酔ったあなたも好きだけど、お酒はハタチになってから
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「ダメです、だって私未成年ですから」

何の気なしに尋ねた結果、あっさり振られてしまった。
その日、特別何かあったわけじゃないけれど、久しぶりに炭治郎や伊之助が居たもんだから、晩酌用に買ってきただけだったんだ。
買いに行くときに名前ちゃんも付いてきたから、「名前ちゃんも飲む?」と気軽に聞いた。
その結果が、冒頭の台詞。
未成年だから何なんだ、と更に問うてみたら、名前ちゃんのいた時代では20歳になるまで酒・たばこは禁止らしい。

「だから、私は飲めません」
「ふーん。残念だなぁ」

そんな会話をしたのが、昼だ。
他の子達も誘ったけれど、結局集まったのは野郎二人と名前ちゃん。
しかも一名は飲まない。
仕方ない、と買ってきた酒を開けて、名前ちゃんお手製のつまみと一緒に頂いた。
伊之助に至っては元々酒が好きなのか、全部飲む勢いでがぶ飲みし始めたので、慌てて炭治郎が止め、その様子をけらけらと笑いながら名前ちゃんが見ている。
俺もちびりちびりと飲みつつ、酒が入った会話を楽しんでいた。

「…あの…善逸さん」
「ん、なに?」

途中から、モジモジしながら俺の羽織の袖を引っ張ってくる名前ちゃん。
俺は畳に手をついた状態で、首だけを名前ちゃんに向けた。
唇を尖らせて「えと…」と俯く姿が可愛い。
酒が入っているから余計にそう思うのだろうか。
…いや、そんな事ないな。

「ちょ、ちょっとだけ…飲んでもイイですか?」

俺たち三人が楽しく飲んでいるのが気になったんだろう。
名前ちゃんの顔を覗き込むようにして「ふーん?」とにやり笑うと、少しだけ顔を赤らめて目を逸らした。

「未成年は飲んじゃいけないんじゃなかったの?」
「…だってここは大正ですから」
「まあ、いいけど。初めてなら少しだけにしておくんだよ」

とっとっと、と酒を少しだけ注いでやった。
真向かいに座っていた伊之助が声を上げる。

「はぁ!?名前、お前それだけしか飲まねーのかよ!」
「…だ、だって…飲んだことないんですもん」
「全然足りねぇよ!!」

伊之助は俺から一升瓶を奪うと、目の前の名前ちゃんのコップにどんどん注いでいく。
それを見て俺がコップを、炭治郎が一升瓶を取り上げた。

「伊之助!いくらなんでも入れすぎだ!」
「ふざけんなよ、お前と一緒にするんじゃないよ!!」
「お前らぬるすぎるぜ!!」

酒の入った伊之助はいつも以上にギャーギャーと喧しい。
炭治郎がはあ、と息を吐いて名前ちゃんに向き直る。

「名前、器の半分の酒を俺によこしてくれ。流石にその量は飲めないだろう」
「…お気遣いありがとうございます、炭治郎さん。入っていても、飲まなければいいだけですから、大丈夫です」
「伊之助に酒が入ると悪ノリが酷いな…」

結局、酒が並々入った状態でゆっくり縁に口を付ける名前ちゃん。
どこかワクワクするような楽し気な音がする。
結構飲みたかったんじゃん、と思ったけれど口にはしなかった。

一口、名前ちゃんがごくりと飲んだ。
縁から口を離して、瞼を数回パチパチさせる。そしてまた一口、ゆっくり、少量ずつ口に含んでいく。
そろりそろりと慎重に飲む姿に思わずくすりと笑みが零れた。

「どう? おいしい?」

俺の言葉に名前ちゃんがうーんと眉間に皺を寄せる。

「飲んだ事のない味がします…」
「そりゃそうでしょ」

如何にも名前ちゃんの言いそうな感想を聞いた所で、俺たちもまた一杯、とおかわりを頂いた。


――――――――――

酒を飲んで結構な時間が経った。
名前ちゃんの作ってくれたつまみが美味しくて、酒も進む。
調子に乗ってそっちに気を取られてて気づくのが遅れてしまった。
俺の隣でふわふわとまるで今にも踊り出しそうな音を立てている名前ちゃんに。

「おい、名前。お前、顔赤くねーか?」

台を挟んで伊之助が覗き込むように名前ちゃんに声を掛けた。
その声で、俺も慌てて名前ちゃんに視線を合わせた。
さっきからなんか静かだと思ったら…!

「えっ、そうですか? 何だか暑いなぁとは思ってましたが」

口から出る言葉はまともだ。
だけど問題はその表情である。
目は潤い、目尻が下がっているし、頬は熟れたリンゴのような色をしていた。
しかも色だけじゃなくていつも以上に頬が緩み切っている。
ああ、まずい。

名前ちゃんの手にあるコップはいつの間にか空だ。

ああ…まずい。

「名前ちゃん、もうそろそろやめよ?」

コップに手を添えて、それを取り上げようとすると、ぷうっと頬を膨らませて抗議する名前ちゃん。
…いや、可愛すぎかよ。

「心配しなくてもこれでもう止めますよ? 今私、良い気分なんです」
「酔ってんだよ、それ」

まるで鼻歌でも歌いそうな顔でふんふんと身体を左右に揺らしている。
本気の本気でまずいかもしれない。

「名前、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。やっぱり炭治郎さんは優しいですね。カナヲちゃんが羨ましい」
「えっ!?」

