「ぶ、ブフッ…ほ、ほたるちゃん、っ」

一瞬ぽかんと口を半開きにして、表情が固まった日向くんは、突然その表情をくちゃっと歪めて大笑いをし始めた。
本当に突然の事で私は状況についていけない。
目尻に涙まで浮かべてお腹に手を当てて笑われるような事を言ったのだろうか、私は。
それが数分続いていい加減私もぷうっと頬を膨らまし、笑い転げる日向くんをジトーっと睨みつける。

「ご、ごめんごめん! だって、ほたるちゃん…って」
「ほたるって読むでしょう?」
「あ、そうか、そうだよね! でも、うちにはほたるちゃんはいないよ、だって男子バレー部だし」
「……あ」

自分の目尻の雫を指で掬って、日向くんはそう言う。
言われて私もやっと気づいた。そうだ、日向くんは男子バレー部だった。
なるほど、と頷き「じゃあ、なんて読むの?」と尋ねた。
だけど、日向くんは無表情で首を傾げ「……知らない」とポツリ。

「いっつも苗字で呼ぶからさ」
「あー…そっか」
「でも、案外ほたるちゃんかもしれないし」
「……絶対楽しんでるでしょ、日向くん」

ひとの良い顔でニコニコと受け答えをする姿は、年齢よりも幼く見えるけれど可愛らしいなとも思う。
日向くんはカッコイイ男子というわけではないけれど、そういう意味では需要のありそうなモテ男子だと思う。
一度本人に言ったけれど「可愛いって言われても嬉しくないよ!」と叫ばれてしまったっけ。

もう“ほたるちゃん”については触れてほしくないので、メンバー表の他の名前に目を移し、もう一人の一年生の名前を指さした。
「かげやまくん」と口にすると、少しだけ日向くんの眉が吊り上がった。
影山くんの顔は一度も見たことがないけれど、何となく彼と日向くんは仲が悪いんだろうなと予測した。
そこからは影山くんを貶す8割、あんなんでもちょっとは凄いセッターなんだ…と歯切れが悪そうに褒めるを2割。
仲が良いのか悪いのか分からなくなってきたところで、先生がやってきたので、私たちの会話はそこで終了した。


◇◇◇


「あれ、苗字さん、まだ帰らないの?」
「うーん」

ある日の放課後。
これからバレー部に行こうとする日向くんが呟く。
新聞部というほとんど帰宅部のような部活に所属している私は、基本授業が終われば家に帰るのだけれども。
私は自分の机の上に広げた校内新聞の真っ白な原稿を前に、腕を組み悩んでいた。

ほとんど帰宅部みたいなものだけれども、それでも部活動として活動している以上、その仕事は全うしなければならない。
いい加減今年初の学校新聞を発行します、と先日先輩に言われ、私はこうして悩んでいるのだ。
一人一コーナーを任せる、と言われたけれども、新入部員なのだから少しは気を利かしてもらえるのかと思ったら、がっつりメインコーナーだったので、頭痛までしてくる始末。
先輩から渡されたデジカメはあるものの、何を書けばいいのかわからないし、何を撮ればいいのか分からない。
ちなみに写真で尺稼ぎもNGだと言われた。…ひどい。

「学校新聞?」
「そう…テーマが決まってなくて」

日向くんは一度肩に掛けたカバンをもう一度机の上に下ろして、うーんと私と同じく頭を悩ませる。
これからきっとバレー部の方に行こうとしていたはずだから、それが申し訳なくて私は慌てて首を横に振った。

「日向くん、バレー部があるんでしょ? 私はもう少し考えてから帰るから、気にしないで」
「うん、まあ…そうなんだけど…でも」

同じように腕を組み、私の机の前でうろうろしながら「うーん」と悩んでくれるのは有難いけれど。
部活が大好きな日向くんの手を煩わせる事が凄く心苦しい。
もう一度日向くんに「私は大丈夫だから、ね」と言ってみた。
すると、険しい顔をしていた日向くんがぽん、と自身の手を叩いていい事思いついたと言わんばかりの表情で、私にずいっと顔を近づけてきた。
あまりに急接近したものだから、私は後ろに仰け反ることもできなくて、危うく接触しそうになる距離でただただ目を見開いて驚いた。

「バレー部!!」
「…えっ?」
「バレー部の事、書いたらいいんじゃないかな!?」
「ば、バレー部…」

日向くんが言うには。
昔、男子バレー部は強豪の部活だったらしい。烏野といえば全国にも出たことのある、そんな学校だと。
だけど昨年までは決勝にすら進めなくなり、飛べない烏なんて呼ばれる始末だったとか。
それが、最近県内ベスト4の青葉城西と練習試合を行った際、なんとそのチームに勝ったらしい。

「俺、絶対全国大会に行くつもりだからさ! だから、新聞部が全国大会に行くまで、それを取材したらどうかな?」

バレー部が最近盛り上がっている、という話は日向くん以外からも聞いていた。
きらきらした目で「バレー部強いんだ!!」と訴える日向くんを見ていたら、それもいいかもと思えてくる。
それに公式戦ではないとはいえ、県内ベスト4の学校に勝てたことだけでも、記事にできそうな内容だ。
全くの未開拓地になるけれど(バレーのルール知らないし)、友達の日向くんがいるなら、心強い。
案外いい案なのかもしれない。

「…それ、いいね」

顔が近いことを忘れてそう呟くと、私の言葉を耳に入れた日向くんが、私の両手を握り「でしょでしょ!!」とブンブン上下に振り上げる。

「じゃあ、今から一緒にバレー部に行かない? 部長に言って見学の許可貰おう!」
「え、え? い、今から?」
「うん、ほら行こう!」
「え、ちょ、ひ、ひな」

今度こそ肩にカバンを引っ提げた日向くんが、ついでに私の手を掴んだまま、強引に走り出した。
気が付けば私のカバンまで日向くんが持っていて、私は何とか出てくる前に持ってきたデジカメだけを手に、とんでもないスピードで廊下を疾走する日向くんに引きずられるまま、体育館へ連行されたのだった。