日向くんと少しだけお話をしたら、もうこの前みたいな空気はどこかへ行ってしまった。
他愛ないお話を二人で暫く続けていたら、遠くから走り寄ってくる足音が聞こえて、二人で会話をやめて足音のする方へ視線を向ける。
すると、曲がり角から顔を出したのは少し焦った顔をした月島くんだった。
月島くんは私と目が合うとその表情が柔らかくなった気がしたけれど、すぐに隣の日向くんを見て強張らせる。
それに気づいた日向くんは「すっげー睨むじゃん」と私にしか聞こえない声で呟いた。
月島くんなりにこの前私が泣いていた事、気にしているのかもしれない。
それで日向くんに対して睨んでいるのなら、申し訳ないなと思うけれど、日向くん自身は気にしてないようだった。
「二人で何の話?」
そう言って近づく月島くんは少し怒っているようだった。
日向くんの顔を見ると、日向くんは今までと打って変わって、口元だけをニヤニヤと緩ませて笑っていた。
それを見て更に月島くんの目が吊り上がった。
あ、結構怒ってる。
そうは思ったけれど、口には出さなかった。
日向くんは月島くんの隣に向かってすたすたと歩いて行ってしまい、すれ違いざまに月島くんに向かって何かを言っていた気がしたけれど、残念な事に私の耳には届かなかった。
月島くんは日向くんの耳打ちした言葉に特に反応することもなく、日向くんがその場から居なくなるまでずっとその背中を睨んでいた。
そして残されたのは私と月島くんの二人。
日向くんにさっき話した手前、少し恥ずかしいのとドキドキするのと。
変な緊張が私を襲っているけれど、なるべく平常心を装った。
「探しに来てくれたの?」
「…山口が言ってたから」
「そうなんだ。山口くんにも心配かけちゃったかも」
「僕には?」
「え?」
ドクンと胸が跳ねた。
確かに日向くんとここに来る前、山口くんは私の事心配そうな顔で見送ってくれていたから、気を遣わせてしまったかもとは思ったけれど、まさか月島くんも私の事を心配してくれていたのだろうか。
だから、わざわざ探しに来てくれたのだろうか。
そんな事をされると、勘違いをしてしまいそうになる、すごく。
何と言葉にしていいか分からないから「ごめん」とだけ言って顔を背ける。
月島くんはそんな私を見て溜息を吐いたけれど、わずかに小声で「…よかった」と聞こえた気がした。
「何か、言った?」
「別に」
慌てて聞き返したけど、月島くんは素直に教えてくれない。
やっぱり私の幻聴だったかも、とあまり気にしないで立ち上がることにした。
「もうバスの時間かな」
「そうだけど」
「じゃあ、もどろっか」
今日でこの合宿も終わり。
またすぐに合宿が始まるけれど、その時に私が参加できるとは限らない。
新聞の記事に出来そうな内容はGETできたから、学校に戻ったら一つ記事を書いてみよう。
自然と月島くんの隣に並んで、二人で一緒にバスの方へ歩いていく。
私は記事の事を考えていて、特に何も言わなかったけれど、月島くんは何かを言いたそうにふうと息を吐く。
それに気づいて「どうしたの?」と声を掛けた。
「…次回も参加するの?」
「次の合宿? どうだろう、今回みたいにOK貰えるとは思ってないし」
「来なよ」
有無を言わせないくらい強い言葉だった。
前の学校の帰りに言われた時のような『行くんでしょ』とは違った雰囲気。
強制する言葉だけど、前のように自信ありげな感じでもない。
どこかまだ不安そうで。
「じゃあ、次も月島くんのお話書かせてくれたら行こうかな」
月島くんなら絶対にOKとは言わないと分かっていて。
わざとそういう言い方をした。
でも、私の期待は呆気なく裏切られる。
「いいよ」
あっさり返ってきた言葉に、私は唖然としてしまった。
前に月島くんの記事を書いた時は、休み時間に私のクラスに突撃してくるくらい怒っていたというのに。
何か心境の変化でもあったのだろうか、と顎に手を掛けて少し悩んでいたら、反応が無くなった私を見て月島くんが魂も一緒に抜け出ていきそうな、深いため息を吐いた。
「嘘ついたら、名前の嫌がる事するから」
「わ、私の嫌がることって、何?」
「キス」
「えっ!」
思いがけない一言にとうとう私は足を止めてしまった。
私の一歩先を歩いた月島くんが顔だけ振り返って「うそ」といたずらっ子のように笑う。
……人の気も知らないで。
お陰で心臓はどくどくとさっきよりも強く鼓動しっぱなし。
本当に月島くんは意地悪だ。
◇◇◇
その後、一応身支度は出来ていたとはいえ、最後に忘れ物がないかを確認して、私達は各々バスへ乗り込んだ。
冴子さんの車に乗ろうとしたところ、何故か月島くんが私の隣から離れなくて。
それにビビっている間に「さっさとバスに乗ったら?」と鋭い一言をお見舞いされて、私はバスに乗らざるを得なくなった。
乗る前に冴子さんに考えられるお礼の言葉を述べたら、こちらも田中先輩に似た顔で「良かったねぇ」と笑われてしまった。
それに曖昧に笑って返事をして、私はバスへ向かった。
バスの中でも、潔子先輩や谷地さんたちの所に座ろうとしたら、問答無用で後ろから月島くんに背中を押されて、潔子先輩たちの前を素通り。
どこまで押されるのかと思ったら、最後尾から三列前の席の窓側に座らされた。
そして、何故かその隣には月島くんが腕を組んで座って。
補助席には山口くんがにこにこ笑って座った。
完全に逃げられない配置だ。
勿論そんな座り方をしていたら、先輩達がバスに乗り込んできた時に意味ありげに「ヒュー」と口笛を吹かれたり、田中先輩に「月島…っ、お前、お前っ…!」と何だかよく分からないけど、指さされて文句を言われていた。
それでも月島くんは何でもない様な涼しい顔で、私の隣から動こうとはしなかった。
嬉しいような。
恥ずかしいような。
あんまり隣は直視できないけれど、それでも近くにいてくれるのが嬉しい。
ぼんやり窓の外を見て、外の景色を眺めていた。
あと数時間もすれば、学校に到着するだろう。
ひと眠りしてもいいかもしれない。
「明日、体育館のメンテナンス日だから、部活が休みなんだって」
そんな事を考えていたら、ずっと黙って座っていた月島くんが呟いた。
私に話しかけている、よね?
恐る恐る「そうなんだ」と相槌を打つと、月島くんは「あのさ」と続けた。
「明日、バス停に集合ね」
「……え?」
やっぱり拒否権はないらしい。
当然のように言われてしまって、また私は固まってしまった。
あれ、明日って部活ないんだよね?
何でバス停に集合なの?
と、混乱に混乱を重ねていたら、隣の山口くんがひょっこり顔を出す。
「ツッキー、そんな言い方じゃ、苗字さん困っちゃうよ」
「うるさい」
「…苗字さん、ツッキーはね、苗字さんと遊びに行きたいんだってさ」
「……へ?」
いやそんなまさか。
と、思って月島くんを見たけれど、月島くんは特に否定はしなかった。
…え、本当に?
結局、バスで移動していた数時間、私は大混乱していて、その後どんな顔で月島くんの隣に座っていたか記憶が定かではなかった。
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