所有物というやつです
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「縁日って、いつの時代も心躍りますね」
「…うん、そんな音がしてるよ」

近くの街で縁日が開かれている、と教えてくれたのは先日お世話になった藤の花の家の人だ。
それを聞いて私が喜んだのを善逸さんが気づかないはずがない。
任務の帰りに寄ってあげるよ、と言ってくれたので頬を綻ばせて私は善逸さんの腕に抱きついたのだった。

そうしてやってきた縁日。
私は目の前に広がる屋台の数々に目を奪われた。
おでんや焼き鳥、うどん等といった定番な屋台もあれば、目の前で作ってくれる飴細工に、着物や万年筆なんかも売り出されていた。
どれもこれも普通のお店で見るよりも魅力的に見えるのは、縁日マジックが働いているからだろうか。
人の往来もさることながら独特な雰囲気に飲まれるように一歩前に出る。
すると、私の着物の袖を掴む善逸さん。
その口は「興奮して一人で先に行かないの」と軽く窘めている。

「だって、縁日ですよ!?」
「見ればわかるって。そんなに急がなくても屋台は逃げないよ」
「そんなことわかってます!」

縁日を見て興奮しない人間なんているんだろうか、と思ったら目の前にいた。
煩わしそうに片耳を抑えて「…るせ」と呟く姿に、私は一瞬で顔色を変えた。

「…あ、ごめんなさい」
「なにが?」

突然の謝罪に意味が分からない、と言った表情で私の顔を覗き込む。
きっと私はバツが悪そうな顔をしているに違いない。

「……善逸さんは、静かなところの方がよかったですよね」
「何を今更。毎日伊之助の叫び声を聞いているとこっちの方がいくらか大人しいものだよ」

はあ、と息を吐きながら善逸さんが私の手を引いて歩いていく。
人並をかき分けて、それでいて私から離れないようにしっかりと。
繋がれた手を見つめて私はくすりと笑みを零した。

善逸さんと色々なお店を回り、見慣れない売り物をのぞいたり、食べ物を食べ歩く。
何故か現代でデートしているような感覚になりながら、私は幸せな時間を過ごした。

結構な時間、そうやって過ごして善逸さんが「休憩しようか」と言ってくれたので、人通りの少なそうな場所を探し、そこに腰を下ろすことにした。
見つけた場所は少し丘になっているところ。
縁日の場所が上から見えて、夜空の星までばっちり眺められる、現代でいうデートスポットのような場所だ。
ベンチのような気の利いたものはなかったから、大き目の岩に腰を下ろして、上から見える縁日の様子を眺めていた。
手には先ほどゲットした風車を持って。
心地よい風が私たちの間を流れ、風車も一緒になって回転する。

「素敵ですね」

風車に視線を飛ばしながら、善逸さんに話しかける。
私のわがままでここに連れてきてもらったけれど、本当に楽しかった。
命の危険を感じる毎日だけど、こうした日があっても許されるだろう。

「楽しかった?」
「ええ、とっても」

善逸さんが尋ねる。
私の音が聞こえるのに、なんでそんなことを聞くんだろうと、首を傾けた。
善逸さんははっとして、少し言いづらそうに口を開く。

「……本当は、もっといい日にするつもりだったんだ」

私はその言葉に頭の上にさらに疑問符を並べる。
口を挟もうとしたけれど、善逸さんがそのまま続けた。

「任務さえ入らなかったら、いろんなところに連れて行って、おいしいものを食べて。特別な日にしたかったんだ」
「なぜ?」
「何故って…今日、何の日か覚えてないの?」

うん?と思考を巡らせた。

……あ。

善逸さんが言う、今日。
それは私の誕生日だ。
自分の誕生日なんて本当に頭になかった。
この時代に飛ばされた最初の年は、悲しかった記憶はあるけれど、忙しい毎日で忘れていた。
毎年善逸さんは何かとこの日をお祝いしてくれてはいたけれど。

「よく覚えていますね、そんなこと」
「忘れるわけないでしょ。名前ちゃんが初めて俺の前で泣いた日だよ」

驚いて声を上げると、善逸さんがさも当たり前のように呟く。
泣いた日で覚えられているのは少し気持ち的に微妙だけれど、
お誕生日を覚えてもらえている事実は、私にとってすごくうれしい。


「善逸さんが、隣にいてくれるなら、いつだって素敵な日なんですけど」


大きな声で言うのは少し恥ずかしい。
だから、隣の人に聞こえる程度のボリュームでそう呟くと、善逸さんが一瞬ぽかんとしたのち、ぽりぽりと頬を指でかいた。

「あー…あとね、流石にこれだけじゃなんだと思って、さっき買ったんだけど」

手を出して、と言われ、私の掌の上にぽんと置かれる、小さな小瓶。
シンプルな形のそれは中に液体が入っているようだ。

「これは…?」
「…蓋を開けて遠目から匂ってみて」
「匂い?」

言われた通り、小瓶の蓋を開けて顔から少し遠ざけて嗅いでみる。
鼻を掠める、優しい香り。

「香水?」
「香り水っていうらしいよ。藤の花の匂いらしいから、鬼除けにもなるかもしれないし」

どう、かな。

心配そうに眼を細める善逸さん。
私が何というか気になるみたいだ。
音を聞けばどう思っているのかわかるはずなのに、その様子が可愛らしくて口元が緩む。

「善逸さんが匂いのものを下さるなんて、珍しいですね?」
「……俺は炭治郎みたいに鼻が利かないから、せめてよく分かりそうな匂いをつけてくれると、音だけじゃなくて匂いでも名前ちゃんを見つけられるかなって」
「へぇ、まぁ、ほう?」
「何」

ふふふ、と笑みを見せながら、善逸さんの方へ少し近づいた。
善逸さんは嫌がることなく、私の肩を手で寄せた。

「いや、だった?」

嫌なわけない。
当たり前だ。
でも、わがままを言わせてもらえるなら、


「最高の贈り物ですよ。……本音は藤の花よりも、善逸さんの匂いの方を所望したいところですが」


ちゅ、とその薄い唇に自身のものを寄せると、ほのかに赤いお顔がそこにあった。


顔の赤い善逸さんがぶっきらぼうに「少しでも俺の物ってわかるようにしたい、し」と言った一言。
一生忘れませんからね?






あとがき
てんさま、三回目のリクエストありがとうございました!
善逸さんでヒロインちゃんのお誕生日のお話でしたー!
色々考えあぐねて、もっと寂しい感じになりそうだったのを、無理やり軌道修正しました。
せっかくのお誕生日なのに!
そして、今気づきました、善逸におめでとうと言わせてないことに。
……すみません、てんさまの脳内で適当に補完してくださいませ。。。

この度はありがとうございました!


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色いろ