子犬かと思ったら金髪アイドルでした



金曜の晩。
仕事から帰ってきてくたくたの身体に鞭を打ち、なんとか晩御飯の支度をする。
前日のカレーがあるんだった、と思った時には遅かった。
既に肉じゃがを拵えてしまった後。
味は違えど材料はほぼ同じ。
カレーのおかずに肉じゃがを食べる気にもなれず。台所で溜息を吐いた。

普通に考えればわかるはずなのに、そんなことにも気づかないくらい疲弊していた。
そんな悲鳴を上げている身体を癒してくれるのは、あれしかない。

悲しいかな、カレーと肉じゃがを手にリビングへ。
テーブルに置いたリモコンを手にテレビをつける。
昨日の夜中に録画しておいた音楽番組。
本当は生で見たかったけれど、そんな時間に起きていたらきっと朝起きれなかっただろう。
ピッピ、とリモコンを操作して、序盤に出てくるアーティストをバンバン飛ばしていく。
君たちに用はないのだよ、君たちにはね。
申し訳ないけれども。

早送りを進める中で、一瞬画面に映ったグループに目をやり、慌てて停止ボタンを押した。
ちょっと早送りしすぎたようだ。
あわてて10秒ほど戻して再生ボタンを押す。
男性の三人グループ。
彼らは最近テレビによく出てくるようになったアイドルだ。
それぞれのチャームカラーがあり、左から黄色、緑、青となんとも涼しいカラーが画面を覆いつくす。
テレビの観客の女の子たちが黄色い悲鳴を上げる。

「いいなぁ」

私だって生で見たい。
そう思って2年が過ぎた。
彼らがテレビに頻繁に出る前から私は彼らが好きだ。
だけどもライブに行ったりすることなんて何度も無くて。
昔はそれこそ、テレビになんて出ることがなかったから、追いかけるのに一苦労した。

たった一回だけ。
初めて彼らを近くのライブハウスで見た。
それから私の心は彼らにある。

三人それぞれ特徴があって、おまけにイケメン。
歌はお世辞にもめちゃくちゃうまいわけではない。
それでも応援したくなる、アイドル。

K-style。

優しい微笑みの貴公子、炭治郎。
歌のウマい金髪男子、善逸。
セクシーな野生児、伊之助。

この三人を見ている時が一番癒される。
特にこの露出多めな伊之助が一推しだ。
それだけ男に飢えているのかと問われれば、もちろんそうだとしか言いようがないけれど。

最近発売した曲を歌う三人。
センターの炭治郎と伊之助は残念なことに歌がうまい方ではない。
それを補うのがサイドに構える善逸だ。

「でも私は、伊之助派なんだよね」

リビングに転がる伊之助のグッズ。
さすがに仕事用のカバンにアクキーはつけられないけれど、その代わり部屋の中は伊之助グッズでいっぱいだ。
今日も衣装のボタンを大きく開けた伊之助の胸板に目を奪われ、そして気が付いたら彼らの出番が終わっていた。
あっという間だった。
……もう一回見よう。
リモコンを持ち、同じところまで戻すと最初からまた曲を楽しむ。
幸せだ。

二回目の視聴が終わった段階で、おかずは一つも減っていなかった。
こんな時は酒の力でも借りるかと冷蔵庫を除けば、一本もない。

「コンビニでも行くかぁ」

家の中まで聞こえる雨音。
外は朝からずっと雨だ。
そんな時に外なんて出たくはないけれど、今日は金曜の夜。
一週間の疲れを癒すためには推しの映像と酒が必要。

スウェットのままサンダルを履いて、玄関横の傘に手をのばす。
傘立てには4本の傘が刺さっていた。
うちは、4人家族だった。
私以外の家族は皆、一瞬で空の上に上ってしまったけれど。

家族が残した家は一人で住むには広すぎる。
けれど、ここを出ることなんて考えられない。
思い出もあるし、それに

K-styleのグッズを置くスペースを考えると一軒家は最高だ。


ガチャリ、と扉を開けて外に出た。
会社から帰宅した時も思ったけれど、やはりひどい雨だ。
傘を広げて徒歩数分のコンビニに向かって歩き出す。
歩くときは音楽を聴くのが好きだ。
徒歩数分のコンビニまででも、私はスマホの音楽を聴くため耳にイヤホンを入れた。

耳から聞こえる善逸のソロ。
まるでMVの俳優にでもなった気分で歩き始める。
雨音は気にならなかった。

気分よく歩いていたら、目の前の街灯の下に影が見えた。
よく犬や猫が段ボールに入れられて捨てられていることがある。
今日もそうかと思って小走りで街頭に近づいた。

チカチカと照らされた光の下、そこにいたのは犬や猫ではなくて、パーカーのフードを頭から被った男の人だった。

一応、確認だけれど引くくらい大雨の中。
傘も刺さずに。
パチパチと瞬きをして、のぞき込むように男の人を見つめる。
男の人は電柱に背中を預け、膝を抱えるようにして座り込んでいた。
体調でも悪いんだろうか。

「大丈夫?」

死んでいたらやだなと思い口を開く。
ぴくりと男の人の体が揺れた。
あ、生きてる。

それでも反応は無かった。
男の人が濡れるのがかわいそうで、持っていた傘を傾ける。
良かった、父の傘を持ってきていて。
傘が雨を遮断した時、男の人の顔が僅かに上がる。

「……誰」
「いや、こちらのセリフですけど」

突然口を開いた男性はフードの隙間から僅かに力ない視線が飛んでくる。
この目は知っている。
私が家族を失ったときにこんな目をしていた。
何故かほっとけなくて、そのまま声を掛ける。

「体が冷えちゃうから、早く帰った方がいいよ」
「……帰るとこない」
「えぇ…」

家がないとな。
昨今若者でもネカフェに寝泊まりする人が増えている。
何も不思議ではないけれど、ネカフェに行けるような人がこんなところで座り込んでいたりしない、よね。


「行くとこないなら、うちで風呂でも入れば?」


自分でもすごく不思議だった。
私の言葉に目の前の男の人もびっくりして顔を上げている。
ただどうしても、こんな寂しい目をした人を一人にはしたくなかった。
その辛さは誰よりも理解しているつもり。

「俺も一応男だよ?」
「……そこそこいい歳してると、そんなこと気にしないよ。家には誰もいないし、気兼ねないでしょ」
「いや、だめでしょ」
「そんな顔して座ってる方がダメでしょ。いいから早く立って」

傘を持ったまま、男の人の腕を無理やり掴む。
私の力で上げられるか不安だったけれど、しぶしぶ男の人は立ち上がってくれた。
そして、その時パーカーのフードが脱げた。
街灯の明かりの下、見えたのは綺麗な金色の髪。

そして、その顔は


「…あ、善逸」


K-styleの善逸だった。


prev next