日向くんに連れられてやってきた体育館。
中に入ると既に上級生がネットの準備をしていたり、アップをしていたり。
そんな中、制服姿の日向くんと私が体育館に入ったことで、中にいた人皆の視線が私たちの方に集まった。
1番近くに居た坊主の先輩が「日向、着替えてこいよー」と声を掛けてきたが、それを日向くんが「うっす」と如何にも運動部らしい返事をする。
坊主の先輩の目線が日向くんから私に向けられ、首を傾げられる。
…いやまあ、ほんとすみません。
突然乱入してしまって。すぐに消えます、睨まないで下さい。
目つきの悪い視線がブスブスと私の体に刺さる。
こわい。
運動部、こわい。
日向くんはキョロキョロと当たりを見回し、目的の人が見当たらなかったからか、坊主の先輩に近づいていく。
勿論私の手を握ったまま。
勘弁してくれ、と心の中で呟いた所で止まることはなかったけれども。
「田中さん、大地さん知りませんか!?」
「大地さん…? もうスガさんも来てるから、すぐ来ると思うけど、日向、その子…」
ジロリと坊主の人が私を上から下まで眺める。
うう、こわい。
当たり前だけど、私よりも背が高いし、先輩だして私は今にも泣き出しそうだった。
なのに日向くんは手を離してくれないし、何を考えているんだろう。
試しに引っ張ってみたけど、ビクともしない。
「もしかして、日向のコレか!?」
突如、坊主の先輩は小指を立ててニヤニヤと口角上げて日向くんを見る。
日向くんは最初意味が分からなかったのか「うん?」と頭の上に疑問符を並べていたけれど、坊主の先輩が「ほらほら、アレだよ、アレ」と遠回しに言ったことで何となく意味を理解したらしい。
日向くんの表情がだんだんと赤みを増し、あわあわとまるで金魚のように口をパクパクさせている。
「ち、違っ! 違う!! お、同じ、同じクラスの!!」
「……お友達です」
顔を真っ赤にして言葉も拙いので、ずっと黙っていた私がとうとう口を出してしまった。
コクコクと頷いて同意してくれる日向くん。
はあ、と息を吐いて私は経緯を説明しようとした。
「どしたー?」
すると、坊主の先輩の後ろからひょっこり顔を出したのは、泣き黒子が特徴のこれまた上級生。
ただ坊主の先輩よりも表情が柔らかい。
私はこっそり心の中で安堵した。
「スガさん、日向のクラスの女の子らしいっす」
「へー、見学?」
坊主の先輩の話し方から、何となく泣き黒子の先輩は三年生っぽかった。
私は未だ顔を赤らめて役に立たない日向くんの代わりに口を開く。
「新聞部の苗字と言います。校内新聞の取材をさせて頂きたくて…部長さんはいらっしゃいますか?」
「取材かぁ…なるほどね。部長…なら、今来たよ。だいちー、可愛い女の子が大地に用があるってー」
泣き黒子の先輩はにこりと微笑み、そして視線を私の後ろに向けた。
口の横に手を当ててわざと意味深な言い方をするので、私は心の中で溜息を吐いた。
なんだろう、バレー部の人ってみんなこんな感じなのかな。
この辺でやっと日向くんが正気を取り戻してくれたみたい、握られていた手は外されていた。
勿論、その時も目の前の二人の先輩に「ひゅーひゅー」と茶化されてしまったのだけれど。
大地、と呼ばれた短髪の爽やかという言葉が似あう先輩は、とんとんと靴を鳴らしてこちらへやってくる。
「ん?」
なるほど、この人が部長と言われると納得してしまう。
少なくとも先にお会いした二人の上級生よりも遥かに落ち着きがあるのが、目に見えてはっきりとわかる。
……ただ本当に勘弁してほしいんだけど、私よりも大きい人に囲まれるのは本当にやめてほしい。
勿論口が裂けても言えないので、私は苦笑いで先ほど泣き黒子先輩に説明したことを、もう一度説明した。
「取材? 顧問の武田先生に聞いてみるけど、俺は問題ないと思うよ」
あっけらかんとした様子で部長さんは許可してくれた。
ボールが飛んでくるかもしれないから、部活中は端に居るように、と優しく言ってくれて、思わず私はほっと胸を撫で下ろした。
一応この後顧問の武田先生が来られたら、許可を貰おう。
「ありがとうございます!」
