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「待って」

我妻くんから逃げ出したいと思ったのは初めてだ。
自然とビクリと反応して、ゆっくり振り返ると案の定少し焦った顔の我妻くんが私の後ろに居た。
ご丁寧に私の腕を掴んで。
お陰で逃げられないなぁ、と頭の隅で考えながらこの状況をどう乗り切ろうかと考えていた。

「……ごめん」

私の不安そうな瞳を見て、反射的に我妻くんが謝った。
別に我妻くんが謝ることなんて何一つない。
ただ私はこれ以上我妻くんに嫌われたくないだけ。
だから、ふるふると首を横に振ってそれに応えた。

「少し、話さない…?」
「え、うん」

きゅっと我妻くんが掴む腕に力が入った。
私は勿論拒否なんて出来るわけなくて、我妻くんが歩く半歩後ろを黙ってついていく。
周りのカップルは腕を組んでとても仲良さそうに歩いているけれど、私達はそうではない。
それにもう、彼氏彼女でもないわけだし。

その事実を今更ながらに目にして、こっそり胸の中で傷ついた。

我妻くんは私に合わせてゆっくり歩いてくれた。
ゲームセンターを抜けてからずっと私の右手は掴まれたままだ。
私は繋がれた手に視線を落としながら、我妻くんが話し出すのを待っていた。

「何で、ゲーセンに居たの?」
「…本当に気分転換だったの」

先程と同じ事を聞かれて答えるのも同じ答え。
私の胸の内は開け晒すことなんてできないから、そう答えるしかできないのだけれど。
困ったように笑うと我妻くんは「そう」と言ってまた前を向いてしまう。

二人の間に沈黙が流れる。

気まずい空気だと思う。
そう考えると前、付き合っていた時はいかに我妻くんが私に気を使って話してくれていたかよく分かる。
……あの時のようには、もう無理なんだろう。

ずきん、と胸に痛みが走る。
こんなに傍にいるのに、我妻くんの考えている事が分からない。
いや、私はずっと我妻くんの考えていることを知らなかった。
知っていたら、バカみたいな考えで彼女になんてならなかった。
そんな事を考えていたら、思わず掴まれていた手を引いてしまった。
離れる、と思ったけれど我妻くんがぎゅっと更に握ってしまったので離れることはなかった。

「いや?」
「……ううん」

嫌がっていると思われたんだろうか。
我妻くんの瞳が少し揺れて、小さな声で尋ねてきた。
私はまた首を横に振った。

嫌なわけない。
ずっと握っていてほしい。
でもそんな事、口が裂けても言えない。


二人であまり会話をすることなく、歩き続けて。
気が付いたら駅のホームにいた。
そのまま電車に乗り込むのかと思えば、我妻くんはホームのベンチに腰を下ろし、視線で私に隣に座るよう指示をした。
ちょこん、と私もつられて腰を下ろす。

電車が発車するアナウンスが流れ、目の前の電車のドアが閉まる。
そしてゆっくり動き出していく電車を見ながら、私はため息を吐いた。
電車が行ってしまったことで、ホームに残っているのは私達だけ。
余計に時間が遅く感じて、気まずく感じるとともに、どこかずっとこの時間が続けばいいと思っている自分がいる。
少しでも我妻くんの傍にいたい。

「ずっと考えてたんだ」

重い空気の中、我妻くんはポツリと呟く。
その声は何の感情も乗っていないようだった。
私は我妻くんの方を見て、続く言葉を待った。

「何で名前ちゃんは、俺と付き合ってくれたのかなって」
「それは竃門くんと我妻くんが幸せになって欲しかったからだよ」

そう、二人の幸せを願っていた。
願っていた筈だった。
途中からは私が我妻くんの傍に居たいがための言い訳にすぎない。
自分の声が思っていた以上に暗くてびっくりした。
これじゃ、全然幸せなんて願っていないみたい。

私の気まずい顔を見て、我妻くんは唇を噛んだ。


「俺と炭治郎のためなら、好きでもない男と付き合うフリをするのなんて、平気だった?」

「違う」


我妻くんの口から苦しそうに紡ぎだされた言葉に、私は顔を上げて否定する。
平気、なんて。そんなことない。
一番最初に軽い気持ちでOKをした自分を後悔した。
最初は好きじゃなかった。
だけど、知っていたの。
我妻くんが、好きな人を大切にする、優しい人だってことを。
きっとその相手が竈門くんなんだろうと勘違いしていただけで。
本質は変わっていない。

その人の彼女にフリでもなれるのは、私にとって幸福でもあった。


「我妻くんだから、だよ」


真剣に。
我妻くんの目を逸らさずに。
そう言うと、我妻君は膝の上に置いていた掌を固く握った。



「あああッ!!もう、知らねぇえええっ!!」



突然大声を上げ、自分の髪をわしゃわしゃとかき乱す我妻くん。
私は突然の事に思わずぽかんと口を半開きで、驚いた。

「あ、我妻、くん?」

恐る恐るその肩に触れようと手を伸ばすと、その手は空中で掴まれ、そして、まるで私を射抜くような視線が前髪の隙間から見えた。


「あのねぇ! 俺はもう考える事を放棄したから。何を言われても知らないし、名前ちゃんの事なんて考える余裕ないから!」


迫力ある物言いに私は思わず仰け反ってしまう。
言われた言葉に少しだけ傷つきながら、私は目を伏せた。

「そ、そっか…」

お前の事なんて、知らない。
そう突き放された。

私の中にどす黒い感情が広がっていく。
ああ、恐れていた事が。
嫌われているかも、とは思っていたけれど、こんなに嫌悪を見せられるなんて。
泣きだしそうになりながらも、必死に我慢する。

