雨の日だって恋日和
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「名前ちゃん、我妻さんがいらしているよ」
「はーい、すぐに行きます」

私は手元のお皿を流しにおいて、さっさと手の水分を拭う。
甘味処の扉の前には金色の羽織の人影が私に気付き、片手でひらひらと手を振っていた。
奥様はその様子をにこにこと見つめて「楽しんできてね」と一言、残し、私の背中を軽く押す。

「名前ちゃんをお借りします」
「我妻さん、よろしくお願いしますね」

奥様が我妻さんに微笑み、我妻さんもそれに応えるように明るい表情で返事をする。
割烹着を丁寧に畳み、厨房の棚に置くと私は我妻さんの横に並ぶため、小走りで向かう。

「じゃ、行こっか」

我妻さんの優しい瞳に映った自分の顔を見ると、心の底から喜んでいるのがわかった。

先日、私達は恋人同士となった。
私の働く甘味処のお客さんだった我妻さんが、鬼に襲われていた私達をたまたま助けてくれて。
私を好いてくれていると分かって快くお返事をさせて頂いた。

今日は二人で出かける日。
あいにくの雨模様だけれども、我妻さんの傘を持つ手と反対の方の手が差し出され、私の手をきゅっと握った。

「濡れちゃうかな」

不安そうに私を見つめる我妻さんに、私は緩く首を振る。

「それなら、そっちに行ってもいいですか?」

私の言葉に意味が分からないと目をぱちくりさせている我妻さんの脇にそっと近づき、自分の傘を畳んだ。
一つの傘に二つの影。
こうすれば濡れないし、我妻さんとくっついていられる。
ふふ、と笑って我妻さんを見れば、我妻さんの頬はほんのり高揚していた。

「…可愛すぎかよ」

ぽつりと呟いた一言は雨音で聞こえなかった。


◇◇◇


「雨さえ降っていなければ花畑でも行こうと思ってたんだけどね」

我妻さんは雨空を睨みながら、はあ、と小さく息を吐く。
きっと今日のために私が喜びそうなところを探してくれていたんだろうと、脳裏で考えて嬉しくなる。
お付き合いをする前は、我妻さんはちょっと抜けた人、という印象だった。
だけどあの夜。鬼に襲われた私達を助けに来てくれた我妻さんは、今までの印象からは正反対のカッコイイ男の人だった。
あんな怖い思いはもうしたくないけれど、我妻さんのあの姿はまた見てみたいな、なんて考えていたら我妻さんがもう一つ息を吐いた。
よっぽどこの雨が気に入らないらしい。

「私は雨でも我妻さんと一緒に出掛けられて、嬉しいですよ?」
「俺もそうだけど…」

でも、どうせなら晴れていたらよかったのに、と呟く我妻さん。
この時期は雨が多いから仕方がないのだけれど、確かに晴れていたらもっと色んな所に行けただろう。

「雨は、嫌いじゃないです」
「なんで?」

傘の中で首を傾げる我妻さんを見て、頬が緩んでしまう。
ふとした仕草が可愛い人なのだ。

「…人が少ないし、雨以外の音が聞こえないから」
「雨音好き?」
「好きっていうか、今この世界に私と我妻さんだけしか存在しないような、そんな気がしてしまうんです」

そう言って微笑めば、我妻さんの少し驚いた眼と目が合った。
すぐに我妻さんは私の腰に手を回しさらに密着するよう、自身の身体に引き寄せる。

「……名前ちゃんって、詩人みたいだね」

そう言いつつもその頬が赤い事が同じ気持ちである証拠ですよ。

突然、我妻さんが傘を傾けて。
そして、私の顎に手を掛け、我妻さんの顔がゆっくり近づいてくる。
私は自然と瞼を閉じて、唇に落ちた柔らかな感触に身をゆだねる。


「…誰かに見られちゃう…」


唇が離れて、そう零すとにやりと笑う我妻さん。


「だって、今この世界には俺たちしかいないからさ」


ついついオイタが過ぎちゃうんだ。

普段のふにゃふにゃな姿でも、あの夜に見たカッコイイ姿でもない、少し大人な我妻さん。
それを垣間見た私は、一瞬のうちに湯が沸くように頬に熱が籠る。
そんな私を見て我妻さんがくすりと笑う。

「今度、花畑に行こう。名前ちゃんに似合う花冠、作ってあげたいんだ」
「……我妻さんって器用ですね」
「好きな子に俺の作ったものを贈りたいだけだよ」
「もう」

ぷう、と頬を膨らませれば、私の手をするりと我妻さんの手が絡んでくる。
貴方の一動作で私がどれだけ心を乱されるのか、我妻さんは知っているんだろうか。
知っていて行っているとすれば、完全なる確信犯だ。

ちらりと我妻さんを見ると、まだ笑っていた。

「……私も、」
「うん?」
「私も、今度我妻さんに作ってあげたい」

ぎゅっと握った手に力を籠める。


「わ、私のお味噌汁、飲んで欲しい」


口にして数秒。
何の反応も示さない我妻さんが心配になって顔を覗き込もうとすると、我妻さんはりんごみたいに顔を赤くして固まっていた。

「そそそ、そ、それって、それって…俺と結婚してくれる、って事!?」

ぱたり、と我妻さんが持っていた傘が落ちて。
私の肩には我妻さんの手があった。
あらあら、これじゃあ二人とも濡れちゃう。

でも、まぁ。


「先に結婚を前提にって言ったのは我妻さんですよ?」


同じような顔をして笑えば、雨でもきっと悪くない。




雨の日だって恋日和




雨が晴れれば、そこには愛が。







あとがき
柚月さま、二回目のリクエストありがとうございました!
「嘘はつかない、やるときはやる男」の続きということで、
ずーっとずーっとイチャイチャしているお話を書かせて頂きました。
最初からずーっとらぶらぶ。
このお話を書くにあたって、「嘘はつかない、やるときはやる男」を読み直しましたが、
胸が痛い。
昔の文章を見ていたら禿げそう。
でも元々、「嘘はつかない、やるときはやる男」自体は本来の善逸らしさが出ていて
私は好きなお話。文章だけがあれなだけなんです、あれなだけ…(´;ω;`)
こんなものでよければお納めくださいませ!

この度は誠にありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