もうバレー部に行くのをやめようと、前の晩に何度考えたかわからない。
それなのに、朝、教室に入って日向くんに「苗字さん、今日の部活、俺めっちゃかっこいいの打つから見てて!」と言われると、断る気持ちが揺らいでしまった。
結局そのまま放課後まで断ることが出来なくて、私はまたあの体育館へ日向くんと向かっている。
昨日よりも足取りはかなり重い。
何故ならあのメガネ(月島くん)がいるから。
無理だと分かっているけれど、突然の体調不良とかで部活を休んでいてくれ、とほんの少しの希望を胸に体育館へ足を踏み入れた。

「今日も来たんだ」

残念なことに、その希望は呆気なく打ち砕かれてしまった。
トントンと、踵を揃えてメガネ…月島くんは私の方を見て口元を歪ませる。
日向くんはさっさと部室へ消えてしまったので、私は昨日の放課後同様に月島くんと睨みあうほかなかった。

「僕の事嫌いなら来なければいいのに」
「月島くんに会いに来たわけじゃないから」
「ふうん。だったらさっさと用事済ませて帰れば?」
「……」

腹立つぅ。
月島くんは完全に私を敵と見なしたようだ。
当たり前か、昨日面と向かって「嫌い」と言ってしまったのだ。
よっぽどのドMでない限り、嫌いと言われて喜ぶバカはいないだろう。
容赦ない言葉の攻撃に怯みながらも、私はなるべく月島くんが視界に入らないようにコートの端に移動する。
もっと私に反論する力があれば、月島くんの事をギャフンと言わせることが出来たのに。
私は精々嫌味っぽく一つ二つ呟くのが精いっぱいだ。

「うっす」

私が悶々と歯ぎしりをして耐えていると、横から影山くんが挨拶をしてきてくれた。
昨日はあまり喋れなかったのに、こうして挨拶してくれるなんて、良い人だな影山くん。月島くんとは大違いだ。
私は「練習頑張ってね」とぎこちなく笑って答えるしか出来なかったけれど、影山くんはこくりと頷いて反応してくれた。


◇◇◇


先輩たちも続々と体育館へ集まり、本格的に練習が始まろうとしていた。
身体のアップから始まり、最終的には半分に分かれてミニゲームを行う。
バレーのルールを完全に把握できていない私にとって、このミニゲームで少しずつでもルールを理解したいところだ。
流石に記事にさせていただくのに、バレーのルール知らないんで〜とはいかないだろうし。
スカートのポケットからメモ帳を取り出して、練習中に出てきた単語を書き留めていく。
今は分からなくとも、帰ってから調べればちょっとでもわかるかもしれない。

「苗字さん! 次、次見ててね!!」

必至にノートに耳に入った単語を書き連ねていたら、突如私に向かって日向くんが大きな声を上げる。
ぶんぶんと手を大きく振ってこっちに注目してくれと言わんばかりのその姿を見て、ほっこりしてしまう。
ペンを持つ手を止めて、小さく手を振り返したら、日向くんが嬉しそうにコート内を一周する。

「日向ボケ! 今から試合だっつってんだよ! ボケェ!」

そんな日向くんに罵声(非常に鋭い)を浴びせる影山くんに私は、振っていた手を思わず止めてしまった。
個人個人ではいい人なのに、二人揃うとどうして喧嘩してしまうんだろう…。
とても複雑な心境のまま、コート内にいる日向くんと影山くんを見つめる私。

ネットを挟んだ反対のコート。
そっちにはむかつく手付きでメガネをくいっと上げる月島くんがいた。
怒鳴り散らす二人をみてあざ笑うかのようなムカつく笑みを見せるその姿に、手に持っていたメモ帳をグチャァと握ってしまう。

私があまりにも血走った目で睨みつけていたからだろうか。
隣で一緒に立っていた美人マネージャーの潔子先輩が「どうしたの?」と尋ねてくる。
私は何でもなかったかのようにぐちゃぐちゃになったメモ帳を手で伸ばし、首をぶんぶんと横に振った。

半分に分かれたチーム。
潔子先輩の笛によって試合が開始した。
最初はサーブが入って、それからゆっくりぽんぽん、とトスが続けられていく。
私はそのボールを目で追うのがやっとだ。

ふと、ボールが影山くんの手に渡った時、その時が来た。

目にもとまらぬ速さで、日向くんが大きくコートを移動し、そして。

影山くんから放たれたボールはそのまま日向くんの前へ。
凄まじいスピードでそれを打つ日向くん。
ボールは相手の床をワンバウンドし、後ろへ飛んで行った。


「っしゃぁ!」

ドン、と床に降り立った日向くんが大きくガッツポーズをする。
そしてくるりとこちらを向いて

「さっきの見てた!? 俺、かっこいい?」

と、まるで投げられた棒を取ってきた犬の表情でこちらを見る日向くん。

正直、舐めていた。
バレーの知識は精々ママさんバレーボール程度の私には、ついていけなかった。
きっと日向くんはずっと前からあのバレーをやっていた。本気のバレーを。
そしてそれを私に見せたかったんだと。


「…すごい」


思わず零れた言葉は、嘘偽りないものだった。