「月島くんと一緒に居たくないから」
自分が何を言われたのか、一瞬意味が分からなかった。
僕と並んで歩いていた名前はいつの間にか立ち止まり、顔をくちゃっと歪めてそう呟いた。
前にも「嫌いだ」と言われた事はあったが、その時以上に衝撃が走った。
「…は、」
驚きすぎて口からはまともな言葉すら出てこない。
僕がただ目を見開いて驚いている間に、名前は一目散にバス停に向かって走り出した。
それを驚きながら見つめる僕以外の人間。
タイミング悪く、丁度来たバスに飛び乗るようにして乗ってしまった彼女を見つめてもなお、僕の足は動きを完全に停止していた。
「ツッキー…? 苗字さん、どうしたの?」
名前を見送った山口が振り返って僕に尋ねる。
そこでやっと僕は何を言われたのか、はっきりと理解したのだ。
「…別に」
どうせいつものように付いてくると思った、それだけだ。
新聞部の取材と言いつつ、いつも部活に顔を出す名前なら、きっと遠征だって同乗してくるだろう、って。
だから、聞いた。
『行かない』
それをはっきり否定された。
彼女の言い分はもっともだった。
そもそも彼女は部員ではないのだから、遠征までついてくる必要なんてない。
気軽に参加できるほど、東京遠征は甘くないだろうから。
それでも。
それでも、来てくれると思った。
いつも一緒にいるからこそ、勘違いしていた。最近の彼女の様子が依然と大きく違うのは、僕の事を意識してくれているから、だと。
それが呆気なく崩れ去ったわけなんだけども。
「別に、って。そんなわけないじゃん。苗字さん、泣きそうだったし」
フイ、と山口から顔を逸らした僕を逃がさまいとばかりに、逸らした方へ移動してさらに小言を漏らす山口。
それを聞いた日向がぐるんと振り返って、ズンズン近づいてくる。
ほら、山口が余計なこと言うから、一番厄介な奴に聞かれたじゃないか。
「苗字さんに何したんだよ、月島!」
「何もしてない。僕はただ、遠征に来るのかって聞いただけ」
「それだけで何で走って帰っちゃうんだよ」
「僕が知りたいよ」
まあ、八割方分かっているんだけど。
この前、名前にキスをしてから、僕たちの距離は激変した。
いい方向に、と僕は思っていた。
どうやら名前にとっては泣くほど嫌だったのかもしれないけど。
……今更自分の気持ちに蓋をするつもりなんかサラサラ無かったけども、僕の気持ちに気づいてると驕っていた部分はあった。
そして、それを受け入れてくれているんだとばかり。
ほんと、僕にとって都合のいい考えだ。
「……完全に、嫌われたな」
喚く日向を置いて、スタスタと歩いていきつつぽつりと零れた小さな気持ち。
さっきまで彼女とどうなりたい、なんて考えていたうすら寒い僕を殴ってやりたいよ。
◇◇◇
月島くんから逃げるように帰ったあの日から、私はバレー部に行く回数を極端に減らした。
行くときは放課後に日向くんに捕まったときだけ。
私が面と向かって断ればいいのだけれど、悲しそうな日向くんを見ていたらそれは流石に出来なかった。
バレー部に顔を出せば、月島くんと顔を合わせう事になるのに。
気まずい、なんてものじゃない。
出来る事なら会いたくない。
でも会わなければ、ずっと頭の片隅であの時の月島くんの光景が浮かぶ。
それはそれで困るけれど、本人を目の前にするより、ずっといい。
何度か月島くんと目が合ったけれども、月島くんが何か口を開こうとする前に、日向くんや谷地さんがタイミングよく話しかけてくれるので、今のところ問題はない。
山口くんはその様子に複雑そうな表情をしているけれど。
結局勉強だって、私も谷地さんと日向くんと一緒にさせてもらって、捗っているし。
そうこうしていたら、テストも無事に終わりを告げた。
ここ最近のテストの中で一番よくできたと思うけれど、全然達成感なんてない。
テスト中だって頭にあるのは、この前の月島くんのことや遠征のこと。
新聞部的には遠征に参加させてもらえるなら、行きたい。
他校が沢山参加して、一緒に練習試合をするのだから、記事にしやすいことこの上ない。
なのに。また心無い月島くんにちょっかいを掛けられるかと思うと、胸が苦しい。
…私だけが、意識しているのかな。
「苗字さん?」
いつの間にか意識を飛ばしていたらしい。
目の前の日向くんに声を掛けられて私ははっとする。
バレーの練習が終わったあと、テスト結果を先輩たちに報告を青い顔でする日向くんに回りの先輩達が同情の眼差しで見つめる。
英語のテストの点数が赤点だったようだ。
つまり、
「遠征…」
絶望の顔で俯く日向くん。
赤点があれば遠征に参加できない。
それは最初の約束だった。
「くそ…っ」
日向くんの隣、影山くんは凶悪な顔で俯いている。
こちらも一教科だけ赤点だったらしい。
この時点で二人の遠征初日は補修が決定した。
あまりに暗い雰囲気の中、満を持して口を開いたのは田中先輩だ。
「俺が救世主を呼んでやろう」
そう言ってキリリとした顔で腕を組む田中先輩。
日向くんや影山くんはキラキラした視線を田中先輩に向けて、その足に縋りついていた。
救世主とは、どういう意味なのかは不明だけれど日向くんと影山くんが遠征に参加できそうなら、良かった。
その様子だけ確認して、私はそっと体育館を後にした。
「苗字さん」
騒いでいる人たちにばれないようにこっそり体育館を抜け出したのに、いつの間にか走ってきていた山口くんに声を掛けられた。
私は驚きつつも、にこりと笑って「どうしたの?」と尋ねた。
「苗字さん、遠征に来ないの?」
「…うん」
「どうして?」
「だって、私部員でもないから迷惑かなって」
山口くんはどこから知ったのか、私が遠征に参加しないことを聞いてきた。
私としてはなるべく普段通り答えたつもりだったけれど、山口くんの表情は若干暗い。
少しだけ戸惑うように動かした口を山口くんは決心したように開いた。
「ツッキーがいるから?」
ビクリ、と私の身体が揺れた。
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