彼はきっとその意味に気づく
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「旦那様に会う前の善逸さんは、何をしていたんですか?」

善逸さんの饅頭を掴んだ手が止まる。
今、まさに口にその白い大きな饅頭を頬張ろうと開けた中途半端な口元。
ただ視線だけは私の方をみて、ぽかんと情けない顔である。

まさかそんな驚かれるような事を聞いたつもりはなかったのだけど。

善逸さんがしゃべりだすまで私も黙って饅頭を食べることにした。


先ほどまで私たちの間には炭治郎さんと伊之助さんが一緒になって座っていた。
だけれども、休息日だからと気を使ってくれたのだろうか。
炭治郎さんが伊之助さんを引いて、部屋を飛び出してからもう30分は経った。
一向に戻ってくる気配のない二人をただ待つのも退屈なので、一時の話題になればと思って口を開いた。
あの喧しい善逸さんがただ黙って瞼をぱちぱちしている姿は、先に述べたようにかなり間抜けだ。
たまにドタドタとアオイさんか誰かが廊下を走る足音を聞きながら、私はお茶を一口。
いつまで経っても口を開こうとしない善逸さんに呆れつつ、とうとう私は我慢が出来ずに喋りだしてしまった。

「女の子のお尻を追いかけてたことだけは分かりますよ」

そう言って目を細めると、やっと善逸さんは僅かに身体をびくりと動かした。
分かりやすい人だ、と心の中で呟きながら、もう一口お茶をいただく。

「そんなこと……ない」
「本当ですか? 女性に騙され借金負わされて、旦那様に払ってもらったんじゃありませんでしたっけ?」
「……誰から聞いたの、それ」
「勿論、旦那様ですけど」

ぽろりと善逸さんの手から饅頭が零れ落ちる。
寸前のところで、私はそれをキャッチし、何事もなかったように「はい」と善逸さんに手渡した。
善逸さんは口をモゴモゴさせ、バツの悪そうな顔で受け取ると、小さく息を吐く。

「面白いことなんて一つもないよ?」
「そういうのも知りたいと思う乙女心を理解してください」
「……まあ、分からなくはないよ。でも俺だけが言うのも嫌だから、名前ちゃんも教えてよ」
「いいでしょう」

善逸さんだけが過去の事を暴露するのは、さすがに可哀想だ。
勿論私も言うつもりではあったけれども。
ここまで言えば善逸さんも言うしかないと思ったのか、口を潤すためにお茶を一気飲み。
そこまでして口にしたくないのかと、一瞬げんなりした。
善逸さんは私のその表情に気づいていたけれど、それでも分かってよ、と言いたげにごくりと喉を鳴らす。

「……手ぬぐいを、」
「手ぬぐい?」
「手ぬぐいを拾ってもらったんだ」
「……誰に?」

善逸さんはとても言いづらそうに「女の子」と小さい小さい声で呟いた。
いや、そんなことは分かっているんですってば。
思わず声が荒く出てしまったのも仕方ないと思う。しばらく変な空気が流れて、やっと私は気づいた。

「え、もしかして、それで惚れたんですか?」
「……やめて。そんな心底不思議そうに俺を見るのをやめて」

とうとう恥ずかしくなったのか、善逸さんは自分の顔を両手で覆う。
手の隙間と耳が真っ赤に染まっているのを見て、相当恥ずかしい事なんだと理解した。

「……そう言えば、前に道歩いていた女の子に求婚してましたね」
「そんな目で見ないで」

そんな目、と言われるほど酷い視線を送ったつもりはなかったけれど。
どうやら無意識にゴミを見るような目で見ていたらしい。
まあ、仕方ないね。あの光景は私にとっても忘れ難い非常に不愉快な光景だったから。
それにしても。

「いくらなんでも手ぬぐいを拾ってくれたからって、それで惚れるなんて、いったいどんな思考しているのか全くもって理解できないですね」
「だから、追い打ちかけないで」
「よっぽど可愛い女の子だったんでしょうね? ね?」
「……イヤァ…」
「善逸さん、私の目を見て言って下さい」

