無愛想にしてるからだ」

俺自身は無愛想にしているつもりは無い。
宇髄に心の中で反応しながら、目を細めた。
とは言え、本当に悩んではいる。
自分の生活に困るようでは炭治郎たちに笑われてしまう。
炭治郎に話せば、明るい顔で「じゃあ、一緒に住みませんか?」と言いかねない。
それはそれで困る。

「しゃーねぇ、この宇髄様がひと肌脱いでやるよ」
「断る」
「…お前、本当に嫌な奴だな」

宇髄の言葉に不死川が腕を組んで頷く。

「女中を雇わねェなら、自分でやるしかねぇなァ?どうすんだ冨岡」

ニヤリと口角を上げる不死川。
不死川はそう言えば沢山いる兄弟の長男だったな。
自分の生活能力が元よりあるのか。
こいつら2人にとって俺はさも情けない男に見える事だろう。

「他人を家に入れたくない」
「言ってろ馬鹿。おい宇髄、さっさと紹介しろ」
「仕方ねぇーなぁ」

俺の発言は目の前でなかった事にされ、不死川と宇髄は俺を除け者にしたまま会話を進めていく。
結局ニヤニヤと笑う宇髄により、俺の家に住み込みの女中が来ることになったのである。


ーーーーーーーー


「あの、冨岡様のお宅でしょうか?」
「……あぁ、そうだ」
「私、宇髄様からご紹介を賜りました苗字名前と申します」

数日後、その住み込み女中は俺の家にやってきた。
だが、玄関のドアを開けてすぐに俺は話が違うと思わず口にしたかったが、ぐっと堪えて眉間に皺だけを増やしておいた。
そもそも宇髄から聞いていた女中は、齢もそこそこのお年を召した老女と聞いていた。
それが目の前にいる女性はどう見ても10代後半、もしくは20代前半と言ったところだろう。

俺は宇髄にしてやられたのか。

来て早々に「話が違う、帰れ」とは言えず、渋々屋敷に上げた。
よっこいしょ、と重そうな荷物を肩に乗せていたので、ひょいとそれを受け取った。
少し驚いた顔をしたが、すぐに娘は「ありがとうございます」と微笑む。

客間に通し、取り敢えず俺自身の説明とこの屋敷について話をした。
見ての通り、手が欠損していること、この屋敷には俺以外人間はいない。空いてる部屋は沢山あるから、どこを使ってもいい。
あとは、屋敷のことだけでなく、俺自身の日常の世話も頼む、と。

年頃の娘には気の重い話だったかと思ったが、意外にもケロリとした顔で聞いていた。
そして、一通り説明が終わると「何点かお伺いしても?」と右手を上げる娘。

「何だ?」
「冨岡様のお好きな物と嫌いな物を教えてくださいませ。また、これだけはして欲しくないという世話などもありましたら、それも」
「嫌いな物はない。好きなものは鮭大根だ。…世話に関しては、特に」
「分かりました」

こくりと頷いて娘は笑った。
まるで花が咲いたように笑う娘だと思った。

「私の事は名前と呼んでください。これから、よろしくお願い致します。冨岡様」
「あぁ、よろしく頼む、名前」

娘、名前はよく気が付き、よく働いた。
俺の簡単な説明だけで全てを理解し、先回りし、仕事をこなしていく。
男一人の家に気疲れはしないのかと問うたが、

「そう言うのは年頃の娘に言うものですよ」と軽くあしらわれてしまった。

…年頃の娘に言ったつもりだったが。


気難しい寛三郎と日向ぼっこをしている所を見た。
最初は仲良く話しこんでいたようだが、ぽかぽかと差し込む日差しに眠気が勝ってしまったようだった。
いつの間にか眠ってしまった名前に、そっと近寄り布団をかけてやる。
寛三郎が「ナニ緊張シテイル」と呟いたが、無視した。

初めて見る寝顔に目を奪われた。
こうしてみると睫毛も長く、仄かにいい香りがする。
トクトクと心臓の鼓動が早まった気がした。

それから名前の一挙一動を意識するようになった。
何てことの無い表情や、俺に向ける気遣い。
どれも女中としての仕事の一環である事は重々承知だが、特別に向けられた気持ちがあるのではないかと勘繰ってしまう。
…一体、俺はどうしたんだ。

あまりの事についぞ、炭治郎に手紙まで出してしまう始末だ。
少しして来た返事には「恋をしているんじゃないですか、義勇さん」と書かれていた。
恋、だと…?
俺が、名前に、恋を?

