「WほたるちゃんW!!」

日向くんの言葉が頭に何度も響く。
何で日向くんはそんな事を言ったのだろうか、なんて考える余裕もなかった。
日向くんの先にいる高身長のその人は紛れもない、入学式前日に女の子を泣かしていたメガネであり、それを見ていたか弱い私に向かって恐ろしい目付きで睨みつけてきた奴だ。
まさか同じ学校だとは思っていなかった。
あの時と同じように目線を逸らそうとしたが、メガネのその人はゆっくり目線を日向くんに合わせて。

「ほたるちゃん?」

と、いかにも機嫌が悪いですよ、と言いたげな顔でポツリと呟いた。

「月島、下の名前なんで読むの? ほたる?」
「……はぁ?」

機嫌が悪そうだった顔はまるでゴミを見るような表情へ変化した。

いや、まさか、そんな。
今の日向くんの言葉を聞いて、更に悪寒までしてきた。
この極悪人メガネの事を「月島」と呼ばなかっただろうか。
これが幻聴ならば、と米粒のような希望抱いて私はごくりと唾を飲む。
蛍という文字をみて“ほたる”と読んだ数日前の私をぶっとばしたい。

「どうしたの日向、突然」

メガネの隣からひょっこり顔を出したのは、これまた背の高いそばかすの男の子だった。

こ、この人! この人もそう言えばあの現場にいた!
このメガネによって泣かされた女の子を追いかけていった、あの男の子だ。

ほんの少しでも別人説を望んでいた私にとって、もう間違いなくこのメガネはあの時、手酷く女の子を振ったゲス男であるということが立証された。
その事実に一人青ざめている私に気づかないで、彼らはわいわいと会話を続ける。

「月島の下の名前ってほたるって読めるだろ。本当のところどうなんだと思って」

何故か日向くんはドヤ顔でこちらをチラチラと見ている。

何でそんな余計なことを言ってこっちを見るの?
やめて! このメガネに何言われるかわかったものじゃないだから。

「は?」
「日向、漢字が読めたんだね」

メガネがより一層凶悪な顔で日向くんを睨んでいる。
そばかすくんはさも不思議そうに、へえ、と口を動かしていた。

「いや、俺じゃなくて苗字さんが」
「えっ」

どうかそのままこの話題が終わってくれますように、と神に祈ろうとしていた矢先。
またこのお節介日向くんによって、私は地獄へ引き戻された。
その場に居た全員が私に視線を向けた。

メガネとそばかすくんはやっと私の存在を認識したようで「…誰?」と首を傾げている。
だらだらと背中に伝う汗が気持ち悪い。
その場から一刻も早く立ち去りたい、そんな中、メガネの目が私をみて少しだけ見開いた。


「……君、」


それは明らかに私に向けられた、嫌悪。
私は何と言えばいいのか分からなくて、とっさに口を開いた。

「は、初めまして。日向くんのお友達の苗字です。今日は新聞部として見学させてもらってます」

ヒクヒクと引きつる口元を何とか笑顔にして。
先手必勝とばかりに、さも初対面ですよと言いたげな一言。
……いや、無理ある。
無理があるのは分かっていた、けれどもそうするしか私には道がなかった。
このメガネの目が怖すぎて、その場しのぎでもいいから逃げ出したかったのだ。

ちょっとした沈黙が私たちの間に流れた。
その時、彼らの背中から「おーい、集まれー」という部長さんの声。

日向くんを筆頭に彼らは素直に言葉に従い、コートに向かって歩いていく。
私はそれを貼り付けた笑顔のまま見送り、ゆっくりと壁に背中をつけてすすすとしゃがみ込んだ。

何あれ何あれ何あれ。
ただでさえ、身長高くて上から見下ろされているだけでも怖いのに、あんな顔して睨まなくてもいいじゃん。
(……きっとあの“ほたるちゃん”というのがまずかったのだろうけれど)
それでも、女の子に対してあの視線はないんじゃなかろうか。
いや、でも女の子を泣かすほどの男だ。泣かされなかっただけ、マシともいえる。

スカートのポケットからハンカチを取り出し、ひたすら湧き出る冷や汗をなんとか拭って。
私は本来の仕事を思い出したように、メモ帳とカメラを構えた。


◇◇◇


練習が終了し、ネットやボールが片付けられていく。
勿論、私は残る理由がないので、部活が終われば大人しく家に帰るつもりだった。
途中でやってきた顧問の武田先生に、見学の了承と、これからの取材の申し込みをしたところ、快くOKして下さった。
それだけではなくて、新聞部の顧問の先生にも話を通してくれる、というのだ。
性格の良い人は表情から何から何まで違う。
先ほどまでの恐怖とは打って変わって、私は心が癒されてくのを感じた。

「苗字さん!」

制服に着替え終わった日向くんが駆け足で近づいてくる。
その後ろには、影山くんがポケットに手を突っ込んで歩いてきていた。

「もう帰る? 遅いから送るよ」
「いや、流石にそれは申し訳ないから、大丈夫! 一人でも帰れるよ」
「遠慮しなくていいよ、帰りに夜食買って帰るしさ」
「……あ、ありがとう」

純粋な瞳で「ね?」と言われてしまったら、NOとは言えない。
私はお礼と共に緩く微笑んだ。
日向くんって面倒見がいいんだな。優しいし、いいお友達だ。

「どうせみんな方向一緒だから。な、ほたるちゃん!」

と、数秒前に思った私の気持ちを返してほしい。
私たちから少し離れたところを歩いていたメガネと、そばかすくんに向かって日向くんは大声でそう言った。
メガネはギロリと睨んだだけで何も言わなかった。

……日向くん、今日一日で私、君のこと嫌いになりそう。