「えっと。苗字さんは日向と同じクラス、なんだっけ?」
「うん、そうなの」
はにかむ様な笑みをこちらに見せながら、そばかすくん…改め、山口くんは「そうなんだ」と呟いた。
その山口くんの隣では無表情で一切こっちを見ない凶悪メガネが一人。
…なんで私、ここにいるんだろう。
結局、一緒に帰る羽目になったので、心の中で大号泣してなんとか日向くんの隣を死守しようと思った。
絶対メガネの視界に入らないように、ひたすら日向くんの影でずっとにこにこと貼り付けた笑顔で対応したのに。
こちらの苦労なんていざ知らず。
日向くんは結局、帰宅途中にある商店が見えると、ダッシュで店の中へ消えていった。
勿論、私の逆隣にいた影山くんも日向くんに感化されたのか、その後ろをもうスピードでついていく。
するとどうだろう、二人に取り残された私は、見事一番関わりたくない二人の隣で、こうして気を遣われた会話を交えながら、ただひたすらに「早く日向くん戻ってきて…!」と心の中で祈るばかりだ。
「苗字さんて、日向と付き合ってるの?」
「……違うよ」
山口くんが不思議そうに私に尋ねる。
バレー部の皆さんは何故、私と日向くんをくっつけたがるんだ。
変な誤解を招いては日向くんにも迷惑が掛かるので、サクッと否定しておく。
なのに山口くんは少し驚いた顔で「え?」と言う。
それは何の「え?」なのだろうか。
私の疑問は数秒後に答えを知った。
「田中先輩…あの、坊主の。が、W日向の彼女に違いないWって、血の涙を流しながら言ってたからさ」
「……全然違う」
坊主の先輩とは、日向くんが体育館で一番初めに話し掛けに言った先輩だろう。
部活中はなんか日向くんに「日向お前エエエ!!」とか言いながらやたらボールぶつけに行っていた印象である。
でも確か私、最初に否定したよね?なんで?もう訳が分からない。
はあ、と山口くんの隣で小さく溜息を吐いた。
ははは、と乾いた笑みを見せる山口くん。
するとどうだろう。さっきまで一切喋らなかったメガネ…月島くんかやっと口を開いた。
「あの日向に彼女なんて出来るわけないデショ」
その声がやたら冷めていて。
初めて月島くんを見たあの場面を思い出して、苦笑いしていた顔が完全に固まった。
月島くんが口を開いたのに驚きすぎて、内容よりも「この人、喋るんだ」と訳の分からない感想が頭に浮かんだ。
「ツッキー、流石にそれは酷いよ」
「事実じゃない? あんな脳筋タイプ、好きになる奴は大概だよ」
山口くんが諭すよう言うけれど、月島くんはそれをバッサリ一蹴する。
それも鼻にかけてバカにした言い方だったから、私は横で聞いていて腹が立った。
腹が立った、だけですめばよかった。
「月島くんって、日向くんと同じ部活なのに、日向くんのいい所全然知らないんだね」
口が勝手に動いていた。
あれだけ絡みたくないと思っていたのに、考えるよりも先に口先が動いていたのだから、どうしようもない。
私も月島くんの言うW脳筋タイプWなのだろうか。
まあ、別にそんなことはどうでもいい。
どうでもいい事を頭に巡らせないと、今の私はこの状況を乗り切るなんて無理だった。
「…別に知りたくもないんだけど」
「部活仲間なのに?」
「同じ部活、同じチームメンバーってだけで、他人の事知りたいとも思わない」
「ちょ、ツッキー」
ギロリと月島くんの鋭い視線が私一人だけに向けられる。
お互い引かない。
でも明らかに私の方が分が悪い。
というか、私が耐えられない。
こんな自分の背丈の遥か大きい人に、私は一体なんてことを口にしているんだろう。
足なんて未だかつて無いほどガクガクしているし、鼻の奥がツンとしてきた。
涙が出ないだけマシとも言える。
それでも簡単に引きたくは無かった。
少なくとも、月島くんのような人に「好きになる奴は大概」と言われるほど、日向くんは酷い人ではないからだ。
クラスで馴染めていなかった私なんかに話しかけてくれた、高校で初めての友達。
私が新聞部の課題で困っていたら、足を止めて一緒に悩んでくれる、優しい友達。
誰よりもバレーが大好きで、バレーさえあれば生きていけそうな、そんな友達。
何で、月島くんは、それを知らないんだろう。
「日向くんはとっても優しい人だよ。……月島くんよりも絶対に」
「君こそ、僕の何を知ってるの? ブーメランって知ってる?」
腹が立つ。
人の事を悪く言う人が、良い人なはずがない。
ほんの少しだけ話しただけで私なんかよりも、月島くんは物凄く弁が立つ。
上手く言葉に出来ない私は唇を強く噛み、そして。
「私、月島くんの事、嫌いだ」
私が震える声でそう言うと、月島くんは目を細めて、口角上げて笑った。
「どうも」
やっぱり、この人嫌いだ。
初対面から苦手だったけれど、この数分で本気の本気で嫌いになった。
私と月島くんが睨みあう中、山口くんだけがオロオロと間に立ち、私と月島くんを取り持とうとしたけれど、お互いそんなことはどうでもよくて。
私は今にも泣き出しそうな自分の精神の弱さに辟易していた。
この余裕ぶっこいたメガネ、嫌い。
本当に、嫌い。
頭の中で何度も唱えていたら、商店から買い物を終えた日向くんと影山くんが出てきた。
「おまたせー!…って、あれ、どうしたの?」
場の空気が冷めきっている事に、なんとなく気づいた日向くんが私の顔を覗き込む。
泣き出しそうな私は敢えて顔を逸らして「なんでもないよ」と声だけでも務めて明るく答えた。
影山くんが片眉を上げて私を見たけれど、数秒後に首を傾げていた。
「やっぱり、私、もう帰るね。ここまで送ってくれてありがとう、日向くん、影山くん、山口くん」
「え、苗字さん?」
私は日向くんの顔を見ないように、自分の帰る方向へ駆けだした。
後ろから日向くんの戸惑う声が聞こえたけれど、無視した。
月島くんと同じ空間に居たくない。
月島くんの名前だけ呼ばずに帰ったのが、私の小さな小さな抵抗だ。
「……お腹すいてたのかな、苗字さん」
私が居なくなった場に日向くんがそんなことを言っていた事なんて、勿論知る由もなかった。
◇◇◇
「ツッキー」
「うるさい、山口」
山口が意味あり気に視線を飛ばしてくる。
鬱陶しい。まるで僕が悪いみたいな顔をしているのが余計に。
日向が連れてきた新聞部の女子の駆けた方向を見て、はあ、と山口が溜息を吐く。
「流石に可哀想だと思うよ、俺は」
「どっちかと言えば面と向かって、嫌いって言われた僕の方が可哀想じゃない?」
「……あ、そっか。ツッキー、女の子に嫌いって言われたんだった」
「は?」
ポン、と手を叩いて納得するように言う山口。
何が言いたいのかわからない。眉を顰めて睨むとすぐに山口は口元を緩めた。
「女の子に嫌いって言われたの、初めてじゃないの? ツッキー」
言われて表情を変えないまま、思考を巡らせる。
意味を理解して「ああ」とほんの少し納得してしまったのが、悔しい。
確かに女子に嫌いだと言われたのは初めてかもしれない。
女子は僕にとって、呼び出して自分の思いを自分勝手に伝えてくる相手だったからだ。
「……ウザイ」
ニヤニヤと笑う山口を見ていたら、気分も優れない。
バカ達を置いて、さっさとその場を立ち去ることにした。
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