生まれて初めてだった。
その日のすべての授業が終わって、いそいそと帰り身支度をし、それでも教室から出るのが怖くて、扉の前で深呼吸をした。
日向くんは「どうしたの?」と優しく聞いてくれたけれど、馬鹿正直に「これから月島くんとデートなんです」とは言えず、適当に濁して先に教室を出る日向くんを見送った。
クラスの友達もてっきり私がバレー部に行くものだと思っていたようで、何時まで経っても教室から出ない私を見て、不思議そうにしていた。
勿論私も、今日が体育館のメンテナンス日じゃなかったら、いつものようにバレー部に顔を出していたけれど、今日は違う。
生まれて初めて男の子と遊びに行く。
学校が終わってから、というからオシャレな服を着るわけにもいかないけれど、朝はいつもより一時間も早く起きたし、いつもは面倒でしなかったけれどサイドを編みこんでみたり。
鏡の前で悪戦苦闘する私を見て、母もまた不思議そうな顔をしていた。
心臓はずっと高鳴っている。
月島くんが何を考えて誘ってくれたのかわからないけど、それでも嬉しいものは嬉しい。
ふとスマホを確認すると、放課後になってから結構な時間が経っていた。
あ、やばい。
教室から出にくいなんて言っている場合ではなかった。
約束の時間を過ぎている事に気づき、私は大慌てでカバンを引っ提げ廊下を走った。
一度も止まることなく校舎を出て、そして校門を過ぎ。
坂を下った先にあるバス停が目に入った時、バス停前のベンチにヘッドフォンをした見慣れた背中を見つけた。
それを視界に入れた後、私は失速してそのまま気づかれない様に月島くんの後ろに立つ。
放課後になってから結構な時間が経過しているので、帰宅する生徒は周りにはいない。
この様子だと月島くんを結構待たせてしまったのだと思う。
少し迷ったけれど、このままずっと待たせたままなのは忍びないので、そーっと月島くんの肩をツンツンと人差し指で触れてみた。
すぐにヘッドフォンが外されて、首だけこちらを向く月島くんと目が合った。
目が合った瞬間、月島くんの目が怒ったように細くなって、私を見ながら溜息を吐く。
「遅い」
「おっしゃる通りです、ごめんなさい」
苦言を言われても仕方ない。
でもバカ正直に「月島くんのことを考えていたら緊張して…」なんて言ったら、何を言われるか分かったものではない。
これから一生馬鹿にされること間違いなしなので、絶対に口にはしないけれど。
「来ないつもりかと思った」
「私が? 何で?」
でも月島くんは怒っているだけじゃなくて、私を見てどこか安心したように息を吐いてそう呟く。
私が約束を破る奴だと思われていたのだろうか。それはそれで悲しいけれど。
「もういい。行くよ」
「…ど、どこに?」
「映画」
「映画…?」
これから映画を見に行くというのか。
今から行ったら映画だけ見て解散になりそうだな。
まあ、月島くんと何を話していいのか分からないから、映画だと話さなくても時間が過ぎていくから良いっちゃ良い。
ちょっと考えるようにして「いいよ」と言うと、月島くんはすたすたと私の前を歩いて行ってしまった。
せめて一緒に歩いて欲しいなと、その背中を見て考えていたら、すぐに月島くんの歩みが遅くなって、私の隣へ。
月島くんは私の考えていることがわかるのかもしれない。
暫く歩くと繁華街へ着いた。
本当ならバスで行った方が速いのだけど、映画まで時間があるというので、月島くんと少しお喋りをして歩いた。
道中「何の映画を見るの?」と聞くと「君が好きそうな映画」とだけしか返ってこなかったので、どんな映画だろうとドキドキしていたら、チケット販売のレジで言われた映画の名前は見事に恋愛映画だった。
恋愛漫画の実写化をした映画だけど、まさかそんな映画を月島くんがチョイスするとは思えなかった。
私が驚愕した顔で隣に立っている事に気づいた月島くんは「変な顔」と失礼な事を言って私に一枚チケットを渡した。
「あ、お金…」
「いらない。僕が誘ったから」
「…何かごめんね」
「それより、」
一息吐いて、月島くんが私の頭に視線を向ける。
「その髪どうしたの?」
ギクリ、と私の身体が固まる。
どうした、と言われたら一応気にしてセットしたとしか言えないのだけれど。
そこは「可愛い」とか「似合ってる」とか言って欲しかった。
それを月島君に求めるのは間違っているのかもしれないけどね。
「……何となく」
「ふうん」
私の苦し紛れの言い訳に追及することもなく、月島くんと共に映画館の中へ。
自分の席の番号を確認しつつ、席に着くと当然の様に隣に月島くんが座る。
この前のバスの時で慣れたと思っていたけれど、未だに慣れなくて顔を背けてしまう。
特に話すこともないので、映画が始まるまで二人で黙って座っていた。
すぐに映画のCMが始まり、辺りのざわめきも全て目の前の映像に集中したのか静かになる。
その時。
私の膝の上にあった右手を掴む一つの手。
ビックリして手の主を見たけど、彼は視線を映像から逸らすことなく、素知らぬ顔をしていた。
でも、離すつもりはないらしく、手の甲を掴んでいた手がするする動いて、そのまま私の掌と合わせるように絡まる。
…これで意識しないって言う方が無理だ。
映画が終わったあと、私は心臓発作で死んでいないかなと薄っすら考えながら、全く集中できない映画を目に映した。
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