そんな、馬鹿な。

だが、一度認知してしまったら名前の顔を見るだけで、目を逸らしてしまう程に意識してしまっていた。

「冨岡様、どうされました?」
「…いや、なんでもない」

不思議そうに名前は首を傾げたが、言える訳がない。
俺は何度も同じ事を聞かれるたびに「何でもない」と繰り返し答えた。

そんなある日、ずっと伸ばしていた髪を見て名前が言った。

「私の持っている組紐で、結いましょうか?」
「……」

今までは自分で結っていた髪。
だが、利き手が不自由になった今、無造作に下ろしていただけだった。
鬱陶しく感じていた事もあり、少し考えて「頼む」と答えた。


「では、こっちを向いてください」


髪を結ってもらうのに、名前に背中を向けて座っていたら、まさかこっちを向けと言う。
意味が分からないが、言われた通り座り直した。
すると、向かい合った名前が俺の首に手を回したのだ。

「…っ…」
「じっとしてて下さい」

思わず近くなった顔に距離を取ろうとしたが、ぴしゃりと名前に言われてしまう。
真剣な顔で俺の髪を纏める名前。
その顔を見つめていたら、気が付いた時には俺は左手で名前の後頭部に手を回していた。

後頭部の手に力を入れて、抱き寄せた。
そして、その艶やかな唇に吸い付く。

ちゅ、と音を立てて離れる唇。
離れた先にはぽかんとした名前の顔。

しまった。

自分が何をしでかしたのか、一瞬で理解した。
いくら吸い付きたくなるような唇だったからと言って、断りもなしに口付けるなんて言語道断。
俺は慌てて名前から離れた。

「…すまん」

何の反応も示さなくなった名前に、俺は謝罪を残して、その場から立ち去った。


――――――――――


自室に戻り、壁に自分の額をぶつけた。
痛い。夢ではない。
…俺は阿呆か。

好きだとも言ってもいない。
ただ、口づけたかった。

これでは暇を要求されても文句は言えない。
はあ、とため息を零した。
ドキドキよりも罪悪感が強い胸を押さえた。


「冨岡様?」


扉の向こうから小さな声がした。
名前だ。
俺はハッとして唇を噛んだ。

「ここを開けてくれませんか?」
「だ、駄目だ…!」
「開けますね」
「なっ…」

入ろうとするのを慌てて止めたが、何故か名前は問答無用に扉を開けてきた。
俺を見つけるとするすると俺の前に寄ってきて、そして真向かいに腰を下ろした。

「先程の行為について、お伺いしても…?」
「……」

潤んだ瞳で上目遣いに見つめられると、こちらとしては逸らしたくとも逸らせない。
ぐ、と声に詰まっていると追撃が来た。

「冨岡様は私の事、どう思って下さってますか?」
「……」
「だんまりは禁止で御座いますよ」
「…くっ」

先手を打って俺の逃げ道をどんどん無くしていく。
俺はふうと息を吐いて、諦め半分に口を開いた。


「好いている」
「私を…?」


キラキラとした目が俺を見る。
コクリと頷くと、一寸置いて名前の顔がにんまりと微笑んだ。

恥が芽生えたので、フイっと顔を逸らす。
名前は何も言わない。
言いたい事があるなら、はっきり言えばいい。

気味の悪い男だと。
好かれるのも嫌だと。

だが、予想に反して名前はにこりと笑ったまま、俺の左手を両手で包み込んだ。


「冨岡様はとても不愛想ですけれど、私はそういう殿方、嫌いではないです」


そう言って、俺の唇を啄んだ。



でもまだ、君の事 直視できない



「これからは義勇さんとお呼び致しますね」
「あ、あぁ…」

幸せそうに笑う彼女はとても愛らしかった。





あとがき
ゆうみさま、リクエストありがとうございました!
義勇と女中さんのイチャラブでしたが、如何だったでしょうか?
この正面から髪を結う動作、とってもEROティックで好きです。
後半、残念系義勇と化してしまったのが悔やまれます…。
(実は一度ボツにして書き直しております)
出来る事なら、二話に分けて書きたかったボリュームで御座いました。
くぅうう…。もっとじっくりイチャイチャしたかった。
ゆうみさまの脳内で素敵に補完して下さいますようお願い致します。

この度はありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