音駒高校との練習試合から数日経った。
バレー部の皆さんも音駒戦で思う所があったのか、以前より練習に対する思いが違う気がする。
素人の私が見てもそう思うのだから、きっとコーチや顧問の武田先生も手に取るようにわかっていると思う。

音駒戦が終わってからというもの、私はというといい加減引き延ばしてきた校内新聞に取り掛かった。
定期的に新聞部の先輩から飛んでくる「まだ?」というプレッシャーの強いメッセージにドキドキしながら、なんとか1コーナーを書き上げたのは、締め切り前日の事だった。
書いた内容はバレー部の勇姿について。
勿論私にとって満足のいく内容なのだが、一つ懸念点があるんだけれど、まぁ、いっか。

「今日から貼りだされてるんだよね? 俺も見てこようかな」
「あはは、恥ずかしいから見ないでほしいな」

お昼休みに入ってすぐ、隣の席の日向くんがにこにこと話しかけてくる。
内容は本日から貼りだされている校内新聞についてだ。
一応新聞部の先輩に確認してもらった感じだと好印象だったから、問題はないはずだけれど、それでも知っている人に見られるのは少し恥ずかしい。
苦笑いを見せつつ、持参したお弁当を開けようとしたその時。

僅かにクラスメイトがざわついた気がして、お弁当から顔を上げた。
クラスメイトの視線は不思議そうにドアの方を見ていて、私と日向くんの近くにいた男子は「でっけぇ」とぽつり呟く。
でっけぇ? 首を傾げつつそのままドアの方へ視線を飛ばすと、私はそのままお弁当を持つ手を止めて硬直した。

「…あれ? 月島?」

食堂へ行こうとしていた日向くんも動作を止めて、ドアの方を見入っている。
それもそのはず。特進クラスの月島くんが何故か私達の教室の前に立っていたからだ。
ちなみにその隣には気まずそうに立つ山口くんの姿もあった。
月島くんはドアから顔を出して、そのままキョロキョロと辺りを見渡す。
誰かを探していることは分かったし、それが誰なのかもなんとなくわかった。
ダラダラと背中を伝う変な汗に忠実に私は顔を逸らして、月島くんの視界に入らないように下敷きで顔を隠した。

が、扉付近にいた月島くんはそのままズカズカと教室内に侵入し、その後ろで「ツッキー!」と制止する山口くんの声を無視して私と日向くんの目の前で止まった。
クラス中の視線が私と月島くんに集まっているのがわかった。

「何、あれ」

開口一番言われた一言に思い当たる節しかない私は、きゅっと唇閉じてあらぬ方向へ視線をやる。
構わず月島くんは高い場所から見下ろした状態で「無視するなんて、良い度胸してるよね」とぽつりと零した。
嫌な予感が頭に過ったので、私はそろりと視線を上げる。

「……」
「ひえっ」

顔を上げて月島くんを見れば、彼は超絶不機嫌そうに眼を細めて、それからぴくぴくと目の上を痙攣させていた。
ああ、これはヤバイやつだ。今まで見た中で一番不機嫌だ。
ちらっと後ろにいる山口くんに助けを求めようと見てみたけれど、山口くんは緩く首を横に振るだけ。
そ、そんな…! せめて止めてくれてもいいじゃないか!

「……え、えっと…みんなの活躍した場面を書きたくて…」
「名前の言う”みんな”っていうのは、僕と日向の事を指しているんだとしたら、君は国語の勉強をやり直した方がいいと思うよ」
「…そ、そうです、ね」
「月島、苗字さんの書いた新聞の事を言ってんの?」
「日向はまだ見てないわけ?」

だったら見ない方がいいよ、僕みたいに貴重な昼休みを棒に振ることになるから。
そう言って私を見下ろすことを止めない月島くん。
月島くんがこんな風に怒っているのは、きっと私が書いた校内新聞を見たからだというのは容易に想像が出来た。
内容としては問題なかったはず、だけど問題があるとすればそれは

「一年生のバレー部員に焦点を当ててみまし、た」
「言っとくけど一年のバレー部員って四人いるんだけど。記事になってるのは二人だけだけど、それはどういうこと?」
「えっと…影山くんと山口くんは次の時に記事にするって承諾を得てて…」
「その口ぶりだと僕からも承諾を得てなかったらおかしいわけだけど、僕の記憶が正しければ一言もそんなの聞かれた事ないんだよね。ねえ、どういうこと?」
「……まあ、いっかなぁって」
「……」

そう。
今回の記事では活躍する一年生バレー部員の特集にしたのだ。
ただ記事のボリュームの都合上、全員を記載することはできなくて、だからこの前の音駒戦で特に印象に残った二人を載せることにしたんだけれど、どうやら月島くんはお気に召していないようだ。
承諾を得なかった私が悪いけれど、だって「日向ばっか映さないで」っていうくらいだから、てっきり月島くんを載せても問題ないかなーって思ったんだもん。
ばっちり日向くんの速攻を打つ場面と、ブロックに成功した月島くんの写真を載せた。
私としては満足のいくいい記事になったと思ったんだけどなぁ。

「日向を載せるなら、そこは影山もセットじゃないの」
「……まあ、それはそうかもしれないけど」

だっていつも涼しい顔している月島くんを驚かせたかったんだもん。

とは、口が裂けても言えない。

「ツッキー、苗字さんも悪気があったわけでもないし、記事自体は凄く格好よく書かれてたんだからさぁ」

やっと山口くんが後ろから助け船を出してくれた。
月島くんは私を暫く睨んでいたけれど、ふう、と息を吐いて「やっぱり君ってバカだ」と呟いてくるりと身体を翻した。
最後に「見世物じゃないんだから、見ないでよ」とクラスメイトに冷たく言い放ち、月島くんは教室を出て行った。
暫くポカンとクラス中が呆然としていたけれど、すぐに元の雰囲気に戻り始めたので、やっと私も通常呼吸が出来た。

「俺と、月島のことが書いてあるの?」

月島くんと私の会話を聞いていた日向くんが不思議そうに尋ねる。
私はドキドキしている心臓を服の上から押さえ、こくりと頷いた。

「あ、でも悪い事は書いてないよ! 二人ともカッコいいなーと思ったことをそのまま記事にしただけだから」
「…そう、なんだ」

日向くんの表情が少しだけ思いつめたような影が見えたので、慌てて私は弁解する。
だけど、結局昼休みが終わるまで日向くんの表情が晴れることはなかった。


◇◇◇


「ツッキー、ツッキー」
「うるさい、山口」
「ねえ、本当は嬉しいんででしょ? なんであんなに冷たくするの?」
「は?」

名前の教室を出て、自分の教室へと戻る途中。
後ろからついてきていた山口が、僕の肩を掴んで困ったように笑う。
僕はそれを軽く振り払い、すうっと目を細めて山口を見た。

「…まぁ、ツッキーがそれでいいならいいんだけど、いつまでも冷たくしていたら、誰かに取られちゃうよ」
「……」
「ねえ、わかってる? さっきだって日向の顔…」
「山口」
「…なに?」
「僕に意見するなんて、僕の何を知ってるわけ?」

山口は口を閉じた。だけど僕だってわかっている。
それがただの八つ当たりだということを。
図星を突かれた。山口ですらわかることだ。
だけど、僕の口は苛立ちをそのまま言葉にしてしまう。
脳内には先ほどの光景が頭から離れない。

「…同じクラスって、厄介だな」
「分かってるなら、態度で示さないと。ツッキー」

ポン、と僕の肩を軽く叩く山口に、今度は振り払う事はしないでただ苦々しく睨みつけるだけにしておいた。