15. ピクニック

「善逸さーん、善逸さーん」
「ん、何」

ゴロンと布団から出てこない愛しい人に声を掛ければ、布団の塊からひょっこりと金色の髪が見えた。
目だけが出てきて布団の横に座る私をじろりと見つめる。
まるで子供みたいだと思いながらその柔らかそうな髪に触れた。
善逸さんはくすぐったい様子で目を細めたけれど、嫌がりはしなかった。

「今日お休みなんですよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、一緒にピクニックにいきませんか?」
「ぴく…何それ」

まだ眠たいんだろう、声には覇気がないけれど、それでも私の話を聞こうと布団から顔全体が出てきた。
嬉しくなってその頬に手を添えた。
今日はピクニック日和である。こんな日こそ、外に出て一緒にお弁当でも食べれたらきっと楽しいはずだ。
適当に善逸さんにピクニックの説明をすると、最初は興味が無さそうにしていた顔が少しだけ微笑んで、

「ってことは俺の好きなものも作ってくれるんだよね?」

とニコニコし始めたので、私は当然とばかりに頷いた。
そうと決まれば善逸さんは先ほどまでゴロゴロしていた身体を起き上がらせて、両手を天井に向かって伸びをした。
ちらりと見えた着物の隙間から善逸さんの胸板が見えて、私は目のやり場に困った。
それに気づいた善逸さんがニヤニヤと自分の着物を少しだけはだけては、私の反応を見て楽しんでいる。

「何してるんですか」
「いやぁ、俺の奥さんは初心だなぁと思って」
「ばか」
「つっても初心なのは昼間だけで、夜は積極的…」
「もうお出かけしませんからね!」

善逸さんの言葉を最後まで聞く事なく、私は立ち上がってフンと顔を逸らした。
大慌てで善逸さんが「ごめんよぉ〜」と私の腰に縋りついてきたので、引き剥がすのに大層苦労した。


◇◇◇


お弁当も持った。普段より少し小奇麗に化粧もした。髪はハーフアップにして、まとめた所に小さな黄色い花の髪飾りを刺した。
善逸さんが嬉しそうにニコニコしていたので、私もその様子を見て嬉しくなる。
着物の下に来ているシャツの袖ボタンを留めて、善逸さんが玄関で待っていた。
その固い手を当然のように差し出してくれるので、私は喜んで手を重ねた。
善逸さんのもう片方の手には、私が先ほどまで拵えていたお弁当の籠がぶら下がっている。

「本当だ、今日はいい天気だね」
「そうですね。きっといいことがありますね」

既に私にとっては毎日が良い事だらけなのだけれども。
善逸さんと一緒にいればそんな良い事もどんどん更新されていく。
きっと今日だって楽しいに決まっているのだ。

お屋敷を出て綺麗な水の流れる河川岸まで歩いていく。
まだポカポカしている季節、水の音を聞きながらご飯を食べたらきっと気分もいいはずだ。
手を握り、他愛のない話をしながら河川の橋へ。
橋の下を流れる水面を眺めていると、後ろから突然声がした。

「真琴…」

川にやっていた視線を上げて、顔を上げた。
私と善逸さんが声の主に気づいたのは、同時だった。
二人で振り返ってみると、そこに立っていたのは成瀬さんで。今日もまた制服を着ているところを見ると、お勤め中なのだろうと予想できた。
私はぱあっと明るく「成瀬さん、こんにちは!」と声を掛けると、成瀬さんも同じく返してくれる。

「今日は…どう…」

成瀬さんが今日はどうしたんだ、と続けようとしたに違いない。
だけど声は途中で止まった。そして目はゆっくりと見開かれて、僅かに開いた口から聞こえたのは、愛しい人の名前だった。

「……善逸?」
「晴臣?」

成瀬さんだけじゃない。
手を繋いでいた善逸さんも同じように、成瀬さんの名前を口にしてポカンとしていた。
私は二人の顔を交互に見合わせて「お知り合いですか?」と善逸さんに尋ねたけれど、すぐに反応してくれない。
それは成瀬さんも同じだ。
暫く固まる二人の間を首を傾げていたら、先に反応したのは成瀬さんだった。

「善逸、その髪はどうした…? 染めたのか?」
「これは色々あってこの色になったわけ。晴臣こそ、成瀬って何? どっかの養子にでもなったのかよ」
「あ、ああ…母方の祖父母の方で」

そう言えば。
私は家でも成瀬さんの話題を出していたけれど、善逸さんは特段変わった様子はなかった。
私の口から男の人の名前が出るのは気に食わないとはっきり言われたけどね。
会話の内容から、成瀬さんは何方かの養子になって依然と違った苗字になったらしい。
善逸さんと以前からの知り合いだとすれば、気づかないわけだ。

「じいちゃんの家に世話になる前に、つるんでた知り合い」

ぼそり、と私に聞こえるように善逸さんが呟く。
それを聞いて私はにこりと微笑む。

「じゃあ、幼馴染ですか?」
「いや、そんな良いものでもないけど」
「ぜ、善逸…さっきから真琴と知り合いのようだが…?」
「あぁ…俺の奥さん」

不思議そうに私と善逸さんを見る成瀬さんに向かって、善逸さんは堂々とあっけらかんと答える。
その返答に横で聞いていた私は思わず顔を隠したくなるほどの恥ずかしくなり、思わず善逸さんの肩に自分の顔を隠した。
成瀬さんは大層驚いたようで「奥…」と呟いている。
そりゃあ昔の知り合いに会ったと思ったら、それがいつも会話する知人と結婚していたなんて、すごい偶然だものね。
驚くのも無理はないだろうし、そういう反応をしてしまうのも納得がいく。

だけど、善逸さんは何かに気づいたのか、ぴくりと眉を動かし、自然に私の前に立った。

「真琴の結婚相手は、善逸だった、のか?」
「ああ、そうだよ。俺の奥さんに何か?」
「い、いや…それにしても、善逸。何だか体格と雰囲気が変わったような気がするが、何かあったのか?」
「さあ?」

なんとなく感じたのだけれど、どこか成瀬さんに対する善逸さんの態度が少し冷たいような気がした。
善逸さんが男の人に冷たいのは今に始まったことではないけれど、昔からの知り合いでもあるのになんでだろうと思った。
私の手を握る大きな手がぎゅっと握り返してきた。

「晴臣の方は、お役人になったわけ」
「見込んで貰えて警察になれた。その体格は警察に向いている、と」
「だろうね、昔からガタイはよかったからなぁ、晴臣は」
「だが、俺は剣の腕はからきしで……お前もそうだっただろう?」
「善逸さんは、とってもお強いのですよ」

昔話に花が咲いている所、割り込むのは無粋だと分かっていたのだけれども。
どうしても善逸さんの事を言われると、つい顔を出したくなるのは昔から直さなければいけない癖だと思う。
ニコっと笑いながら成瀬さんにそう言うと、成瀬さんは意外そうな顔を見せた。

「善逸が、強い?」
「ええ、とっても。しかもカッコいいんですから」
「ちょ、真琴ちゃん」

善逸さんがこっぱずかしそうに止めに入るけれど、私も黙ってはいられない。
この数年、一番近くで善逸さんのカッコいいところを見てきた私が言うのだ、間違いはない。
ね?と善逸さんに微笑めば、善逸さんは苦笑いを見せる。
そんな私達に向かって成瀬さんが、少しだけ声を震わせて口を開いた。


「そんな筈はない」


私の冷めた目が成瀬さんを捉えた。