02. 事件です
「いつまで拗ねてるんですか?」
お味噌汁を啜ろうとした手を止めて、目の前で頬を膨らませている善逸さんにぽつりと零す。
善逸さんは朝ご飯をむしゃむしゃと食べてはいるものの、一向に喋ってくれないし、何ならずーっと唇が尖ったままだ。
原因は昨晩に話した内容だと思われるけれども。
「だって、真琴ちゃんが大変な目にあってたのに、今の今まで俺知らなかったし」
「仕方ないじゃないですか。この数か月ビックリするほど忙しかったんですから。ご自覚はあるでしょう?」
う、と善逸さんの言葉が詰まる。
この数か月。善逸さんの大ケガに加えて、それのリハビリ、それから炭治郎さんのお家にお引越し、んでもって結婚、旦那様のお屋敷にお引越しと、とんでもない忙しさだった。
全てが全て善逸さんの所為ではないけれど、その責任の一端はあると思っている。
こんな状況で、ゆっくり話す機会なんてそうそうなかったのだ。
「……もしかしたら、帰ってこなかった可能性だって、あったんだよね」
味噌汁の中を覗き込みながら悲し気に善逸さんが言う。
パチパチと数回瞬きをして、私はくすりと笑みを見せた。
「無いです。善逸さんの所が私のいる場所なんですから」
ずず、と味噌汁を啜ってちらりと善逸さんの方を見たら、ほんの少し頬を赤く染めていた。
あ、照れてる。
そう言うところが可愛いんだけど、この人は気付いているんだろうか。
「だから、愈史郎さんには大変お世話になる予定ですので、邪険にしないでくださいね」
「……複雑だ」
どこか納得いかない表情で卵焼きに手を伸ばす善逸さん。
そんな顔していてもきっと善逸さんは愈史郎さんに対して、酷い態度はしないだろうし。
「俺のひ孫、って…黒髪で長身だった?」
突然思い出したように口を開いた善逸さんに私は目を見開いて驚いた。
「あら、よくご存じで。私、昨日言いましたっけ?」
「いや、言ってない」
「じゃあ、何故?」
「……なんとなく」
結局それ以降何を聞いても教えてくれないから、私は諦めてご飯をさっさと食べる事にした。
◇◇◇
「今日は街に行くんだけど、真琴ちゃんも行く?」
「行きます」
朝ご飯を食べて落ち着いたころ、洗濯物を干し終わった私に向かって善逸さんが声を掛けてくれた。
私が喜んで返事をすると、善逸さんの表情がぱあっと明るくなる。
久しぶりのデートに私もウキウキである。
「そんなに急がなくてもいいよ」と言われても私は大急ぎで支度を済ませた。
右の耳に髪をかけて「お待たせしました」と声を掛ければ、優しい表情で善逸さんが手を出してくる。
その腕に自分のものを絡ませて、私達はお家を後にした。
街へ出る、という善逸さん。
何の用があるのかは知らないけれど、買いたいものがあるそう。
ここ最近、街の発展が著しい。
私が生まれた時代に存在していた商品が、ひっそり生まれているのも私は知っている。
こうしてどんどん便利になっていくんだなぁとお店に売られているものを見つめながら思った。
「ちょっとブラブラしてみる?」
「いいんですか?」
「俺も見たいものがあるからさ。あとで戻ってくるから、それまでゆっくり見てて」
「でも、私がどこにいるか分かります?」
「分かるに決まってるでしょ」
自信満々でそう言い切る善逸さんに、ぽっと胸が温かくなるのを感じた。
結婚してもなお、私は善逸さんに恋をしているらしい。
「じゃあ、見つけてくださいね」
そう言って、一つのお店の前で私達は一旦離れた。
善逸さんが名残惜しそうにこちらを一回振り返ったけれど、目当てのものを探しに一直線で走って行ったので、私はふう、と息を吐いて自分の目の前にある髪留めを手に取った。
どれくらい時間が経っただろうか。
結構な時間、多種多様の髪留めを眺めていた。
この髪の長さになってから、髪をまとめる事ができなくなったので、地味に鬱陶しい。
手頃な髪留めがあればと思ったけれど、見るもの全て黄色のものばかり探してしまう。
…どれだけ私は善逸さんが好きなんだ。
ちょっと気分転換に、違うお店でも見ようかなと、店の外に出た。
街には人がたくさん往来していて、その服装も様々だ。
人のコーデを見るのも楽しい、なんて思っていたその時、視界の隅に小さな女の子が路地裏に駆けていくのを見た。
その後ろには大柄な男数人が女の子を追いかけており、一瞬で目を奪われた。
どう考えても穏やかな光景ではない。
あれ、まずいんじゃないの。
手に持つカバンをきゅっと抱いて、私はその路地裏へ走り出した。
こっそり、顔だけ路地裏に出すと案の定、小さな女の子を囲うように男たちが立っていた。
女の子は泣きながら腰を抜かしており、縋るような眼をきょろきょろと辺りに向けている。
ああ、まずいまずい。
「何をしてるんですか」
考えるより先に行動に移す癖は善逸さんの傍に居た所為だ。
きっと私の所為じゃない、と頭の隅で考えながら男たちに近付く私。
背中には変な汗が伝っているけれど、それでもそこまで恐怖を感じない。
だってこの人達、人間なんだもの。
鬼じゃない人達なんて、怖くなんか……ある。
私を見る男たちの視線がにやりと曲線を描いたのを見て、そこで初めて私は考え無しに突っ込むものではないと後悔した。