「ヘイ、赤点ボーイズ、アーンド、ガール?」

ショートカットの似合う、かっこいいお姉さん。
彼女は烏野食堂と書かれた車の前に立ち、車を親指で指した。
どことなく目のあたりが田中先輩に似ているな、なんて思いながらも私は背筋を伸ばして転がしてきたキャリーバッグの持ち手を握る。

「乗りな」

腰に手を当て、どことなく大人な雰囲気を醸し出すその人は、運転席に華麗に乗り込むと私と、日向くん、影山くんを載せてとんでもないスピードで走り始めた。

「野郎二人は聞いてたけれど、まさか女子まで混ざってるなんて。道中楽しいねぇー!」
「…突然言ってすみません」
「気にしない気にしない。乙女には時に色んなものを投げうってでもやりたいことがあるもんさ」
「…えっと…?」

田中先輩のお姉さん、冴子さんが豪快に笑いながらハンドルを切る。
正直冴子さんの言っている意味はよく分からないけれど、私の気持ちを読まれた気がして少しだけ顔が赤くなった。

昨日。
日向くんから、赤点組は学校が終わったらすぐに田中先輩のお姉さんに、車で送迎してもらう予定だと連絡がきた。
もしよかったら、一緒に乗せて行って貰わないだろうか、というお誘いだったのだ。
勿論嫌ならいいよ、と日向くんの連絡には書いてあったけれど、それを見て私は居ても経っても居られず、渋る両親を何とか説得し、こうして冴子さんの車に乗せてもらっている。
助手席に私、後部座席に日向くんと影山くんが座っている。
二人はグチグチに文句を言いつつも、遠征に行けると分かってからはどこか真剣な表情をしていた。
二人はやっぱりバレーがしたいみたいだ。そんな後部座席を見て、私は思わず微笑んだ。

「ねえ、お嬢ちゃん。新聞部なんだって? 取材に遠征までついていくなんて、粋だねぇ!」
「そ、そうです、ね」

カッカッカと笑う冴子さん。
残念な事に私が付いてきた理由は取材が全てでないのが、心苦しい。
頭の片隅にふってわいたあの忌々しい眼鏡を想像していたら、いつの間にか眉間に皺が寄っていた。
それを冴子さんに見られたようで「へぇ?」と意味深に問われる。

「なになに〜? 後ろの連中には内緒にするから、お姉さんにも教えてよ」
「え、えっ…」
「ほら見てみな。あんなに言い合ってたのに、仲良く眠ってるよ」

冴子さんのその言葉通り。
つい先ほどまで真剣な顔をして座っていた二人はいつの間にか、安からかな顔で眠っていた。
別に天に召された訳ではないけれど。
そう言えば二人とも、今日のテストのために、昨日も遅くまで勉強していたとか言っていたっけ。
なるほど、とそっと覗いていたら冴子さんから「んで、目的は誰?」と追撃が来る。

どこか気恥ずかしい思いをしながら口をモゴモゴ動かす。
上手く言うことが出来ればいいんだけれど、残念ながら私の口下手はあの眼鏡のお墨付きである。
なんとか絞り出すように「……一年生の、月島くんと喧嘩をしてて」と呟いた。

「月島ってどんな奴かは分からないけど…ソイツと喧嘩して仲直りしようと思ってついてきたんだ?」
「…まあ、そんな感じです」
「青春だねぇ〜」

茶化すように冴子さんは言うけれど、ちっとも気分は悪くならない。
むしろそう言って笑い飛ばしてくれる方が、私としては少し嬉しい。
最近は月島くんのことを考えるだけで、気持ちが沈んでいたから。

「……仲良く、なれますかね」

ポツリと呟いた言葉に、冴子さんが前方から視線を外さずに「さあね」と言う。

「その月島って奴と仲直りしたいだけなら、出来るだろうけど。それ以上に思ってること、あるんじゃない?」

思わず吃驚して冴子さんの横顔を見つめた。
冴子さんは相変わらず荒い運転をしているけれど、どこか私を気を遣うようなそんな優しさを感じた。
ぐっと膝の上の手を握った。

言い当てられた思いに、またしてもどう反応すればいいのか上手く言葉に出来ないけれど。

でも、嘘はない。


「月島くんの、考えてる事が知りたい、です」


あの面倒くさそうに据わった目の奥に、何が見えているのか。
少しでも、私を映してくれてはいないだろうか。
なんて、まるで少女漫画のヒロインのようなことを考えてしまう。
こんなバカみたいな事、また冴子さんに笑い飛ばしてほしい、なんて思っていたのに。
冴子さんは爽やかな笑みを浮かべて、一瞬だけ私の方を見た。

「大丈夫、きっとわかるようになるよ」

まるで私を安心させるかのように。
そう言って貰えて、私は驚いたと同時にやっぱり嬉しくなってしまって。
こくりと頷きながら「はい」と答えた。



◇◇◇



長旅だった。
というか、車に乗っていた時間は案外短いものだったのかもしれないけれど、想像以上に冴子さんの運転技術が凄すぎて。
最初はなんとか頑張って耐えたけれど、後からはもう目を開けるのも怖いくらいだった。
そんな困難を乗り越えて、なんとか私たちは合宿先に到着した。
車を降りてすぐに、さっきまで寝ていたとは思えないくらい猛スピードで日向くんと影山くんが駆けだしていき、私は恐る恐るその後ろを一歩ずつ進んでいく。

日向くんと影山くんが先に体育館へ足を踏み出した後、僅かなざわつき。
ごくりと唾を飲みこんで私は二人の身体の後ろからひょっこり顔を出した。

体育館の中には思いのほか沢山の人がいた。
皆ゼッケンを着て汗だくで、練習試合を何本もやったあとのようだった。
他校の人達も見慣れた烏野の人達も、驚きながら日向くんと影山くんを見ている中。

見つけた。

一人だけ、日向くんと影山くんじゃなくて、その後ろにいる私を目を見開いて見つめるメガネ。

日向くんと影山くんがカバンを体育館の隅に投げ出し、早速ゼッケンを取りに走る中。
私はゆっくりと中へ入る。
冴子さんが「行ってら」と片手を振ってくれたのを確認して、私はそのままコートの端にいたメガネに近づいていく。

周りの人はようやく私の存在に気づいたみたいだけれど、別に気にも留めない。
別にいい。私は、取材に来たわけでも、バレー部のマネージャーをしに来たわけでもないからだ。


「……僕と一緒に居たくないんじゃなかった?」


まだ驚いた表情のままの月島くんは、いつものように悪態を吐いたけれど。
私はそこまで嫌な気分じゃなかった。

「月島くんが、寂しくて泣いちゃうんじゃないかと思って、会いに来た」

普段なら絶対に言わないのに。
自分の気持ちを奮い立たせる意味を込めて、敢えて強気な発言をした。
きっと月島くんなら呆れて無視するか、鼻で笑うか、そんなとこだろうと踏んでいた。

それなのに。

月島くんは、夢で見たように穏やかに笑って。


「…バカじゃないの」


と、私の頭にタオルを被せた。