したくない、の反対
「まあ、分かってたんだけどね」
学校全体お祭り騒ぎの中、私は一人、中庭のベンチに座って、その辺を歩くリア充を苦々しく見つめる。
そもそも私もリア充の一人ではないのか、という自分の問いには「一応リア充だけど、相手が不在」という悲しい答えが返ってくる。
今日は学校の文化祭。風紀委員である善逸くんは朝からずーっと校内を走り回っている。
休憩時間があるから、その時は一緒に過ごそうと約束はしているけれど、すでに時刻は昼をとうに過ぎたあたり。
…本当に休憩時間なんて存在するのか?と段々怪しくなってきたけれど、いつ来るかわからないので、私はこうして待ち合わせの中庭でひたすらリア充を見つめる作業をしている。
こんなことなら皆とお店を巡っていればよかった。
ちょっとだけ後悔が私を襲うけれど、皆も一緒に回りたい人がいるのだから、私一人がお邪魔虫になるわけにはいかない。
善逸くんは今頃何をしているんだろうか。
最後に見かけたときは、無線に向かって「っざけんじゃねーよ!! 不純異性交遊なんて許すかボケェ!」と怒鳴っている最中だった。
それを言うなら、善逸くんだって許される立場じゃないような気がするんだけれどな。
数日前に屋上で私のジュースを奪った光景が頭に浮かぶ。
関節キス。
思い出すだけで顔に熱が集結する。
私たちは付き合ってそれなり。
でも、まだ所謂、普通のキスすらしたことはなかった。
精々手を繋ぐくらい。
大事にされている事は身をもってよく分かっているけれど、それにしてももう少し近づいてもいい気がする。
『名前がしてくれるの? 口直し』
いちご牛乳の甘さに「うげぇ」と言っていた善逸くんが、大人の笑みでそう言った。
あの時は思考放棄して固まってしまったけれど、こくりと頷いていたらどうなっていたのだろうか。
考えるだけでも頭から湯気が出そうだ。
「あ、そう言えば…ジンクスあったんだった」
うちの文化祭には恋愛のジンクスが存在する。
それは文化祭最後のキャンプファイヤーの時に誰もいない場所でキスをすると、末永く結ばれるというのだ。
誰もいない場所、というのは、昔は屋上だったこともあるし、空き教室だったこともある。
だけれども、このジンクスを信じたカップルたちが、こぞってその場所に集結するため、かなり大雑把な「誰もいない場所」と設定されたはずである。
なんとも情けない話ではあるけれど、きっと色々考えられて変化したジンクスなのだ。
今日、善逸くんとキスをすると。
つまりは、ずっと傍に居ることが出来る、ということだろうか。
だったらチャレンジしてもいいかもしれない。
ちょっとだけ恥ずかしいけれど。
そんなことを考えてみたけれど、残念なことに当の本人が一向にやってこない。
「ま、所詮ジンクスだし」
別に今日じゃなくても、来年でも、卒業してからでも。
キスするタイミングはあるのだ。ただキスをする理由が欲しいだけの私には到底叶えることの出来ない話かもしれない。
◇◇◇
「名前ちゃん」
「……ぐぅ」
「名前ちゃん」
「……」
「こんなところで寝たら、風邪ひくよ」
「…ん、ぁ?」
軽い揺さぶりがあって私は目を覚ました。
私の目の前には、あれだけ待ち望んでいた善逸くんが呆れたような顔で立っていて、風紀委員のボードを小脇に抱えている。
どうやら、私はあのまま眠ってしまったらしい。
中庭の街灯がついているところをみると、かなりの時間が経過したことだけは分かる。
よく見れば、あれだけうじゃうじゃ歩いていたリア充たちは皆消えて、善逸くんしかいなかった。
「もう文化祭も終わりが近いからね。お店も全部終わっちゃった」
そう言う善逸くんの視線が悲し気に揺れる。
すぐに「ごめん」と呟く声に顔を上げた。
「名前ちゃんと約束してたのに、一緒に回れなくてごめん」
「……あー…そっか。でも大丈夫。来年もあるし、来年は一緒に回ればいいじゃない?」
「来年、ね」
私がそう言うとシュンと下がっていた眉が少しだけ持ち上がる。
そしてくすりと笑ったので、私は何で笑われているのだろうかと首を傾けた。
善逸くんは私の隣に腰を下ろして、顔を覗き込んでくる。
「来年も一緒に居てくれるんだ?」
「……そ、そりゃあ!!……も、ちろ、ん」
自分で言った意味をやっと理解して、言葉が尻すぼみになってしまった。
けれど、その気持ちには嘘はない。
恥ずかしくて顔を下げたあたりで、ふと隣から「俺も」と聞こえた。
「俺も来年…いや、ずっと一緒に居たいな」
言われた言葉は勿論欲しかった言葉だ。
ただすぐに反応できずに、恥ずかしさで顔を逸らしてしまった。
相変わらず隣でクスクスと楽しそうに笑う善逸くん。
私は遊ばれているんだろうか?
「遊んでなんかないよ」
「あれ?」
「口に出てる」
「え」
思ったことがすぐに伝わったので、驚いたけれど、どうやら私は無意識に気持ちを口に出していたらしい。
ますます恥ずかしくて小さくなる私。
善逸くんは目を細めて微笑むと、そう言えばと口を開いた。
「文化祭のジンクス、あったよね」
「…あ」
思い出すように視線を上の方にして、善逸くんが言う。
誰もいない場所で、キス。
途端に私の恥ずかしさは限界へ達した。
よく考えれば周りには誰もいないし、二人っきりの空間だ。
つまりは…。
「名前、キスしたい?」
面白そうに笑う声が隣から聞こえる。
街灯に反射した金色がとても綺麗だった。
いつもなら、恥ずかしくて反対の事を言っちゃう私だけれど、その時は持てる勇気を全部使って。
「善逸くんと、したい」
頑張ってそれだけ呟いた。
笑っていた善逸くんの表情が一瞬無くなった。
目を見開いて、驚いていた。
私がそんなことを言うなんて思ってもいなかったのだろう。
でも、私はいつも思っている。口にしないだけで。
遠くの方で、キャンプファイヤーの開催の放送が聞こえた。
善逸くんは私に向き直り、優しく私の肩に触れる。
私はきゅっと唇を閉じて、不安げに善逸くんを見つめた。
善逸くんの顔がゆっくり近づき、そして。
二人の吐息が重なった。
したくないの、反対。
「…ねえ、名前。鼻で呼吸しないと、死んじゃうよ?」
私の唇から離れた善逸くんが、珍しく頬を染めてそう言った。
あとがき
てんさま、リクエストありがとうございましたー!!!!
風紀委員の彼女の続き、ということでしたがいかがだったでしょうか!
甘めを意識させて頂いたので、ちょっとだけ学生っぽい甘さを出してみました。
こんな青春がしたかった(吐血)
こんなものでよければ、お収めくださいませ−!
この度はありがとうございました!
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色いろ