予想できた展開ではあった。
いくら過去とはいえ、恋人の恋愛の話を聞いて穏やかにいれるはずがないのだ。
私と出会う前と分かっていても、それでもその瞳に私以外の女の子を映していたなんて。
まるで自分が物凄く我儘になったようだ。
……善逸さんの事に関しては、私も自分を見失いがちになるんだよね。
そこは反省しなければいけないけれど。

「好きだったんですか?」

自分で言ってて悲しくなる。
思わず善逸さんの頬に手を伸ばしてしまった私を、善逸さんは避けることなくその手の上から自分のものを重ねた。
善逸さんの口から紡がれる言葉を聞きたくない。


「……今ならわかるんだけど」


善逸さんはじっと私の瞳を見つめる。
あ、その顔好きだなぁ。
弱弱しい表情から一変、真面目に言葉を紡ごうとする、その顔が。


「俺が好きだったのは、俺の想像上のその子だったんだよ」

「……どういう意味です?」


善逸さんはぽりぽりと後頭部を掻く。
ちょっとだけ言葉を考えている気がした。
私にも分かりやすく、真剣に伝えようとしている。
そんな姿を見てどきんと小さく胸が跳ねる。

「俺が勝手に幻想を抱いていたっていうか。女の子からしたら迷惑だったと思うよ? すぐに見抜かれてフラれてばっかだったし」
「…うん?」

ダメだ、やっぱりわからない。
善逸さんは耳がいい人なんだし、幻想抱くことなく、その人のひととなりがすぐにわかるんじゃないか、って。
私が首を傾げたのを見て、善逸さんは苦笑いを零す。

「きっと俺の事を好きになってくれるし、俺の事を大切に思ってくれるっていう、俺の願望も交じってた」
「そんなの皆そうじゃないですか?」
「……俺のは度が過ぎてた」

ずっと独りだったからさ。

そう呟かれて。
私はびくりと身体が揺れた。

「友達だっていなかった…し。…あ、でも一応連れはいたか。ソイツにもバカにされてたっけ」
「そんなの友達なんかじゃないですよ」
「だから、ただの連れ」

すう、と息をゆっくり吸う。


「俺の傍に居てくれるなら、誰でもよかったんだ」


呟かれた言葉は、哀しみを孕んでいて。
思わず目を逸らすことが出来なかった。
言うつもりなんてなかったのに、自然と口も開いていた。


「私、も?」


そんなことないと分かっているのに。
善逸さんは少し驚いた顔で私を見て、そしてはっきりと、少し怒ったような声色で。

「違う。名前だから、傍に居てほしいんだよ」

と、言い放った。

それを聞いて、私の胸の中にあった嫉妬の炎が少しずつ消火されていく。
……ひどい事言ってごめんなさい。
きっと聞こえているだろう、善逸さんのために胸の中でそっと呟いた。


「……辛気臭い話はここまでにしない? 次は名前ちゃんの番」


パっと善逸さんが私の手を離して、そしてまたお茶を一口啜った。
辛気臭い話なんかじゃないです、と呟きつつも私は善逸さんの隣に寄った。

「私のはとっておきですよ」

くすりと笑みを見せつつ、善逸さんの肩に自分の頭を預けた。
善逸さんは「うげぇ」と若干嫌そうな顔をした。私はそれを満足そうに見て、ゆっくり瞼を閉じた。


「夢の中の王子様と恋人になったんですから」


数秒後にはきっとこの意味を理解してくれると信じて。



彼はきっとその意味に気づく



私って、とっても一途でしょう?

そう言うと彼は不器用に抱きしめてくれた。






あとがき
てんさま、リクエストありがとうございました!!!
善逸さんで過去の恋愛に激おこという事でしたけれど…
激おこどこに行った…ごめんなさい、迷子。
ちなみに分かりづらい感じで、新婚さんのこの先の展開のフラグも残しておきますね(てへ)
そのうち出てくると思います、そのうち。
このようなものでよければ、お収めください〜!

この度はありがとうございました!!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