とてもじゃないが、正視できない
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「お勤めですか…」
「そうなんです、ダメでしょうか?」

顎に手を当てて、何か考え込むように瞼を閉じたしのぶさん。
突拍子もないことを言っているのは重々承知なのだけれども、やっぱり思いつくのはそれしかなくて。
でもしのぶさんの許可を得ないで行動に移すことはもちろん出来ないので、こうして直談判しにやってきた。
善逸さんには内緒で。

「そうですね」

ふふ、としのぶさんの口元が緩く微笑む。
私はドキドキしながら、しのぶさんの返事を待つ。

「短期間と言うことであれば善逸くんにもバレないでしょうし、名前さんの負担になるほど働く予定ではないのでしょう?」
「勿論、お屋敷でのお仕事に支障がない程度にさせて頂きます」
「まあ、屋敷の中はどうとでもなりますから」
「では…」
「ええ、許可します」

にこりと笑うしのぶさんに私は頭を下げてお礼を言う。
良かった、これで心置きなく外に出ることが出来る。
計画を実行するためには必要なことなので。


◇◇◇


しのぶさんに許可を頂いただけでなく、しのぶさんはそのまま適当な奉公先を見繕ってくれた。
知り合いのお団子屋さんということで、こちらの事情もある程度分かっているし、融通も利かせてくれるというのだ。
何から何までお世話になって申し訳ないと思いつつも、有難すぎて涙が出る。
勿論、断る理由はないのでその日から私は、お団子屋さんへ足を運ぶようになった。

……善逸さんには内緒で。

これはトップシークレットだ。
今のところ、炭治郎さんや伊之助さんにも言っていない。
彼らに言うとすぐに善逸さんに伝わる気がするからだ。
(特に炭治郎さんは嘘がつけないから、すぐにばれてしまうだろう)

ふと、思っただけ。

いつも私を命がけで守ってくれるあの人に、私は何を返すことができるだろうか、と。
ただ当たり前に守ってもらうのに慣れ始めている。
私が善逸さんを守る場面なんて、そうそうあるわけでもないし、役にも立たないことは分かっている。
だからこそ、何か贈り物の一つでもあげたいな、って思ったのだ。

ただ、私の手元にあるお金では色々心許ない。
藤乃さんに連絡すれば、昔のお給金を送ってくれるかもしれないけれど、それは藤乃さんの方で私の着物を買ってくれるお金として渡しているものだ。
やっぱり働きに出るしかないだろう、ということで、先日からお団子屋さんの看板娘として働かせてもらっている。
勿論善逸さんには内緒なので、三人が鍛錬に出ている間に短時間、働きに出ることにした。
ただでさえ、耳がいい善逸さんにばれないよう、細心の注意を払いながら。

「名前から、お団子のいい匂いがするな」

ある時、炭治郎さんに廊下ですれ違ったときにそう言われた。
言われた瞬間に背中に変な汗が流れ始めたので、慌てて私は「そ、そうですか?」と取り繕う。
でも鼻のいい炭治郎さんにはもろバレだったようで

「何かあったのか?」

と、心配そうな顔で言われてしまったら、もう嘘なんてつけるはずもなかった。
ついたところで、きっとすぐにばれていただろうし。

「善逸さんには内緒にしていてくださいね」

そう前置きをして、一通りお話すると炭治郎さんは嬉しそうに微笑んだ。

「そうか! 善逸のために。わかった、口が裂けても言わないよ」
「……無理はしないでくださいね」

だって、炭治郎さんの嘘つくときの顔って、変顔も変顔。
きっと善逸さんだって余計怪しむだろうから。

あれから何日も経って。
貯金額が目標金額へ到達したとき、私はやっとお団子の店主さんに暇を出してもらえるように取り計らってもらった。
短時間しか働かなかったのに「名前ちゃん目当ての客も増えたから」と言って、少しお給金を増やしてくれたのが凄く有難い。
お世辞と分かっていても嬉しかった。
と言うわけで、本日がお勤め最終日である。
今日一日何事もなく過ごせれば、明日には街へ出て善逸さんへの贈り物を買いに行こう。
そう意気込んでいたのだ。

ついさっきまでは。


「……何してんの?」

私はお盆を持った手で顔面を隠そうとしたけれども、時すでに遅し。
何だか喧しい御一行が店の前を通ったなぁ、なんて思ったその時だった。
一度、その御一行は店を通り過ぎた。
だけど、すぐに引き返してきて店の暖簾を潜ると、お客さんのお皿を片付けていた私を見て、ドスのきいた一言を放つ。
その人は見慣れた金髪と羽織を靡かせ、その後ろでは慌てて止めようとしていたのか、見慣れた額に傷の市松模様の羽織を纏った炭治郎さんが、金色の羽織を掴んでいた。

