好きになってもらう


「……俺だってこのままじゃいけないって事に気付いたのは、名前が好きな人が出来たって言ったあの時だよ」

名前の頬に手を伸ばし、俺はごくりと息を飲む。
その泣き顔が俺だけに向けられているって事を、少し幸せに思ってもいいだろうか。
失恋したあの日とは違う。
俺を思って泣く名前の事を。

「今の今まで、自分の立場を驕っていたんだ。何もしなくても名前が隣にいたから」

そう、ずっと幼馴染だったから。
俺たち以外の男なんて、寄ってくるわけがないし、寄らせるつもりもなかった。
だけど、あの日、名前は俺からすり抜けて、俺以外の人を好きだと言った。
だから、気付いた。
このままじゃいけないってことに。

ぎゅうっと唇を噛む名前。
相変わらず涙がポロポロと流れ出ているのを、親指の腹で拭ってやる。


「俺を、好きになって欲しかったんだ」


こんなに俺は名前を好きなのに。
一方通行で満足できる歳じゃなくなってしまったんだと思う。
ただの幼馴染じゃなくて、一人の男として見てもらいたかった。
だから、少々無理をしたし、名前を傷つけるようなこともした。

「…無視して、ごめん。名前が俺の事、何とも思ってないって、信じたくなかった」
「何とも思ってないなんて、そんなことないよ」
「うん、ありがとう」

俺の言葉に反論するように名前が声を上げる。
くちゃっと歪んだ顔はお世辞にも可愛いと言い難いけれど、惚れた弱みだろうか。
世界一、可愛い女の子が目の前にいる。


「ねえ、名前。俺の事、好き?」


ずっとずっと聞きたかった。
本当なら、他の女子に呼び出された時に聞いておきたかった。
でも怖かった。
だけど今は、今なら。

名前はすうっと息を吸って、それから頬にある俺の手をぎゅっと横から握る。


「大好き、無一郎」


そう言って泣き顔のまま微笑む名前。
本当は泣き顔じゃなくて、笑顔を見たかったけれど、これはこれでいい。
俺は名前の細腕を引いて、そのままそのぷっくりとした唇に啄むようなキスをした。
名前は突然の事に驚いたまま、ただされるままに俺の唇に触れていた。

触れていた時間はたったの数秒。
あれだけ欲しかった口付けなのに、すぐに離れてしまったのは俺がもう限界だったから。
情けないよね。


唇を離して、俺はそっと立ち上がる。
ぽかんと固まったままの名前に俺はその時初めて、言葉にした。


「俺の方が名前の事、好きだよ。なんせ、十数年分の想いだから」


拒否られる事はないだろうけれど、恐る恐る名前を抱き締めた。
抵抗はされなかった。小さい声で「ひ、」と悲鳴かどうかわからない声が聞こえたくらい。
それすら愛おしい。
ああ、本当に可愛い。

「俺を好きになってくれて、ありがとう」

好きになって欲しいと、ずっと思っていた。
その願いが叶った今、俺は世界一幸せだ。
死んでもいいくらい、っていう気持ちが本当にあるんだと驚いたくらい。

「…るい」
「ん?」
「ずるい、無一郎」
「何が?」

やっと正気を取り戻したのか、名前が俺の腕の中でブツブツと呟く。
俺はそれをくすりと笑いながら見つめる余裕はあった。
名前は顔で湯を沸かしたように真っ赤に染まったまま、俺を下から上目遣いで見つめる。

「それ以上かっこよくならないで」

ぼそりと呟かれた言葉が耳に届いた瞬間。
俺は更に強く名前を抱き締めた。

「名前だけにかっこよく見られたいんだよ」

俺の言葉を聞いて、名前は何も喋らなくなってしまった。
その代わり俺の背中に腕が回った。


◇◇◇


「おーい、イチャつくのもいい加減にして帰ろうぜ」

そろそろかと思って隣の教室に顔を出したら、なんとまあ二人で抱き合ってる最中だった。
暫く見なかった振りをして待っていたけれど、一向に離れる気配がないから、面倒になってつい口にした。
するとチッと舌打ちが聞こえて、無一郎が振り返る。
無一郎の反応的に、こいつ、俺が覗いていた事に気付いていたらしい。
だったらさっさと離れろよ。
気持ちは分からなくはないが。

可愛い可愛い弟の長い片思いが立った今実った。
同じくらい大切な幼馴染と。

兄としては嬉しいが、正直遅すぎると思えなくもない。

「ゆ、有一郎っ!」

名前の驚く声が聞こえる。
が、名前は未だに無一郎の腕の中だった。
あーもう、無一郎面倒過ぎるだろ。
想いが実った瞬間、独占欲丸出しじゃねーの。

「名前を取って食ったりしねえよ。俺はそんなに趣味悪くない」
「……そうだね」
「はっ!? どういう意味?」

俺の言葉と無一郎の反応で名前の声に怒りが籠ったが、俺は奴らに背を向けて今度こそ教室を後にする。

「先帰るから、存分にイチャつけ。このバカップルが」
「言われなくとも、そうするよ。じゃーね、兄さん」

無一郎の幸せそうな言葉を耳にして、俺は思わず口元が緩んだ。

廊下を出て数歩。
奴らのいた教室を見ながら、誰にも聞かれないように呟く。


「……俺と違って、無一郎は諦めたりしなかったからな」


何を、とは口が裂けても言わないが。
精々末永くイチャついてろ。

俺は一人、数年前の想いを思い出しながら廊下を歩いた。












あとがき
これにて「君が僕を好きになるまで 」は完結です〜。
え、これで終わり?という終わり方ですが、最後の有一郎の匂わせで終わる結末は最初から決めてました。
無一郎が告白するのではなく、ヒロインちゃんから告白することを目標に最終話まで走ってきました。
厨房の恋愛は難しいです、多分もう書かない(笑)
ワイにはピュアさがもうないのです…。
取り合えず初めての無一郎が無事に終わってくれてほっとしております。
よかった、よかった。

最後まで読んで下さり、誠にありがとうございます〜!

- 10 -

*前次#







色いろ