その場に居た先輩たちに頭を下げると、皆恥ずかしそうに笑ってくれた。
折角のご厚意に迷惑を掛けるわけにはいかないので、そそくさと部活の邪魔にならないよう、コートの端に移動する。
するとメガネを掛けた綺麗な女の人が、ボールの沢山入ったかごを押して私の前を通り過ぎようとした。
が、キュ、と音を立てて綺麗な女の人は私の前に止まり、じっと私を見つめてくる。
……えっと。
こんな綺麗な人に見つめられた事がないから、私は思わず後ろに一歩後退する。
せめて何か口にしてくれたらいいのに、何も言わないので私はこの沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「あの、今日見学させてもらう新聞部の苗字です、よろしくお願いいたします」
動揺して噛みそうだったけれど、なんとか問題なく言えた。
女の人はこくりと頷き「そう」と一言。
声まで綺麗なんだなぁなんて考えていたら、女の人の表情が僅かに変化する。
「少し変だけど、良い奴ばっかりだから」
そう言って優しく微笑む天使。
いや、女神。
女の私まで頬を赤らめてしまうようなそんな笑みだった。
女の人はまたキュキュ、と音を立ててコートの中央へかごを押していく。
それをじーっと見つめながら、私は呆けてしまった。
「あの人だけで記事が書けそう」
勿論そんなことはしないけれど。
そうした方が読者(男子生徒)には喜ばれるかもしれない、と邪な考えが浮かんだ。
「苗字さん」
そんなことを考えていたら、ジャージに着替えてきた日向くんが声を掛けてきた。
その後ろには日向くんよりも大きい、黒髪の凄く不機嫌そうな顔の男の子が立っている。
紹介されなくてもこの人が誰なのか分かってしまった。
「影山くん?」
「すげー苗字さん、何で分かったの?」
適当に答えてみたけれど、どうやら正解だったらしい。
影山くんは少し驚いた顔で私を見て、そして日向くんは興奮したようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そりゃ毎日『むかつくけど凄い影山くん』のお話を聞かされていれば、何となくわかってしまう。
当たり前だけど、口にはしないけども。
曖昧ににこりと笑って「日向くんがいっつも話してるから」と言うと、影山くんがすぐさま日向くんを睨む。
……本当に仲が悪いらしい。
そんな影山くんに気づかないで、日向くんは「そっかぁー」と笑っている。
日向君、後ろ見ない方がいいよ。
「日向くんと同じクラスの苗字です、今日は練習にお邪魔させてもらってます」
そう言ってぺこりと頭を下げると、影山くんが慌てて「うっす!」と一言。
人懐っこい日向くんとは正反対のタイプだ、なんて思いつつとりあえず笑っておいた。
「あ、苗字さん。そう言えば、例の“ほたるちゃん”に会った?」
「ほたるちゃん? 誰だそれ」
日向くんが楽しそうに目を細めてこちらを見た。
影山くんは意味が分からないと言った顔で首を傾げている。
私はまさかこの場でその話題が出されると思っていなかったので、羞恥心で消えたくなる。
ほんとやめてほしい、日向くんって意外に意地悪だ。
「日向くん、いい加減に…」
ぷうっと頬を膨らまし、楽しそうに笑う日向くんを咎めようとした。
だけど私は見てしまった。気づいてしまった。
日向くんと影山くんの後ろを歩く、高身長のその人を。
私の言葉は完全に途中で止まってしまい、おまけに言葉を紡ごうとした口はがくーんと顎が下がって。
背中には段々変な汗が流れて、もう少しで暖かくなる季節だというのにも関わらず、寒気さえし始めた。
どこかで見たことある、なんてもんじゃない。
その時の記憶が一瞬にして蘇った。
冷たいオーラを纏う、あのメガネは。
私の様子に気づいた日向くんが後ろを振り返り、そして大きく口を開いた。
「“ほたるちゃん”!!」
え?
日向くん、なんて言った?
私の脳が正常に理解する前に、とりあえずこの瞬間まで友達だと思っていた日向くんの首を絞めたくなった。
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