ドクドクと心臓が高鳴る。
月島くんには私の気持ちを伝えるつもりなんて、これっぽっちもなかった。
だけど、今、何故か伝えないといけない、と思った。
例え、月島くんに拒絶されようとも。
私の気持ちを伝えて、少しでも月島くんが真剣にバレーの事を考えてくれるなら。
「興味のない振りをしていても、本当はバレーが好きな事も知ってるよ。それが凄く格好よかったんだから」
きゅうっと月島くんの裾をさらに強く握る。
しわしわになっちゃうかもしれない。ごめんなさい、と胸の中でそっと呟いて。
恥ずかしいけど、月島くんの瞳を見つめ続けた。
月島くんは、完全に意表を突かれたような顔で、私を見ていたけれど、裾を掴む私の手の上からそっと覆うように手を握る。
月島くんの手があたたかい。
「…何それ、励ましているつもり?」
月島くんがメガネをくいっと上げる。
その仕草も好きだ、なんて言うのはちょっと勇気が足りなかった。
ふう、と大きく息を吐いた月島くんが私の手だけじゃなくて背中に手を回し、ゆっくり力を入れて私を抱き寄せてくる。
思わずいつぞやのようにキスをされるんじゃないかと構えていると、くすっと笑った月島くんの声が降ってくる。
「キスされると思った?」
月島くんは私の頬に手を添えて、柔らかな笑みを見せた。
ついその笑みに見とれてしまった。次の瞬間には私の頬は月島くんの胸板に押し付けられていて、ぎゅうぎゅうに強く抱きしめられる。
身動きが一切取れないし、月島くんの匂いがして私は目をぐるぐる回して大混乱。
「つ、つ、つっ…」
情けなくも言葉もまともに発することが出来ない。
そんな私を一向に離す事なく、相変わらず人を馬鹿にしたような声で笑う月島くん。
「山口も君も僕のケツを叩きに来るって、いい度胸してるよね」と言う割に、どこか嬉しそうだ。
その言葉を聞いて、月島くんの気持ちがわかった気がして、私は少し落ち着いた。
「…ねえ、名前」
「な、なんでしょう」
「僕の名前を呼んで」
耳元でそう囁かれたら。
脳まで命令が行く前に反射的に口にしていた。
大好きな、大好きな人の名前を。
「蛍くん」
月島くんの名前を呼ぶと、さらに強く抱きしめてきた。
何も言わなくなった月島くんのために、もう一度口を開いた。
今なら少しは伝わってくれればいい、と思って。
「蛍くん、好きだよ」
いつも傍にいる君が。
バレーをしている君が。山口くんやみんなとお喋りしている君が。
勉強をしている横顔が。さりげなく私を庇ってくれる腕が。
いつも不機嫌そうにしているのに、たまに優しい目をしているところが。
私の名前を呼ぶ声が。
全部全部、大好きだ。
月島くんの背中に私の短い腕を回してみる。
拒否はされなかった。
暫くそうしていたら、背中の腕が少しだけ緩まって。
するりと私は解放されてしまった。少し名残惜しく感じるけれど、それでも月島くんの表情は体育館を出た直後のものよりもずっといい。
私から離れる時、小さな声で「ありがとう」と聞こえたのはきっと気のせいじゃない。
このままだと私は泣いてしまいそうだったので、そのまま月島くんの背中に回ってぽんと軽く押した。
「まだ納得はしてないんだったら、聞いてこなくちゃ」
ね、ともう一押し。
月島くんは振り返らずに「うん」と言う。
山口くんが戻って行った道を月島くんもまた、ツカツカと歩いていく。
私なんかよりも大きな大きな背中を見送って、とうとう我慢出来なかった涙を一筋零した。
「がんばれ。蛍くん」
鼻水と涙と。
掠れた声で酷い有様で聞こえてない事を祈りたいくらい。
でも、そうだとしても言いたかった。
私や山口くんだけじゃなくて、みんなが月島くんの事を思ってくれていることを、どうか気づいて欲しい。
きっと月島くんなら、すぐに理解してくれるでしょう?
「頭いいんだから」
ぽつりと零れた言葉は、誰に届く事もなく暗闇に消えた。
◇◇◇
涙と鼻水を何とかしてから体育館へ戻ると、そこに月島くんの姿があって。
音駒の黒尾さんや他校の先輩たちにやいのやいの言われてる姿は、とても新鮮でちょっとドキドキしたけれど、こんなに安堵できるのは、もう不安要素がないからだ。
……だめだ、また涙が出てきそう。
邪魔にならないように体育館の外へ出て、壁に持たれて座り込んだ。
折角涙を片付けてきたのに。
湿ったハンカチを取り出して、自分の顔面に押し付けた。
むにゅむにゅして俯いていたら、私以外の足が見えてハンカチを持つ手を止めた。
「……落ち着いた?」
顔を上げて、声の主を見た。
ニカっと歯を見せて笑う日向くんがそこにいた。
私は最後に自分の手で涙を拭って「うん」と答える。
もう前みたいに気まずい気持ちにはならない。
「山口くんがね、月島くんのためにね」
「うん、うん」
「…っ、背中を押してくれ、てね」
「うん」
「……ねえ、日向くんも、月島くんの事、考えてくれてたんでしょ…?」
「さあ、どうかなぁ」
そう言って笑ってるけれど、日向くんが山口くんにアドバイスしてくれたこと、知ってるんだからね。
こそこそ話してるの知ってるんだから。
知らん顔してるけど、日向くんも優しいよね。
「そんなことないよ」
あはは、と言いながら日向くんは続ける。
「俺からしたら月島は、贅沢ものだよ。俺の欲しい物、全部持ってるからさ」
だから、早く気づけばいいのに。
日向くんは体育館の方を、ちょっとだけ寂しそうに見つめて、そのまま私の涙声の愚痴を最後まで聞いてくれた。
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