「苗字さん、一年間よろしくね!」
高校の入学式も終わり、教室で新しい先生を待つ時間。
知らない人たちに囲まれた席で一人おどおどしながら、机の中心を黙って見ていた。
同じ中学からの子はいるにはいるけれども、皆クラスはバラバラになってしまったから、こうして机を睨む以外他ないのだけれど。
他の人たちは連れがいるからなのか、周辺の人と楽しそうにお喋りをしている、そんな中で一人取り残された気がして、私はお腹が痛くなりそうだった。
そうしていたら、すぐ隣で私の名前を呼ぶ声がした。
勿論聞きなれない声だ。
反射的に顔を上げて、声の主を見ると、隣の席に座る、人懐っこい表情でこちらを見る男の子。
椅子に横座りし、完全に身体をこちらに向けてにこにこと笑う顔に、少しだけほっとした。
「よ、よろしく。えーっと…」
「俺は日向」
「日向くん」
まだ同じクラスになって数分。
人の名前を覚えるのが正直苦手な私と打って変わって、日向くんは早速私の名前を憶えてくれたらしい。
知らない人に囲まれる緊張が一瞬で解けた。
私が「日向くん」と言うと、彼は笑ったままこくりと頷く。
「日向って呼んでよ!」
「…えっと…日向……くん」
あまり男の子とお喋りすることすら得意ではない私の悪い癖が出てしまったらしい。
普通の人には簡単な呼び捨てだって、私にすれば相当高いハードルなのだ。
一応言ってみようとしたけれど、やっぱり抵抗があって最後には「くん」を付けてしまう。
そんな私を不思議そうに日向くんは見ていたけれど「無理しなくていいから」とまた優しく笑ってくれた。
「苗字さんはどこか部活に入るの?」
「部活…うん、新聞部に入ろうかと思って。日向くんは?」
「俺はバレー部!!」
バレー部、と口にした日向くんの瞳が、きらきら輝いていて、心の底からバレーが好きなんだとなんとなく思った。
小学生の子供を見ているようで、私までくすりと笑みが零れた。
「中学もバレーやってたの?」
「うん、でも試合に出れたのは一回だけだった…だから、高校ではいっぱい試合に出て活躍するよ!」
「すごいね」
自信しかないその姿が少し羨ましい、と思った。
私なんて取り合えず人と関わり少なそうな部活に入りたいがために、新聞部を選んだのに。
新聞部はほぼ廃部寸前だと聞いた。
三年生に数人だけ部員がいるだけで二年生はいないんだとか。
学校掲示物の作成しかしていないらしいので、インドアな私にはピッタリだと思う。
そんな会話をしていたら、先生が教室へ入ってきた。
ざわついていた教室が一気に静かになる。
小声で日向くんが「じゃあ、またあとで」と笑ってくれたので、私も同じように答えた。
◇◇◇
日向くんは高校での友達、第一号となった。
とても親しみやすい性格の彼が友達になってくれて本当に良かったと思う。
日が経つにつれ、日向くん以外の友達もそこそこ増えてきた。
それでも日向くんとは毎日お話するぐらい、仲がいいと思う。
「苗字さん!! バレー部入らない!?」
「うん、無理かな」
毎朝、朝練後に教室で会ったあと、大体この会話から始まるようになってしまった。
日向くんも飽きずに何度も「バレー部バレー部バレー部」と連呼するので、日向くんに対していい意味で緩い返答も出来るようになった。
自分の席にカバンを置いて私は首を横に振る。
「苗字さんが、マネージャーになってくれればいいと思ったのに…!」
「私、新聞部だし。運動部のマネージャーなんてしたことないから、無理だよ」
「残念だなぁー」
日向くんも無理に強制はしない。
でも毎日部活に行ったらこの会話をしたことがリセットされるのか、ここ最近毎朝こうだ。
でも別に不快でもないので私は笑いながらお断りをする。
私は運動が苦手だ。
マネージャーならいくらかマシかもしれないけれど、それでも運動部の空気についていける気がしない。
この前、新聞部の部活に初めて参加した時に、あまりの緩さに「私の居場所はここだ!」と感動すらしたくらい。
ただ人数が少ないから学校新聞の1コーナーを担当することが決定した。
それに関しては仕方がないかなと思う。
その時は当たり障りない話題の記事を作ればいいかなんて考えていた。
「バレー部って人数少ないの?」
「そんなことないんだけど、マネージャーが三年生一人だけだから、もう一人くらい居てくれたらって思うんだよね」
「なるほどね〜」
机の中に教科書をしまいつつ、適当に相槌を打つ。
ふと日向くんの机の上にある一枚の紙に目が行って、首を傾げた。
「あ、これ?」
そんな私に気づいた日向くんがぺらりと私に紙を見せてくれる。
中身はバレー部のメンバー表のようだった。
簡易的なコートの図の中に日向くんの名前があって、にこりと微笑む。
「レギュラーなんだ、日向くん凄いね」
「そ、そんなことないんだ、けど…でも影…セッターがいるから俺も試合に出れてる、っていうか」
「ふうん」
セッター、と言われてもバレーのルールは良く理解していないので、分からないけれど
なんとなく、凄いポジションの人がいるんだろうなと思った。
それでも私にすれば一年生でレギュラー入りすることも、十分凄い事だと思うんだけど。
メンバー表の中に二年生、三年生の名前がちらりと見えて、それからもう一人一年生の名前が見えた。
「あ、可愛いお名前」
それを見て思わず口にするくらい、可愛い名前だと思った。
日向くんが「え、誰?」と顔を覗かせる。
私はコートの中の名前を指さして、口を開いた。
「月島、ほたるちゃん」
瞬間、日向くんの表情が固まった。
あれ、私間違えた?
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