黙っている事は出来なかった



隣の部屋に移ったとしても、俺の位置からは二人の状況が見える。
逆に言えば、名前の位置からでも見ようとすれば俺が見えるわけだが、まさか庭で聞き耳を立てていると思わない二人は、そのまま会話を続ける。
会話と言っても、喋っているのは派手派手しい女性の方だけど。
名前の口数が、いつにも増して少ないことが気になった。

『よかった、お仏前はちゃんとしているみたいね。いつも気がかりなのよ、貴女に任せるのは』
『……』

そう言って女性は、仏壇の前の座布団に座り、慣れた手つきでお参りの手順を進めていく。
それを斜め後ろに座ってぼーっと眺める名前。
ああ、この人が家に来た目的は仏壇の仏様に挨拶しに来たわけか。
親戚が来る、という名前の言っていた意味を、やっと理解した。
何ら不思議な事ではない。俺はそのまま見入るように二人を眺める。

『まさか、姉さんもこんなに早く逝くとは思ってなかったでしょうね』
『そうだね』
『しかも、娘の誕生日プレゼントを買いに出かけた先の事故だなんて…あの世できっと後悔をしているわ』
『……』

俺は目を見開いて、唾を飲んだ。
名前の表情から僅かに残っていた色が姿を消した。

『どうして貴方だったのかしらねぇ。素敵な旦那様と結婚出来て、同じく素敵な男の子が生まれて。別に娘なんてどうでもいいじゃない、って言ったのよ私は。なのに、この家に残ったのが貴方なんてね』
『……そう、だね』
『もうすぐ結婚間近だったんでしょう? 幸せ絶頂だったお兄さんも一緒になんて。きっと皆後悔しているに決まってる』
『……』

は?
こんなに人の音が聞けることを呪ったことはない。
段々と自分の体温が失われていくような感覚になっていく。
聴こえた声がどうか間違いであれと二人を食い入るように見つめながら思ったが、残念な事に間違いじゃなかったらしい。
次々と女性の口から出てくる、名前が一人の理由。
そして、言葉の節々に込められた「何でお前が生きているんだ」という悪意。
自然と手は拳になってて、ぶるぶると怒りなのかよく分からない感情で震えている。

『加害者家族からも、ふんだくってやればいいのに、アンタって子はまさか抱き合って一緒に泣くなんて、本当にバカの極みだったわね』
『…あちらも家族を亡くされた、から』
『バカじゃないの? こっちは将来有望な息子とその両親が犠牲になってるのよ? よりにもよって才のないアンタが残ったには神様も酷い事をするけれど』

女性の言葉遣いが少しずつ乱暴なものに変化してくる。
怒りと憎悪が入り混じった音がする。そして、表情にも変化は現れた。
名前を見る目がまるで、ゴミを見るようなそんな、冷めた目だ。

なんで
なんで、名前は黙っているの。
どうして言い返さないんだ。
名前を貶されているというのに。
大事な家族を辱められているというのに。

『……大人しい振りをしていれば、私がすぐ帰ると思ってるの? 本当に憎たらしいわ』
『別に…』
『まあ、アンタからすれば、すべての遺産が自分に相続されているわけだから、遊んで暮らせるものね。家族が死んでも万々歳でしょ』
『…違う」

小さな小さな声がポツリと零れた。
今の今まで殆ど反論らしい反論をしなかった名前が、身体を震わせて、はっきりと言い放った。
俯いていた顔を上げて、じっと女性を睨むその姿は、最近の名前の様子とは大きく違っていた。


『家族が死んで喜ぶなんて、そんなの叔母さんの方でしょ。如何にも姉が亡くなって悲しいみたいなパフォーマンス、いらないから』


さっきとは比べ物にならないくらい、芯の通った声。
それが聞こえた次の瞬間、俺の目には女性が怒りに任せて名前の頬をぶつ姿が映った。

「名前っ!!」

気が付けば身体が動いていた。
俺はガラス戸を乱暴に開けて、名前の前に出ると、そのまま突然現れた男を見て驚いている女性を鋭く見下ろした。


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