01. 新婚さんです
「は? 写真?」
「そうだ、撮らないのか?」
愈史郎さんの言葉に私はぽかんと口を開けて呆けてしまった。
そんな姿の私を見てはあ、とため息を吐く愈史郎さん。
膝の上に居る茶々丸ちゃんが「なーお」と鳴いた。
ずずず、と自分のお茶を啜りながら頭の中で「写真、写真、写真」と何度も連呼してみる。
この時代に来てから写真なんて全然意識していなかったけれど、一応存在はするんだよね。
きっと高級なものに違いはないだろうけれど。
◇◇◇
善逸さんが珍しく外に出ている夜。
一人にするのが不安だから、と寄こされたのが愈史郎さんである。
ただ本意ではなかったようで「なるべく早く帰るから、絶対に何もしないでよね!」と愈史郎さんをひと睨みしてお屋敷から出て行ったのだ。
別に留守番くらい一人でするのに、とぽつり零したら、愈史郎さんが「結婚してから余計に束縛が激しくなったな」と息を吐いた。
私の知る結婚できる年齢とは男性18歳、女性16歳である。
それは令和の世の法律によってそうなっているけれど、この時代はもうちょっと早い。
男性17歳、女性15歳らしい。しかもこれは数え年なので、実際はもっと若い年齢で結婚できるとか。
なので、善逸さんも私も問題なく結婚が出来た。
この時代の結婚とは家と家の結びつきと考えられている。
二人とも親が居ない身、戸主には何故か宇髄さん、藤乃さん(一応私の保護者という名目)が手を上げてくれて、
なんとかこうして善逸さんと結婚生活を送ることが出来ている。
結婚できただけでも幸せだというのに、愈史郎さんは「式はしないのか?しないなら、写真でも撮ればいい」と言ってのけたのだ。
それで冒頭のポカンである。
「そんなの贅沢ではありませんか?」
「普通は嫁の方が喜ぶもんだと思うがな」
「と言われましても…フォトウェディングですよね…」
「ふぉと…?」
愈史郎さんが首を傾げるけれど、私はそれどころではない。
現代の結婚式ではわりとフォトウェディングは有名だ。
ウェディングドレスを着て新婚夫婦で写真を撮る、それも素敵だと思うけれど。
この時代にウェディングドレスなんてあるのだろうか。
あったとしてもきっと手が届かないものに違いないし、私は別にドレスが着たい訳ではない。
ただただこうして善逸さんと一緒に暮らしたかった。
その願いは叶えられているのだから、これ以上は贅沢だと思っている。
「別にこのままで十分です。幸せですよ」
そう言って微笑めば愈史郎さんは「それはよく分かるが」と口をへの字にした。
そうこうしている内に善逸さんがはあ、はあと息を切らして帰ってきた。
どうやら全速力で帰って来たらしい。
そんなに急がなくても逃げないのに。
「ただいま! 真琴ちゃん! なにもされてない!?」
「はい」
「オイ、俺を呼び出しておいてとんだ言い草だな我妻」
どたどたと廊下を走り、客間に慌てて入ってくると、私をみてほっと胸を撫でおろす善逸さん。
心配してくれているのは純粋に嬉しい。
私もつられて笑顔になる。
私の後ろの愈史郎さんはとても機嫌が悪そうだけれど。
「胸クソ悪い。帰る」
「あ、玄関まで送ります」
「いい。おい我妻、ちょっとついてこい」
「えっ、何!?」
すく、と愈史郎さんは立ち上がると、そのまま茶々丸ちゃんを抱いたまま、客間を後にする。
ついでに襖横に居た善逸さんの首根っこを捕まえ、そのまま玄関まで連行してしまった。
なんだかんだ言って、愈史郎さんと善逸さんも仲がいいんだから。
私は愈史郎さんに出した湯飲みをお盆の上に乗せながら、ふと思った。
そう言えば、お茶が飲めないのに私ってば毎回お茶を出してしまうんだよね。
それでも愈史郎さんは嫌な顔せずに付き合ってくれている。
ほんと、この人も優しいんだよね。
今も、未来も。
使った湯飲みを洗っていたら、そっと暖簾を潜って炊事場へと侵入する影が一つ。
その影は足音を立てないで、私の真後ろを陣取ると、そのまま後ろから抱き締めてくる。
思わず吃驚して水が着物に跳ねた。
「……善逸さん、危ないんですけど」
「ごめん、でも割らなかったじゃん」
背後に迫る金髪はにへらと笑いながら、私を離すことは無い。
割らなかったからと言って、後ろから急に抱き締められたら心臓だって跳ね上がるんです。
ぷう、と頬を膨らませて善逸さんを睨むと、けらけらと楽しそうに善逸さんが私の肩に頭を埋める。
この人、蝶屋敷に居た時はこんなじゃなかったのに。
二人暮らしになった途端糖分甘さ倍増し始めた。
お陰でこちらは色んな意味で疲れている、主に夜。
でもそんな善逸さんを拒否できない私も結局のところ、善逸さんと同じ思いなわけで。
こうして新婚生活を楽しませてもらっている。
善逸さんと一緒に炭治郎さんのお家を出てすぐ、藤乃さんが面倒を見てくれていた旦那様のお屋敷で暮らす事になった。
藤乃さんも一緒に暮らそうと言ったけれど「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、です」と言って元々の藤乃さんのご実家に戻られた。
たまに訪ねてきてくれて、昼間に私と一緒にお茶してくれるいいお姉さんである。
炭治郎さん達もたまに顔を出してくれるし、寂しいことは無い。
「本当に、幸せ」
首に回った筋肉質な腕をそっと抱いて、私は呟いた。
数か月前までは、こんな幸せがやってくるなんて思いもしなかった。
それを叶えてくれた善逸さんには、感謝しても足りない。
割烹着を脱いで、私はそれを近くの椅子に引っ掛けると、善逸さんの手を引いた。
「善逸さん、今日はちょっと夜更かししませんか?」
「夜更かしなら毎晩しているけど?」
「……そう言う意味ではなくて!! 善逸さんとお話がしたいなーと思ったんです!!」
ニヤニヤ口角上がる口元を見て、私は思わず赤面する。
この欲情野郎。
唇を尖らせて善逸さんを睨んだら「ごめんごめん」と善逸さんが苦笑いを零す。
「話って?」
「積もる話は一杯あるんですよ。善逸さんに対しての恨みつらみ、とか」
「えっ、嘘!!」
「冗談です。いいから、早く行きましょ」
そう言って、寝室へ彼の腕を引いて歩く私。
その後ろを焦った表情を見せつつもついてくる善逸さん。
さて、なんの話から始めようか。
まずはこのネックレスをくれた相手についてお話しようかな。