そんな私をよそに我妻くんは続ける。



「だから! フリでもなんでもいいから、俺の隣にずっと居てよ」


私は、夢を見ているんだろうか。
今にも逃げ帰りたいと思っていたのに、次の瞬間には我妻くんの言葉で視界が開けたようだった。

ぎゅうっと力を込めて、私の手を握る。
でもその手が若干震えている事に気付いた。
握られた手と我妻くんの表情を交互に見つめる。

懇願するように、そう言われて。
本当に夢を見ているんじゃないかって思うくらい、都合のいい言葉だ。

「え、っと」

何て言えばいいのかわからない。
ただ何かを言わないと、本当に夢になりそうで。
必死に口にした。
でも我妻くんはそれを遮って、また口を開く。


「聞かないよ。拒否られようとも関係ない。名前ちゃんは、俺の彼女になるって返事をしたんだから。その言葉の責任を感じてずっと俺の横に居ればいい」
「…でも、」
「でもとかだってとか知らない。名前ちゃんの事、考える余裕なんて無いって言っただろ」
「……」


私の発する言葉を次々薙ぎ払っていく。
そして掴まれていた手を引かれ、私は我妻くんの胸の中にいた。
私を逃がすまいと、背中と後頭部に我妻くんの手が回る。
ドキドキ、と心臓の高鳴りが聞こえた。
これは、私の?それとも、


「俺の事、好きじゃなくてもいい。絶対に、好きになってもらう」


それは、違うよ。
だってもう、私は


「……我妻くんが、好きだもの」


やっと言えた一言で、我妻くんが息を飲むのがわかった。

我妻くんの心臓の音に耳を傾けながら、私は意を決して呟く。


「竈門くんになりたいって思った。その綺麗な瞳に映るのが、私でありたいって」


彼女役なんてなるんじゃなかった。
だって、それは所詮“役”だから。
一生、我妻くんの視界には入らないって、思っていた。


「この気持ちに気付いたときには、遅かったの。私は、ハリボテの彼女だったから」
「ハリボテなんかじゃない」


私の言葉を食い気味に否定する我妻くん。
芯のある、はっきりとした声だった。


我妻くんが私の頬に触れる。
目が合う私達。


「ハリボテなんて、言わせない」

「……うん」


我妻くんの言葉が胸を打つ。
さっきまでの暗い気持ちが晴れていくよう。
こんなにも幸せな気持ちになって、いいの?
我妻くんの横に居てもいいの?

すう、っと我妻くんが小さく息を吸う。

「俺と付き合って下さい」

初めから、やり直すように。
今度は誰かのためなんて、考えない。

私は、本当はワガママなのだ。


「はい」


一粒の雫が頬に伝った。
その涙を我妻くんが指ですくう。
そして、指にちゅ、と小さくキスを落とし私を見た。

「…残念だけど、諦めてね。ただでさえ、ずーっと炭治郎の名前を出されて嫉妬でおかしくなりそうだったんだからさ」

くすりと笑う顔が、どこか色気を含んでいて身体の奥がびくんと跳ねた。
今までの我妻くんとは違い一面を見てしまったようで、心臓が高鳴った。

でも、それに負けないように私も上目遣いで我妻くんを見つめる。


「私も、散々竈門くんに嫉妬したんだから、覚悟してね」


今までの私なら絶対に言わないようなことを口にした。
一瞬我妻くんの目が見開かれ、そして小さく「上等」と言われたと思ったら、私の唇は我妻くんによって塞がれていた。

二度目のキスは、恋の味がした。







「ってか、それにしても何で俺と炭治郎が付き合ってると思ったの?」

恋人繋ぎで固く握られた手。
満足そうにそれを見ていたら我妻くんは唇を尖らせて少し不機嫌そうに言った。

「……図書室で、我妻くんと竈門くんがキスしてた」
「してない」
「して、るようにみえた」
「してない」
「…して、」
「ない」

不機嫌そうな顔は一瞬のうちに青ざめ、真剣な表情で完全否定をする。
その様子が面白おかしくて、わたしは小さく笑った。

「……好きな女の子に野郎とキスしてたと思われてたなんて、ホント俺可哀想」
「ご、ごめん…そう見えただけなの…!」
「あーあ。傷ついた。この傷は名前ちゃんからキスしてもらわないと完治しないなー」
「…え?」

あーあーと口を大きく開け、ちらっと私の方を意地悪そうに見つめる我妻くん。
固まる私に自分の唇を人差し指で指さす仕草までつけて。

「ほら、ほら」
「……んもう!」

ええい、こうなったらやけだ。
少し腰を浮かせて、私は我妻くんの襟を掴みちゅ、と軽く口づけを落としたのだった。



私だけの、素敵な彼氏サマ。








あとがき
私と彼氏と彼氏の彼氏、これにて完結です。
最初からぶっ飛んだプロローグだったので、書いている本人だけが楽しかったお話。
もっと長い間勘違いさせる予定でしたが、あまりに善逸が可哀想すぎたので、
早々にネタ晴らし。
没にしたネタの中に、みんなで海に行く予定もありました〜。
本当に考えている時が楽しかった。
また書きたいすね〜

最後まで読んで下さり、ありがとうございました(*´ω`)



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