結婚式が終わって、私達は相変わらずの毎日を過ごしていた。
善逸さんはお屋敷の中の修行場を開放して道場を立ち上げ、近所の子供たちに剣道を教えている。
勿論、街に仕事に出ることが殆どなので、剣術指導は道楽のようなものらしい。
本人曰く「外に働きに出るなんて、久しぶりだから緊張する」と言っていたけれど、ケロっとした顔でいつも帰宅するあたり、緊張のきの字もしていないんだろうな、なんて思いながら晩御飯の用意に勤しむ。
お家にお友達の皆さんが尋ねてくるときは、家に居ることが多いけれど、基本私も毎日買い出しに街へ出るようにしている。
それは買い物がてら、仕事終わりの善逸さんを捕まえて二人で帰るのが目的だったりする。
晩御飯が遅くなっても善逸さんが許してくれるから、それに甘えてしまっている。
「今日の晩御飯、何にする?」
「何も考えてませんでした、偶には洋風は如何ですか?」
そちらの方が得意ですし、と呟くと今から仕事に向かう背中が「楽しみだなぁ〜」と声を明るくする。
その返答に私も少なからず喜んでいるので、そのまま笑顔で見送った。
家の事をさっさと済ませると、私は自身の出かける準備を進める。
善逸さんならオムライスとか好きになってくれそうだ。
ケチャップなんて豪華な調味料が売っているのかは分からないけれど、無ければ無いでそれっぽいもので代用すればいい。
この前善逸さんに買ってもらった肩から掛けるポシェットを首に通し、私は家を出た。
晩御飯を目の前にして喜ぶ善逸さんの顔が目に浮かぶ。
街について、目当てのお店で食材を物色。
それからお店の人と会話に華が咲いて暫く時間を潰し、また隣のお店に移って同じことを繰り返した。
粗方の材料を購入した時にはすっかり遅くなってしまい、日がもうすぐで落ちようかというくらい、綺麗な茜色の空が見えた。
買い物が済めば私の足は、いつものように善逸さんの仕事場へ向かって歩く。
陽が落ちてきて、人通りも段々と少なくなってきていた。
だからだろうか。
私は後ろから近づく人影に気づくのが遅れてしまった。
「…っ、きゃぁっ!」
すぐ後ろから走り出す足音が聞こえたと思ったら、そのまま背中から私のポシェットを奪おうと掴まれてしまう。
ただ、私はポシェットの紐を常日頃掴みながら歩いているため、肩から抜ける事はなかった。
けれど、犯人はそこで諦めることなく、勢いよく紐を引いてポシェットを強奪しようと力を入れる。
「女ァ、離せっ」
「やめてくだ、さいっ!」
目的はポシェットの中身だろうと簡単に予想がついた。
犯人は薄汚れた着物を身に纏った、無精ひげが生えたオジサンだった。
オジサンだからといって、勿論私よりも力はあるだろうから、小娘の非力な力が長くはもたないことは誰でもわかる。
周囲を見渡しても私達以外誰も歩いていない。声を上げた所で人が来る前に、私の荷物を奪われて終わりなきがする。
それでも、この手を離すまいと必死でポシェットを掴んだ。
だってこれは善逸さんが汗水垂らして、そして命を懸けて稼いだお金だ。
奪われるわけにいかない。
「いい加減にっ…」
「やだぁ…!」
オジサンの手か拳になって高く上げられる。
殴られる、ととっさに飛んでくる痛みを予想して瞼を固く瞑った。
だけど、一秒、二秒経っても殴られた衝撃も痛みもやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこには制服を着た男の人にオジサンの手首が捻り上げられていた。
「自分より弱い者から窃盗するとは、腐った男だ」
「ぐあっ…やめ、やめろ!」
「…あ、」
「心配ない、警察だ」
私がその光景に目を奪われて、言葉が出てこない状態でも、目の前の男の人は私を安心させるように自らを「警察」と名乗った。
確かに男の人が着ている制服は恐らく警察の方が身に纏っているものだ。
現代の警察官の制服とは大きく異なる。
ただ男の人は見る限り私とそう年齢の変わらないように見えた。短髪で清潔感のある髪型がより警察の方にしっくりとくる。
男の人はそのままオジサンの腕を背中で拘束し、あっと言う間に抵抗できないようにしてしまった。私は乱れた自分の着物を軽く直して、男の人に向かってぺこりと大きく頭を下げる。
「助けて頂いて、ありがとうございました!」
「…いや、礼には及ばない。町民に困ったことがあれば、警察が力になろう」
正直、驚いた。
この時代の警察の人と言うのは、良くも悪くも庶民の遥か上に居る存在だと聞いていた。
いうなれば庶民に対してまるで蔑む様な態度で接すると聞いていたのだ。
だけどこの人は全くそういう感じでもなく。
庶民である私を助けてくれる優しい人だという事がよくわかった。
「本当にありがとうございます。何かお礼を…」
「いい。気にしないでくれ。それじゃ」
そう言って爽やかに去っていく背中を見て、私は思わず呆けてしまった。
なんていい人なんだ。
暫く遠ざかる背中を見つめていて、善逸さんの仕事場に行くのが遅くなってしまって。
結局洗いざらい何があったのか善逸さんに全てを打ち明けることになった。
「次から次へと何でそう面倒事を拾ってくるんだよ!」
と怒られてしまったけれど、すぐに「怪我はないの?」と心配そうな顔で聞かれたので、私はにこりと微笑んで
「優しい警察の方が助けてくれました」と呟いたのだった。