日向くんの表情は今まで見た事が無いくらい、苦しそうで、そして真剣で。
試合の時でもそんな表情見た事無かった。
何と声に出せは良いか分からない。
そうだ、と肯定すればすっきりするけれども、未だに誰にも口にしたことのない気持ちだったから、
それをいきなり日向くんに言うのは気が引けた。
私自身、自覚したのは最近なのだし。
「…嫌いじゃないよ?」
だから私なりの答えは、適当に濁す事だった。
それで引いてくれることを願いながら、私は日向くんに向けて苦笑いを見せる。
日向くんが何かに気づいたように、私から視線を逸らして「そっか」と呟いた。
よかった、どうやら理解してくれたらしい。
心の中でほっと胸を撫で下ろしていたら、日向くんはそのまま口を開いた。
「月島って苗字さんと一緒にいるけど、何を考えているか分かんないし」
缶ジュースを持つ手に力が入る。
危ない、危うく笑顔がはがれる所だった。だけど、それも時間の問題かもしれない。
日向くんは先程とは打って変わって安心したように、ペラペラと話し出した。
それを耳に入れる度に、私の動揺が缶ジュースに伝わっていく。
「この前見たんだけど、部活の休憩時間の時に他クラスの女子に告白されていたし、もしかしたら彼女とかいるじゃないかな」
「……へぇ、そうなんだ。月島くんってモテそうだもんね」
私の声は震えてはいなかっただろうか。
ちらりと日向くんを見るけど、日向くんは気づいた様子もなく軽快に月島くんの話をしていく。
ねえ、日向くん、あのね。
私、そんな話、聞きたくないの。
月島くんが好きだから。
でもそれは口に出来ないから、こうしてずっと笑った顔で相槌を打つしかなくて。
早く昼休みが終わってしまえと思うくらい、長い時間が過ぎていく。
その間、私は何と言って相槌を打ったのだろうか。
もう何を言われても、適当にしか返せない。
告白…? 彼女…?
そんな相手が居たのに、私にキスをしたの?
嫌な想像が頭を過っていく。こんな私、嫌だな。
昨日まで覚悟を決めてこの場に来たというのに、その覚悟にヒビが入っていくのが分かった。
日向くんの声がどんどん遠くなっていく。
「最近苗字さんと仲よさそうだったから、ちょっと心配だったんだ。月島って、女子に優しくないし」
はは、と笑う日向くんがこちらを見た。
私はもう笑ってはいなかった。
私の表情を見て、日向くんが固まる。
笑っていた顔も、薄っすら血の気が引いているように見えた。
私は、冷静だった。
手先の感覚が冷たくなっていって、缶ジュースの持つ指がちゃんと缶を持っているのかも怪しいくらい。
頭の中だって、冷え切っていた。
「それって、私の心配をしているの? それとも月島くんの悪い話を聞かせてくれてるの?」
自分でも思いがけないくらい平坦な声だった。
日向くんは、いつも優しい。
高校に入って初めて友達になった人。
隣の席で、いつも優しく暖かく声を掛けてくれる。
でも、それでもね。
私の脳裏に浮かぶ、月島くんはちっとも優しくもないし、不愛想だけども。
女子に優しくないなんて、初めて月島くんを見た時から知っている。
私の扱いが酷いときだってある。
それでも、
「月島くんが悪い人かどうかは、私が決めるし、そんな話を日向くんの口から聞きたくない」
とても酷い事を日向くんに言っている。
お友達が私の事を思って助言してくれたに過ぎない事は分かっているのに、それを聞いて「はいそうですか」と思いたくない。
……私、知ってるの。
月島くんは女子に優しくなくて、不愛想な人だけど。
それでも、私に優しく微笑んでくれる時があるの。
その時の月島くんは、きっと日向くんが言うほど酷い人じゃないって分かっているから。
「……ごめん」
日向くんは酷く傷ついたような表情をして、小声でぽつりと零した。
私はそれを「ううん」と答えて、何かを言おうとしたけれど止めた。
日向くんをフォローしなきゃ、と思うのに、言葉が出てこない。
私は、悪い子かもしれない。
日向くんの心配よりも、さっき日向くんが言った月島くんの事が気になって仕方ない。
大切なお友達なのに。
私は、
「ごめん、俺、先戻るね」
日向くんはジュースを一気飲みして、空き缶をゴミ箱へ入れた。
勿論、私は日向くんの方を見る事も出来ずにまた「うん」とだけ答えて、ベンチに座ったままだった。
日向くんが廊下を走り去っていく足音を聞きながら、ぼうっと床を見ていたら、段々と視界が歪んでいく。
膝に落ちた雫はダムが決壊したように、頬を伝って流れ落ちていった。
「…っ…、わ、わたし…っ」
悪い子だ。
お友達を傷つけて、自分本位の事しか考えられないなんて。
こんな私、月島くんに好かれるはずなんかない。
止まらない涙を何とかしようと、何度も手で拭ってみたけれど、止まることはなかった。
もう諦めてずっと止まるまで放置しておこうか、なんて脳裏をよぎった時。
後ろから足音が聞こえて、私は驚き振り返った。
「……それ、誰に泣かされた?」
今、一番会いたくない人が、そこに立っていた。
私の泣き顔を見て、月島くんがすっと目を細める。
怒っているような雰囲気を感じ取った。
「何でもない」
思わず顔を逸らして、泣き顔を隠したけれど、月島くんは大きく足音を立てて私の傍に寄ってくる。
そして、私の頬に手を伸ばして、
「僕を見て、名前」
そう言って、私の唇にキスを落とした。
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