「イラッシャイマセ」

まさかこのタイミングで見つかるとは思っていなかった。
ので、私は他人の空似ですよ〜と言った顔でにこにこ微笑んでみたけれど、私の音をよく知る善逸さんにはまず通じなかった。
当たり前だ。

あちゃーと言う顔で炭治郎さんが頭を抱える。
炭治郎さんの後ろでひょっこり顔を出した猪頭は「名前、こんなとこで何してんだ?」と首を傾げている。

「イラッシャイマセ」
「……ふざけてんの?」
「いえ、そんなことは」
「こんなところで何をしてるの、って聞いてるんだけど」

しかも俺に内緒で。と最後に一文が追加される。
その表情は少し怒っているように見えた。
もうこの状態で白をきるのは無理だろう。
私は諦めて「……説明しますので、怒らないでください」と言うのが精いっぱいだった。


◇◇◇


店主さんに何とか休憩を貰って、店の外で待っていたお三方の前にやってきた私。
善逸さんはさっきから変わらず腕を組み、険しい表情のままだ。
炭治郎さんは私に視線を飛ばしていたが、その目は「すまん」と必死に訴えていた。
伊之助さんだけが、ずーっと変わらず首を傾げるばかり。

「で? 説明してもらおうか」

声色は不機嫌なままだった。
何か誤解をしているのかもしれないけれど、少なくとも怒っている内容としては、私が黙って外に働きに出ていた事だろう。
それについては素直に謝罪することにする。

「善逸さんに黙っていてごめんなさい」
「うん、それはそうなんだけど、なんで? 欲しいものがあった? だったら、俺に相談の一つあってもいいんじゃないの? 名前ちゃんの欲しいものすら買えないくらい甲斐性無しのつもりはないんだけど?」

頭の上から降ってくる言葉に、シュンとなってしまう。
善逸さんの怒る意味は分かる。
少なくとも、自分に内緒で外に働きに出るほど、生活に困っているなら、相談しろ、と。
確かに欲しいものはあった。
だけどそれを善逸さんが働いたお金で買うのはダメなのだ、私が、そうしたかった。

「善逸、名前は…」
「炭治郎は黙ってて」

いい加減黙って聞いている事が出来なくなったのだろう。
炭治郎さんが善逸さんの肩を掴んで、説明しようとしたけれど、善逸さんがそれを一蹴する。
ああ、凄くお怒りだ。

流石に炭治郎さんにまで嫌な気持ちにさせたくないので、私は重い口を開いた。


「私が欲しかったのは、善逸さんへの贈り物です。私の稼いだお金で贈りたかっただけです」


言っていて少しだけ悲しくなった。
本当なら、この計画が上手くいっていれば。
明日には善逸さんの事を考えて買ったプレゼントを、そのまま善逸さんに贈れたのに。
嘘をついていたわけではないけれど、善逸さんに内緒に事を運ぼうとしたのが悪かったのかもしれない。
私ははあ、と小さく溜息を吐いて上目遣いで善逸さんを見た。

善逸さんは、ぽかんと口を開けて驚いていた。

「俺の、ため?」
「ええ」
「何で?」
「何でと言われても、贈りたかったから、そうしただけです」

ぱちぱちと数回瞬きをした善逸さんは、そのぽかん顔のまま私の背中に手を回す。
そして、ばふんという擬音とともに、私は善逸さんに抱きしめられていた。

「オイ紋逸!! 何してっ!」
「伊之助、いいから、あっちで待って居よう」

視界の隅に暴れる伊之助さんが見えたけれど、それを軽くあしらって炭治郎さんが伊之助さんを羽交い絞めにする。
私もまさか炭治郎さんたちの前で抱きしめられると思っていなかったので、恥ずかしさで身じろいだけれど、びくともしない。
数回捩ってそれでも開放されなかったので、諦めて大人しく腕の中に納まることにした。

だって、僅かに聞こえる善逸さんの心音が、凄く加速していることに気づいたから。



とてもじゃないが、正視できない




「ねえ、善逸さん。お顔見せてください」
「い、嫌だ…!」

どれだけ顔を逸らそうと、その真っ赤な耳は隠せていませんよ。






あとがき
てんさま、リクエストありがとうございました!
ひゃー!このシチュとってもおいしい話でしたねぇ〜(*'ω'*)
恥ずかしがる善逸が書けて嬉しかった…!よかった!
この後を少し書いておりましたが、普通にえっちぃ話になりそうだったので、ぶつ切りです。
すみません…私の心は汚れている…。

この度は、ありがとうございました!

お題元「確かに恋だった」さま


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色いろ