日向くんと影山くんの成績は本当に危ないらしい。
このテストで赤点を取ったら、遠征に行けないという事で、二人の勉強に掛ける気合は凄まじいものだ。
二人は結局月島くんと山口くんに勉強を教わることにしたらしく、部活の合間や、終わった後にせっせと教えてもらっていた。
第三者から見ればあの仲が微妙だった一年生組が、仲良くなったみたいでとても微笑ましい光景なのだけれど。
問題があるとすれば、何故かそこに私がちゃっかり存在していることだろうか。
「……も、もう帰ろうかな」
「だめ」
夕方のファミレス。
部活が終わったら最近はみんなでここに集まるのが習慣づいてきた。
私自身そこまで成績は良くないけれど、決してこの場に居るべき人間じゃないとわかっているから、頃合いを見て帰ろうとするんだけど、隣に座るメガネが華麗にそれを拒否する。
山口くんがはあ、と溜息を吐きながら日向くんのノートを覗き込んだ。
「苗字さんが居てくれたら心強いよ、俺」
「ありがとう、日向くん…でも、私、一人で勉強したいなー…なんて」
「どうせ一人になっても勉強しないでしょ。勉強出来てるなら、成績は良いはずだからね」
「……そう、だけど」
日向くんが優しく言ってくれたけれど、私の本心としてはこの空間には居たくない。
横で何故か私を居残らそうとする月島くんの傍に居たくないからだ。
それをきっと月島くんは分かっていて、こうして意地悪をしてくる。
……こっちはそれどころではないというのに。
影山くんはガシガシと頭を掻いて、目の前の問題文と格闘している。
それを横目に日向くんも負けじとシャーペンをカリカリと動かしている。
二人を冷めた目で見つめる月島くんから少しでも距離を取ろうと、腰を浮かせたけれどテーブルの下で思いっきりスカートの裾を掴まれてしまう。
何してるの、月島くん。
「逃げる気?」
「違うよ、ただ遅くならないうちに帰ろうかなって思っただけ」
「遅くなったら送ってあげるから、君も勉強したら」
「……」
こうまで言われてしまっては帰る理由がない。
結局私は大人しく座り直して、自分のノートをカバンから引っ張り出すのだった。
そんな様子の私を満足そうに見つめて、月島くんはノートに視線をやった。
私の書いた文字をさーっと流し読むと、急に人差し指を文字の上に滑らせる。
「これ、間違ってる」
わざととしか思えないくらい、いつもよりも低いトーンの声で耳元で囁く月島くん。
私は慌てて頭を動かして距離を取るけれど、またもやスカートの裾を掴まれているので遠くへ逃げる事は出来ない。
ただ抵抗せずに赤い顔のままコクコクと頷いて自分の文字をガシガシと消しゴムで消した。
「なんかー…月島と苗字さん、近くない?」
「…え?」
向かいに座る日向くんが苦言を呈するかのように呟く。
勿論その通りなのだけど、口にすることは出来ないので、赤ら顔のまま苦笑いを見せた。
月島くんはいつもと同じ顔で「そんなことはいいから、さっさと問題解いて」とブツブツ言っていた。
相変わらず、私のスカートの裾を掴んだままだけど。
暫くそうやって勉強をしていて、キリの良い所で日向くんがジュースを口に含み大きく伸びをした。
そのタイミングで影山くんを見ていた山口くんも、影山くんも同じように一息吐く。
「…あ、そう言えば、あの子は入部するのかな」
思い出したかのように口を開いた私に、その場に居た四人の視線が集まる。
まず反応したのは日向くんだ。
「入部はまだわからないけど、実は最近勉強を教えてもらってるんだー。仲良くなれそうな気がする」
「そうなんだ」
最近、潔子先輩がどの部活にも入っていない女の子を見学に連れてきていたのだ。
その際に私も軽く挨拶はしたけど、如何せん私は部員でも何でもないので、深くかかわることなく潔子先輩の説明を隣で盗み聞きしていた。
女の子、谷地仁花ちゃんは同じ一年生のマネージャー志望だ。
はきはきと話す可愛らしい女の子で、少し羨ましく思える。
日向くんとお友達になるのも時間の問題だと思う。
そんなことを考えていたら月島くんが鋭い視線をこちらに向けていた。
吃驚して「何?」と尋ねたけれどすぐに「何でもない」とそっぽを向いてしまう。
……谷地さんは、月島くんと同じ特進クラスだ。
そう言う意味では彼女と月島くんは今後、絡む機会も私なんかよりも多いんだろうな。
胸の中に僅かに感じたモヤモヤに気づかない振りをして、私はノートを捲った。
◇◇◇
勉強も終わって、いつものバス停まで皆でぞろぞろと歩いてく。
やっぱりなぜか私の隣には月島くんがいて、わざと歩幅をゆっくりしても早くしても必ず月島くんは隣にいる。
ほぼ諦めて歩いていると、珍しく月島くんから話しかけられた。
「遠征はどうするの、名前は」
名前を呼ばれてビクリと身体が揺れる。
それを隠そうと「え、遠征?」と無理やり声に出したけれど、きっと月島くんにはバレバレなんだろう。
にやりと笑う月島くんと目が合ったので、私はすぐに目を逸らした。
「行くんでしょ」
当たり前のように月島くんがそう言った。
私は思わずその場に立ち止まって、ポケットに手を入れて歩く月島君の背中を見た。
何で当たり前のように言うのかな。
私は、部員でもないのに。
どうして最近ずっと月島くんは、私に絡むんだろうか。
意地悪をされているのは分かるけれど、遠征でも意地悪しようとしているのかな。
それは、凄く嫌だ。
自分の肩にかかっているカバンの紐をぎゅっと握った。
「行かない」
私がそう言うと、目の前のメガネは驚いた顔で振り返り、私を見た。
私と月島くんが立ち止まったことで、前を歩いていた三人もまた振り返る。
どうせ。
月島くんは私のことをおちょくろうとしているだけ。
いつもみたいに上から目線でバカにしようとしているだけ。
この前のキスも、その延長。
だから、私一人月島くんの隣でドキドキしているのを、わかっててやっているんだ。
「私なんかが行っても迷惑なだけでしょ? マネージャー志望の谷地さんが行くんだろうし、人は足りてる、よね?」
「……何それ、行かない理由があるわけ?」
「苗字さん、どうしたの…?」
山口くんが眉を八の字にして首を傾げる。
目の前の月島くんの眉がぴくぴくと吊り上がっているのが、なんとなくわかる。
あ、ちょっと怒ってる。
でも、別に私は怒らせるようなこと、言ってない。ただ、事実を言ってるだけだもの。
「月島くんと一緒に居たくないから」
ズキン、ズキン。
あれほど傍に居たくないと思っていたのに、口に出すと胸に痛みが走った。
ピリっとした空気が辺りを包む。
居ても経っても居られなくて、私は月島くんの顔を見る事なく、その場を駆け出した。
バス停まで一気に走ると、丁度バスがやってきて私は皆に追いつかれる前にそれに飛び乗った。
バスの中で息を整えながら、彼らが立っている方向へ目を向けて。
段々と視界がぼやけてくると同時に、頬につーっと雫が伝った。
「…嫌いだ」
私を虐める月島くんなんて。
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