可愛くみせたいのは
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「あら、いらっしゃいお嫁ちゃん」
「お邪魔します」

その日、私は怒っていた。
プンプン沸き起こる気持ちが全然落ち着かなくて、怒りのまま蝶屋敷を飛び出した私はそのまま見覚えのあるお屋敷の玄関にいた。
ぷうっと頬を膨らませた私を見て、なんとなく状況を察した雛鶴さんが息を吐いて「どうぞ」と中へ案内してくれる。

私は怒っていた。
ただ私は可愛い服を着たいと言ってみただけなのだ。
前教えてくれた、縫製部隊の前田さんにもう一度、習ってみたいと。
それを瞬殺で「絶対ダメ」と言ってのけたのが善逸さん。
だから、私は怒った。
何でどうしてそんなことを言うんだと。
善逸さんは眉間に皺を寄せて「無理なものは無理」と一瞬の隙も許さない拒否。

そうして二人いつの間にか白熱してしまい、最終的には「もういいです!」と私が叫んで蝶屋敷を飛び出し、宇髄さんのお家にやって来た。
今回に関しては私は悪くない。
だって善逸さんが理由もなしにダメだと言ったから。
理由くらい教えてくれてもいいのに、ただただ首を横に振って偶に唇を尖らせて。

私だって、善逸さんの前で可愛い服を着たいのに。

そう言うと「この前着てたじゃん」と言われてしまうが、あれだけでは私の欲望は満たされない。
いつだって善逸さんの前では可愛くいたいのだ。

「どう思いますか、お三方」

正座の膝に固く拳を作って、今までのいきさつを説明すると、宇髄さんのお嫁さん、お三方は「うーん」と口を閉じた。
一番最初に声を上げたのは須磨さんだ。

「善逸くんが悪い!」
「ですよね」
「ちょ、須磨。あんた何にも考えずに発言したでしょ」

須磨さんの一言をコクコクと頷き同意すると、すぐにまきをさんが止めに入る。
ええ〜でも〜と須磨さんが口をあひるのように尖らせる。

「善逸くんの気持ちも分かるのよ、だってあの前田でしょ」
「ご存じですか、雛鶴さん」
「悪い方で有名だからね」

腕を組んで目尻を下げる雛鶴さん。
前田さんってそんなに有名な人だったんだ。
確かに隊服を作っている人って限られているし、結構変な人だったし。
でも、前田さんの作ってくれた洋服は、ちょっとアレな感じだったけど、可愛かったんだもん。
私だって(あんなに露出はなくてもいいけど)可愛い服を作ってみたい。

「可愛い恰好だけなら、洋服だけじゃなくて色々あるんじゃないかしら」

何かを思い出したように雛鶴さんは呟く。
まきをさんがにやりと口角を上げる。
須磨さんと私だけが状況を理解できていないため、二人で首を傾げた。


「私たちの本業の一つね」


そう言って、雛鶴さんが笑った。



◇◇◇


「あの、あのー…」
「お嫁ちゃん、動かないで。紅がついちゃうわ」
「こっちはもう終わるよ」
「ねえねえ!お嫁ちゃん、こっちの着物はどうかなー!!天元さまの趣味だけど」

私の顔の前に真剣な顔をした雛鶴さん。
そして、私の髪を優しく結うまきをさん。
部屋を飛び出して行った須磨さんが手に数着の着物を携え戻ってきた。

一体、これは…?

少しでも動く事を許されない私は、そのまま黙ったまま静かに固まった。
三人がただただ真剣に私の身なりを整えてくれているのだ。

「何も洋服で着飾らなくたって、可愛くできるのよ。私達、それで食っていってるんだから」

私の唇に優しく紅を落として、にこりと微笑む雛鶴さん。
確かに宇髄さんと同じように忍者である彼女たちは、吉原をはじめ色々な場所に潜入していたことだろう。
その場所にあった身なりに変身し、しばらく潜伏する。
彼女たちの腕は確かにその辺のスタイリストさんよりも、技術は上だろう。

「よし、髪はこれでいいかな? ちょっと失礼するよ」

雛鶴さんと私の間に手鏡を差し出すまきをさん。
鏡の中の私は、雛鶴さんの手により、可愛く化粧が施されていた。
それから、まきをさんによって髪も可愛くなっていた。
両サイドのおさげをクロスし、そのまま頭の上に巻かれていた。
これを「外巻き」というそうだ。

「…可愛い」
「だろ?」

鏡の向こうで笑うまきをさん。
そして、手鏡を仕舞い、最後のお化粧を済ませると、雛鶴さんの方も無事完了した。

「さあーて、どの着物にしましょうかねぇ〜!」

バッサバッサと数々の二尺着物と袴を並べていく須磨さん。
どれもこれも私の見た事がない可愛らしい着物たちばかりだ。
その中で、一つ気になる着物を見つけ、私は「あ、」と口を開く。

「あ、それにしますか〜! やっぱりねぇ。善逸くん喜びますよぉ〜」

ニヤニヤと茶化すように笑う須磨さんに私は思わず恥ずかしくなったけれど、それ以外選ぶ気にはなれなかった。
二尺着物は薄い茶色の大きめの梅の花が誂えられたもの。
そして袴は曇りのない綺麗な黄色。

「善逸くん、愛されているわねえ」
「きっと気に入ってくれるよ」

ニコニコと雛鶴さん、まきをさんも続く。
少し時間を頂いて、私はその着物に袖を通す事となった。



「あぁ? なんだお前、来てたのか」
「……はい」

全ての準備が終わったころ。
家を留守にしていた宇髄さんが帰ってきた。
客間から顔を出した私をふーんと見下ろすと、ちらりと振り返る。

「だから、急に家に寄るって言ってきたわけだ」
「…え?」

宇髄さんの視線の先、玄関に上がったその人影は、私を見つけると少し気まずそうに視線を逸らした。

「善逸、さん」

顔だけ出していたところ、善逸さんの姿を見てしまったのでそのまま飛び出した。
すると善逸さんが私の恰好を見て、カチコチに固まってしまう。
その視線だけは上から下まで舐めるように見つめて。
宇髄さんは首を傾げていたけれど、お嫁さんお三方に背中を押され、そそくさと奥の部屋へ消えていく。


「あの、善逸さん」


何も喋らない善逸さんに私は戸惑いながら口を開く。
何か言って欲しい。
折角、折角。
お嫁さんたちに可愛くしてもらったのだ。
他の誰でもない、善逸さんのために。

「か、可愛くないですか」

とことこ、と善逸さんの前に近付いて、その袖を引いた。
これで可愛くない、と言われてしまえば、余裕で傷つく。
ドキドキしながら、言葉を待つ。


「…わけない」
「え?」

「可愛くないわけ、ない」

その声はすーっと私の耳に届いた。
腰に手が回り、軽く抱き寄せられる。
そして、耳元で囁かれる声。

「俺の、色だ」

どこか嬉しそうな声。
それを聞いて私は頬が緩む。

さっきまでしょうもないことで喧嘩していたのに。
たったこれだけで私の機嫌は直ってしまう。
ああもう。


可愛く見せたいのは


貴方、だから。




あとがき
香澄さま、二回目のリクエストありがとうございました!
ひゃー!!
このお話書くにあたって、大正時代に流行った髪型探しまくりました。
くっそかわええ。なんだこの時代。最高か?
ということで、お時間あれば外巻きの髪型見てやってください。
普通に今風アレンジです。
着物を探すのもとても楽しかったです…誰だよこのコーデ考えた人。天才か。
というこで、こんなものでよければお納めくださいませ〜。

この度は誠にありがとうございました!


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