あまりの様子に炭治郎が心配そうに尋ねた。
それに名前ちゃんがにこにこと返事をしたけれど、その一言で野郎三人の顔が固まる。
俺たちが固まってる事に気付かないで、名前ちゃんは続ける。

「炭治郎さんの良い所はそういう紳士的なところなんですよね。この前だって、カナヲちゃんが私に教えてくれたんですけど…」
「ちょ、ちょちょ…!名前ちゃん?」

何だかこのまま放置するとマズイ気がしたので、止めに入る。
名前ちゃんのお蔭で炭治郎の顔が真っ赤っかなんだよ…。

「何か変だな、お前」
「そうですか? でも伊之助さんもお優しいんですよね、それにイケメンだし。伊之助さんも実は好きな人に尽くすタイプじゃないです?良い人居ないんですか?」
「は?」
「だぁあああっ! 名前ちゃん!?ねえ、何言うの?」

伊之助がぽかんと口を半開きにして名前ちゃんを見る。
それをうっとりと頬に手を立てて「いいなぁ〜伊之助さんと一緒になれる人は〜」とふざけたことを言う名前ちゃん。
その間を割って入るように止める俺。
そんな事伊之助に言うなんて、どうかしてるんじゃないの!?
伊之助もあまりの事に口元引くついてんじゃん!

「良い人って、そりゃ一人の二人くらい居るに決まってんだろ!!」
「えっ、そうなんですか!?誰です、誰です?教えてください〜」
「っざけんな、伊之助。口にしたらぶん殴るからなっ!」
「え〜…いいじゃないですかぁ…」

煽りの乗っかった伊之助に牽制しつつ、横でぶー垂れる名前ちゃんの口元を手で塞いだ。
これ以上何を言われても面倒だ。
特に伊之助に何てこと聞くんだ、この娘は。
はあ、と盛大にため息を吐いた。

名前ちゃんが口元から俺の手を外して、にこりと笑う。


「あ、でも、一番優しいのは善逸さんなんですよ」
「ブフゥッ!」


口に入っていた水分が全て吹き飛んでいった。
思わず名前ちゃんを見ると、穏やかに笑ったまま、伊之助に向かって話し出した。

「この前なんて、鬼から私を守るためにぎゅーって抱き締めてくれたんですよ?そう言う時にカッコイイ事する男子って、良いですよねぇ〜?それから、私の作ったご飯を食べるときに、ちょっと口元が笑ってるんです。なんかこういうのいいなぁって思っちゃって…」
「やめてやめてやめてくださあああい!! それ以上何も言わないで、頼むから…」

完全に表情が凍り付いた伊之助に全く気付かないで、ペラペラとしゃべり続ける名前ちゃん。
流石の俺も伊之助に同情するよ!?伊之助からしたら拷問以外の何物でもないよ?

ナニコレ!?俺は公開惚気を隣で聞く羽目になるとは思ってなかったよ!?
これ以上この娘を野放しにしていたら、夜のことまで口に出しそうだ。

凍り付いた伊之助と何とも言えない顔をした炭治郎に「後は任せた」と言い、
俺は名前ちゃんの口を押さえつつ、小脇に抱えて部屋を飛び出した。

「んん、ん、んん!」
「分かったから!頼むからアイツらの前で何も言わないで!」
「…ふぁい」

そのまま誰もいない縁側へと直行した。


―――――――――――


やっと静かになった名前ちゃんを縁側に座らせ、俺も隣に腰を下ろした。
最悪だ…炭治郎だけでなく伊之助の前であんな醜態を晒されるなんて…。
普段の名前ちゃんからは考えられないくらいの惚気が飛び出してきた。
お蔭で俺の心臓も変な音を立てている。

頭を抱えて蹲ると、頭にぽんぽんと掌が重ねられた。

「可愛い」

酒のせいで顔が赤くて、それでもっていつもよりも素直な名前ちゃんを見ていたら、
何だかどうでも良くなってきた。
伊之助には今度なにか買ってきてやろうかな…。

「可愛いのは、名前ちゃんでしょ」

はあ、とまたため息を零しつつ顔を上げた。

ふふ、と俺を見て更に嬉しそうにする顔に、俺まで笑みが零れた。
心の底から俺が好きだ、って音がする。

「…ねえ、あのさ」
「なんですか?」

潤んだ瞳を見つめる。
あー…もう。わざとだろ、それ。


「この後は期待してもいいわけ?」


言うのがちょっと恥ずかしかったもんで、少し顔を逸らしつつ言った。
俺の頬も赤くなってんだろーなぁ。

名前ちゃんが俺の手に自分の手を絡めてくる。
そして俺の肩に頭を乗せて、


「お好きにどうぞ?」


と、目を細めて笑うのだ。

俺は良く我慢した。
とってもね。
プチンと頭で響いた音を最後に、俺は名前ちゃんの唇を荒々しく奪った。



酔ったあなたも好きだけど、お酒はハタチになってから



まあ、偶になら良いかも。






あとがき
麹さま、リクエストありがとうございました!
善逸さんで夢主or善逸がお酒に酔って甘えた話ということでしたが、
ごめんなさい、かなり調子に乗りました。
途中からとっても楽しくなってきてしまって、下手すりゃR18指定でした。
もっとほのぼのさせるつもりだったのに…!
こんなものでもお納めいただきますと幸いです。

この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