月島くんと映画に行ってから何週間か経った。
特段私達の関係に変化はないけれど、バレー部の中では少しだけ変化があった。
皆のやる気が前と全然違う。
目に見えて日向くんは変わったし、影山くんも変わろうとしている。
前程二人は喋ることはなくなったけれど、きっと二人とも何か考えがあってのことだと分かる。
先輩達も練習の入れようが前とは違う。
次の合宿にむけて、仕上げに来ているようだった。

ただ一人を除いては。

「…また悪い癖が出てる」
「名前ちゃん?」

ノートを片手に練習風景を見ながら眉間に皺を寄せていたら、ボールのカートを押した谷地さんが通りかかった。
私の独り言を聞かれたみたいで、目が合うと私は苦笑いを零す。
首を傾げて谷地さんは「どうしたの?」と聞くので、隠すこともできない。

「月島くんがね、自分をセーブしてるなーって」
「セーブ? 体力温存っていう意味?」
「そうだといいけど、残念な事に、月島くんのは違うみたい」

前の大会の際にはっきり認識したそれは、月島くんの悪癖だ。
あの時はなんとか持ち直したけれど、やっぱりどこかやる気が頭打ちになっている。
特に周りが真剣に取り組んでいる中、良く目立っているのだ。
悪い意味で。
本人もそれを分かっているはずなのに、どうして一緒に取り組まないんだろうか。
月島くんは実力がないわけじゃないのに。
私みたいな運動音痴からすれば、本当に不思議で仕方ない。
日向くん達と一緒にバレーをしているの、きっと楽しいと思うのに。

「…名前ちゃんって、さ」
「なに?」
「本当に良く見てるね、月島くんのこと」
「…………違うの」

またまた〜と谷地さんはニヤニヤ笑いながら、またボールを押してどこかへ行ってしまった。
残された私は自分で墓穴を掘ってしまったことで、自分の頬に熱を持っているのが恥ずかしくて思わず顔を手で隠した。
…いや、違う事はないんだけど。
今更、月島くんの事を見てないとかそんなバレバレな嘘を言っても仕方ない事は分かってる。
それでも、こうして茶化されるのは、やっぱり恥ずかしいわけで。
ちゃっかり新聞部の仕事だけじゃなくて、完全に私用で今度の合宿もついていく気満々だし。
私、鬱陶しいとか思われていないだろうか。

「大丈夫だよ、月島くんも嬉しいハズだから」
「…谷地さん」

いつの間にか私の隣に舞い戻ってきた谷地さんが、またさっきと同じ顔をしてこちらの顔を覗き込んできた。
最近谷地さんとも結構打ち解けてきた気がするけれど、やっぱり茶化されるのは慣れない。


◇◇◇


今回の合宿はバレー部の面々と一緒にバス移動となった。
夜中に行くという事で、家で晩御飯を食べた後、学校へ集まった。
誰にも見えないところで小さな欠伸を一つしていたら、「欠伸」と後ろから突然冷たい声が掛かる。
ギク、と首だけ振り向くと、案の定月島くんがポケットに手を入れて立っていた。
何でこうも見られたくないときに声を掛けてくるんだろう。

「行きのバスで寝てれば」

僕の横で、と付け足された言葉を聞いて「そうするよ」と答えようとした言葉が一瞬で引っ込んだ。
そんなの眠れるわけないじゃない。
と思っていても、私には拒否権がないのか、そのままこの前の合宿帰りと同じく無理矢理隣に座られて、私はまたもや心臓にわるい道中を過ごす事となった。


ついた時には、今回参加する学校のほとんどが集まっていて、日向くんはバスから降りると真っ先に音駒のバスへ走って行った。
私は谷地さんや潔子先輩と一緒に荷物の運搬を手伝い、先に校舎内へ。
この前の合宿の時に顔を見た他校のマネージャーさん達とあいさつを交わして、その日のスケジュールを確認したのだった。

慌ただしい一日も気が付けば夜になっていて、昨晩殆ど眠れなかったからか今になって眠気が私を襲う。
皆の練習中に寝るわけにもいかないから、なんとか自分の太ももを抓って起きていたけれど、少しだけ瞼を閉じようと思った時には、意識を暫く飛ばしていたらしい。
壁に持たれて眠っていた私にいつの間にか頭からタオルが掛けられていて、自ずと犯人が誰なのか察した。
頭のタオルを取り上げると、既に練習は終了しているのにも関わらず、何人かの人たちが残って練習をしていた。
珍しくその中に月島くんがいて、少し嬉しくなる。

月島くんは、音駒の黒尾さんとあと知らない背の高い人(かなり元気そうな)と一緒にブロックの練習をしているらしい。
私のところからは何の話をしているのか分からないけど、たまに見える月島くんの顔は気持ち悪いくらい笑顔だったから、また厭味を言ってるのか言ってるのかどちらかだと思う。
相変わらずだなーなんて思いながらその様子を見ていたら、月島くんがズンズンとこちらに近づき、私の右手を無理やり掴んで立たせる。

「へ?」

驚く私を完全に無視して、月島くんはそのまま体育館を出て行こうとする。
後ろから「おーい」と叫ぶ先輩達もまた無視して、そのまま歩き続ける月島くん。
何か怒ってる…? どうしたんだろう。
寝ていたから、何が起こったのか分からないけれど、月島くんにとって嫌な事があったのかな。
……何か嫌な予感がする。

私の小さな不安は、遠くない未来に現実のものとなった。